「俺に良い考えがあるんだ」




 全ての始まりは、この一言だった。





五人目はだあれ?   byカンシュコフ





 真冬の十二月―――猛吹雪がうねりをあげ、室内にまでごうごうと音と寒波を押し寄せる中。俺たちは明りのない宿直室で震えあがっていた。

 監獄内は現在全棟停電中。無線ラジオによると強風にあおられた電柱がポッキリ、根本から逝ったらしい。明日の昼まで電気の復旧はしないそうだ。
 こういう時俺たちの職場では囚人の暴動・脱走に備え厳重警戒しなければならない。が、今日はその限りではない。囚人どもも寒さで動けないからだ。コンクリート壁の隙間風と鉄格子からの直風。擦り切れた毛布一枚ではさぞかし身に染みるだろう。
 問題は、俺たちのいる宿直室も半端なく寒いってところだ―――前日当直だった同僚の馬鹿がストーブの灯油を補給しないまま帰りやがった。点火して数十分、空になったタンクと不完全燃焼のイヤな匂い、そして激しい寒さが部屋に残る。実に最悪な話だ。
 頑張って給油しに行こうにも灯油置き場の外は寒い。ついでに真っ暗なので危ない。なので部屋に籠っているがやっぱり寒い。寒い。思わず二回言ってしまった。

 きっと、明日の監獄内では何人か凍死者が出る―――その何人かに自分たちが入らないよう俺のほか当直三人、全員なんとか温もる方法がないか頭をひねっていたところだ。

 面子の中で一番頭が宜しくないはずのロウドフは、自信ありげに指を立てた。

 「部屋の四隅にそれぞれ立って、一人が壁に沿って走る。で、行き着いた角で次のヤツにタッチして、今度は触られた奴が走る。これを繰り返すんだ。
 走るから体があったまるし、眠って凍死する心配もないぞー」

 要はリレーか……随分原初的な暖の取り方だな。

 「どっかの山岳部が雪山で遭難した時やった方法なんだと。四人いるからちょうど良いだろ!」

 ま、確かに現状は遭難と大差ないな。SOSは届かないし、末端神経はすでに死にかけているし。
 どうする?と俺は残りの二人を見た。

 「……まぁ、良いでしょう」

 眼鏡を押し上げ言ったのはゼニロフだ。一人で毛布を何枚も所有していても、やっぱり寒いらしい。(ちなみに毛布はヤツの占有販売となっており、俺たちはなけなしの金を叩いてそれを買わざるを得なかった。地獄の沙汰も金次第ってのはまさにこういう事だ)
 インテリで走るのも跳ぶのも嫌うゼニロフが賛成するのはちょっと意外だ。

 「…………」

 ショケイスキーは黙ったまま、一つこくんと頷く。一応の賛成か……ボーっとした目は早生きてるのか死んでるのか分からねぇけど。とりあえず、危ないから鎌は置け。
 俺はというと別段反対する理由もない。実際雪山で遭難した際、じっと身じろぎせずにいるのと動いてカロリーを消費するの、どちらが正しいかは知らないが、とりあえず俺たちは朝になれば飯が食える。下山の必要もない。夜が明けるまでの数時間、持ちこたえられれば良いんだから少しくらい運動するのも良いだろう。

 ―――というわけで、俺たちは背中を丸めながらそれぞれ四隅についた。
 暗い室内の端と端じゃ相手の顔も姿もさっぱり見えない。多分仲間の誰かがいるだろう、ってだけだ。
 向かう進路の方向を確かめ、「準備良いかー!」というロウドフの掛け声に「おー」と返事する。(もっとも答えたのは俺だけだったけど)

 一番手は俺だ。栄えあるわけでもなんでもない、じゃんけんで負けたが故の先陣。
 真っ直ぐ壁伝いに走るだけなんだが、まだ暗闇に目が慣れてないせいでついおっかなびっくりになる。途中障害物でもあったら堪らねーよな―――とか思ってたら、実際に椅子にぶち当たるし。痛ェぞ畜生!
 それでもなんとか次の角にいるロウドフの元まで行き、タッチ。野郎は無意味に雄叫びなんぞ上げながらドタドタ部屋を疾走する。運動会か何かと勘違いしてるな、アイツ。

 「ほい、タッチ!」

 バトンに代わってポンと肩を叩き選手交代。今度は無言。足音の軽さからして多分、ショケイスキーか?正直、ホッとするな。注意しても鎌を離さなかった奴が真後ろから来るなんて嫌すぎる。
 てってってっ、と一定のリズムで走る音が止み、足音が変わる。ゼニロフの番か。コツコツ踵を鳴らす音がするけど、走ってるわけじゃない。歩いてやがる……本当、どっかの死刑囚並みに協調性がねぇ。
 つーか、待ち時間長っ。俺はその場で足踏みをする。やる気があるわけではなく、単に寒いからだ。どうせ走るならさっさと来いっての。
 かじかんだ指に息を吐きかけつつ膝を動かしていると、肩を叩かれる―――っぅお!ゼニロフの手、冷てぇ!
 服の上からだってのに、ゾワッと来た。氷のような、と表現するに相応しい手から急いで離れ、再び走る。今度こそぶつからないよう、タッタッ、っと。
 んで、ロウドフの背中が見えたからタッチして、また足踏み。
 あとはずっとその繰り返しだ―――ドタドタ、てってってっ、コツコツ、タッタッ。四者四様の音を立てて部屋をぐるぐる周回する。……誰も来ないから良いようなもんだけど、はたから見たらかなり間抜けな光景だったろうな。
 けどまぁ、動くからそれなりに体も温もる。視界も慣れて何かに当たる心配もない。途中、流石にいい加減飽きるかもしれない、とも思ったんだが、切れることなく順調に番が来るから止めるタイミングがなかった。
 ―――気づけば窓の向こうがうっすら明るくなるまでリレーは続いてた。

