真夜中のサーカス団   byキルネンコ(モドキ)



 少し、昔話をしてやろう。





 そう嫌そうな顔をするな。つまらん酒の席を盛り上げるためわざわざ話してやるんだから大人しく聞け。
 ちなみに、途中で暴れたらお前の持ってるコレクションを取り上げて俺の物にする。分かったか。



 さて、と―――あれは俺らが片手に足らない年だったかな。危ないから一人で屋敷より外に出るなって言われてた頃だ。
 その日の俺は別につまらないと思うわけでもなく、庭で一人遊んでた。お前は多分、いつも通り部屋にいたはずだ。一度スニーカーを磨き出したらテコでも動かないのはあの頃からだな。流石に仕事が溜まってる時くらいは優先順位を切り替えろ。

 ……話の腰を折るな?喋ってるのは俺なんだからどんな話題を挟もうと俺の勝手だろう。

 まぁいい。俺はそこで若いメイドたちの立ち話を聞いた。


 「今日、町外れにサーカスが来るんだって」


 サーカス―――知識の上じゃ知っていたが、当時の俺はまだ本物のサーカス団を見たことがなかった。
 玉乗り、空中ブランコ、猛獣使い、蛇女。今思うと子供騙しな娯楽ショーでしかないがな、一応のガキだった俺の興味がそそられる内容だった。

 で、俺は屋敷を抜け出した。

 ああ、そういえばあの後からお前と二人がかりじゃなくても塀を登れるようになったんだったか。1階分の高さなんぞ要領を掴めば簡単なもんだ。
 けど、そこから先が割と面倒だった―――メイドたちの言っていた場所は町外れも外れの方。結構距離があった。徒歩の俺がそこへ辿り着いた時、辺りはもうすっかり夜になってた。
 空き地に急ごしらえに立てられた、ちっぽけなテント。それがサーカス会場だ。
 幸い、遅いその時間でも公演はされていた。テントの隙間をくぐり、中に入る。観客はまばらで、ちょっと蒸し暑かった。
 空いている席に座り、俺は生まれて初めてのサーカスを眺めた。派手な音楽とパフォーマンスはまぁ、そこそこ面白い。特に箱の中に人間が入ってそこへ剣をぶっ刺していくヤツ、あれは帰ったら誰かを捕まえてやってみたいと思ったんだが結局やれずじまいだったな―――折角だ、今度相手しろ。仕掛け抜きで。

 そういえば、変わったことにそこのサーカス団ではみんな仮面をつけてたんだ。ピエロだけじゃない、どの演目の出演者もセンスのないペイントを施した面を被ってる。誰一人として素顔が見えない。

 と、そこで俺は今日話していたメイドの一人が言っていたことを思い出した。


 「でも、サーカスってあれでしょ……人さらいとか、身売りされた子供で作られてるとかいうの」


 ―――やっぱり、お前も嗤うか。若いといっても今の俺たちと変わらないくらいの年でそれだからな。大方、どっか山奥の田舎の出なんだろう。人さらいを怖がりながらマフィアの屋敷で奉公をする、なかなか妙な話だ。
 ただ、その都市伝説みたいな話自体は俺も聞いたことがあった。ベビーシッターをしてたババァが「悪い子はサーカスに連れて行かれますよ」って抜かしたことがあるんだが、お前、覚えてるか?

 悪い子はサーカス団が攫っていく。団員にされたら二度と家には帰れず、死ぬより辛い思いで芸を覚えさせられるんだ、ってな。
 あとなんだったか―――サーカスはこの世のものじゃないから一人近づかないこと、とか怪談っぽいのもあったな。


 『……サーカスの入り口はアチラの世界の入り口。そしてアチラの世界の住人はコチラの世界へ入りたいと思っているんです。
 だから坊ちゃん、間違ってサーカスに行ってしまったら出された物は何であれ、絶対に食べちゃいけませんよ。
 アチラの世界の物を、生きている人間が口にしたら……―――』


 話を戻すぞ。
 ショーは続く。ジャグリング、火の輪くぐり、自転車の曲芸、綱渡り。……面白いことは面白いんだが、時間帯のせいか俺は次第に眠くなった。
 欠伸を噛み殺しつつ擦っていた俺の目に、不意に袋が付きだされた。

 「眠いの?良かったらコレを食べなよ」

 横を向くと知らないガキが居た。ヒラヒラしたステージ用の衣装と変な仮面をつけていたから、サーカス団の一人なんだろう。背格好が俺と変わらないくらいだったからガキと判断した。
 食べろと言われた物を間髪入れず俺は断った。魚の干物だったからだ。生臭くて気分が悪くなる。相手を一発殴っても良かったが、眠気で動くのが億劫だから睨むだけで終わった。

 「じゃあ、こっちのドリンクをどうぞ」

 そう言って、ひるまずソイツは今度紙コップを差し出してくる。うっとうしいヤツ。けど飲み物なら良いかと思って受け取り、一口飲んだ。
 中身は甘ったるいジュースだった。果物なのかなんなのか得体が知れない。唯一冷たいのがテント内の熱気に当てられた俺にとって美味いと思える要素だった。

 「ねぇ、君はなんて名前なの?どこから来たの?」

 ちゃっかり隣の席にソイツが腰かけた。被った白い面は目も、口も、みんな細い三日月を描いている。作り笑いの典型みたいな仮面だった。
 しかし初対面とはいえ、好き好んで俺に話しかけてくる奴は珍しい。なんとなく追い払わず、俺はジュースを飲みつつ適当に相手してやった。

 自分のことや家のこと。顔と趣味以外合致しない、ムカつく双子の兄貴がいるってこと。ソイツに訊かれるまま、特に隠しもせずに俺は話した。

 そうこうしている間に俺の眠気はいよいよ限界に来た。コップを空にして、俺は本能のまま目を閉じた。ステージではショーが終盤に差し掛かっていたが気にしない。
 どうせ居ないことに気づいた屋敷の連中が探して呼びに来るだろう。仮に、このサーカスが本当に人さらい集団で寝てる間に連れて行かれたのなら、その時はその時だ。

 横でキルネンコキルネンコと名前を呼ばれるのを聞きながら意識を飛ばす。キルネンコは俺、俺はキルネンコ。そう、その通り。俺はキルネンコ―――


 「君、寝るのかい?じゃあ、俺は家に帰るよ。

 外に[キルネンコ]の迎えが来てるらしいから」










 さぁ、ここまでの話で俺が何を言いたかったか分かるか?



 …………さほど期待はしてなかったといえ、本当に分からないと言われるとはな。お前の頭の鈍さを侮ってた。




 改めてオチを説明してやると、だ―――ここにいる『俺』は俺じゃない。


 お前が十何年、弟のキルネンコだと思ってた『俺』は、実際には違うんだって話だ。








 「……なら、お前は誰なんだ?」






 ………………さぁ?







――――――――――
2012.07.31