 「おっ、吹雪も収まったな」

 そうみたいだ。「そろそろ終了すっかー」と余裕のロウドフに上がりかけた息で俺は頷く。なんか、温かいを通り越して汗までかいちまった。マイペースに走っていた(&歩いていた)ショケイスキーとゼニロフも始める前より血色がよくなった気がする。ゼニロフのタッチしてくる手は最後まで冷たいまんまだったけど、冷え症なのかもな。(根が冷血なヤツだし、)
 で、四人再び部屋の中心に集まり、駄弁ったり武器を磨いたりして大人しく当直の時間を過ごす。
 俺はその間どうやったら不要になった毛布を売り返せるか一人思案に暮れていたのだけど―――ロウドフの言葉に、つい考えを中断した。

 「けど変な話だよなー。なんでずっと輪が切れず走ってられたんだぁ?」
 「……はぁ?何言ってんだ」

 なんでもクソも、部屋の隅は四か所で、人間も四人居たんだ。それをループさせるだけなんだから間が切れるはずがない。提案者のくせに今更すぎっぞ。

 そう、可哀そうなものを見るような目を向けた俺を、けどロウドフは同じ眼差し持って反論しやがった。
 奴が言うには、

 「柵を杭とロープとを使って作る場合、杭は両端に立てなきゃなんねぇから間に這わすロープより一本余計に要るんだよ」

 ……ああ、なるほどな。杭とロープが同じ数だと最後ロープの端が結べないもんな。似たような法則をガキの頃学校で聞いた気がする。
 脳みそ筋肉かと思ったけど、一応囚人の労働監督をしてるからそういう土方みたいな事は理解してんのか。でも、何で今それなんだ?

 「だーからー、今回俺たちは杭兼ロープだったんだよ。一本目の杭がロープを結んだまま進んで、二本目のとこに移動する。二本目も同じ。三本目も。
 で、四本目が移動したら―――どうなる?言っとくけど、ロープは伸縮素材じゃねぇぞ」

 いや、ロープの素材とかどうでも良いだろ。
 それに四本目の杭が移動したら一本目のとこに行くに決まってる―――実際やったのを思い出しつつ、俺は答えようとした……んだが。アレ?



 ………………違う。

 一番手だった俺は、最初の隅から二番の角へ移動したんだ。同様にどの人間もロープごと(別にロープは必要ないんだが、刷り込まれてしまってる)ひとつ先の角へと移動してる。





 二人目は三の角へ、三人目は四の角へ。そして、最後四人目が走った先、一の角は―――空だ。





 場所が無人ならそこで走りの輪は切れる。俺に続きが回ってくるはずがない。
 汗が出るまで延々走り続けるなんて、あり得ないんじゃねぇか―――!

 

 温もった体が一気に冷えた。
 しかし俺以外の奴は特に驚いた様子がない。非常識といえる事態だってのに何でコイツら平然としてんだ!?

 「つーか、最初一周した時点でどうしておかしいって言わなかったんだ!?」
 「てっきりゼニロフが余分に走ったんだと思っててなぁ。今聞いたら違うっつんで、改めて変だなぁ〜って」
 「一番可能性がないのを考慮してんじゃねぇよ!だ、大体、成立しないって分かってやらせたのか……!?」
 「いやいや、案出した時は出来ると思ってたんだよ」

 「実際、俺の知ってる話じゃ四人でも問題ないってあったんだって」、とロウドフの野郎は笑うんだが……



 「―――ま、五人目に幽霊が混じってたって話なんだけどな。」



 「思いっきり怪談じゃねぇかーーーッ!!!!」


 全然問題なくねぇだろ!むしろ出来たら大問題なんだろっ!!!
 声の限り叫ぶ俺を「騒がしいですよ、カンシュコフ」とゼニロフが一喝。クソ、平然としくさってムカつく…………そういや、四番目のコイツと俺の間に、居るはずのない『五人目』が居たんだよな……ゼニロフの手だと思ってた、あの冷たい感触は…………うぎゃあああ、思い出したくねぇ!!!

 「喧しいと言ってるんですカンシュコフ。無駄な私語は罰金取りますよ」
 「勝手なルール決めんな!そ、それよりお前、ゆ、幽霊触って平気なのかよ…?」
 「滅多にない経験という意味では損ではないですね。元々出来るはずない事なのは分かってましたから」

 ―――分かってたなら言えよ!何でも損得勘定で決めやがって、この貧乏性!!(しかもどっちかっていうと得してねぇぞソレ) 

 「…………」  

 ショケイスキーはやっぱり何も言わない……けど、何もない空間を黙ってじっと見てるコイツが一番怖ェ!!!
 何、そこに居んのかよ?視えんのかよ??俺には何も見えねぇぞ、変なモンと通じ合うな!!!

 ああ嫌だ……走ったからって以上に、どっと疲れた……これじゃ凍死しかけてた方がマシだったな。



 「……『全身凍傷で死ぬのは苦しい』、ってあそこの人が」





 …………余計な世話だっ!







――――――――――
2012.07.31