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※注意※
・あんまり明るくないです。
・ちょっと(色んな意味で)痛いかもしれません。

スクロールにて表示です。













































 毎日毎日、ずっと同じ事の繰り返しだとばかり思っていた。

 食事の配膳、シャワーの準備、体操の指導―――

 変わらない毎日が、ずっとずっと繰り返されるんだと思っていた。


 だから、気がつかなかった。


 あの背が、どこか薄くなっていることに―――




暗黒童話 -アル檻ノ、デキ事-




 ゲホゲホッ―――!

 響いた咳の音に、カンシュコフは扉を跳ね飛ばす勢いで開けて房の中へ入った。
 ある意味それは、職業上あるまじき愚行だ。囚人の暴動、脱走―――あらゆる危険性が扉の向こう側には渦巻いている。だというのに彼は錠を外し、扉を開け放しにしたまま房内へと駆ける。そこに注意も危惧も一切抱かない。抱く必要も、ない。
 扉の向こうに居る囚人は、見開く目へと映る模範囚は―――動くこともままならず、ベッドの上で咳き込んでいるのだから。
 駆けてくる足音に、蹲るようにしていた顔が上がる―――その顔が、胸の深く奥底から込み上げてきた咳にぐっと歪んだ。

 「―――541番!模範囚!」

 咽て崩れそうになる体を、カンシュコフが支える。本来直に接触する事のない囚人の身へと触れた時。彼は、震えた。

 握った手の中で砕けてしまいそうなほど、細い腕。肉を失ってしまっている両肩。
 寄りかかる体躯は体重というものが存在するのかと疑問が湧くほど、軽い。

 何だこれは―――衝撃に息を飲み、それでも鼓膜を突き刺す咳き込む音に反射的に背を擦る。丸められた、血でも吐きそうな勢いで揺れる背中は、囚人服の上から継ぎ目を数えられそうなくらい背骨を浮き出させている。
 背へ乗せたまま硬直した手に、伏せられていた顔がゆるりと起きる。
 治まらない咳に苦しそうに歪む表情で、それでもカンシュコフを捉えた緑の瞳が笑みを浮かべた―――無理矢理作った、痛々しい笑みを。
 どちらが病人なのか分からないほどに顔を蒼白にしているカンシュコフに、プーチンは笑いかける。

 「ぐ、はっ……ははっ……大丈夫ですよ……?まだ、吐いてません、から……」

 今日は―――と、続けられた言葉に、カンシュコフは「馬鹿野郎っ!」と怒鳴った。

 ―――『今日は』って何だ?
 じゃあ、昨日は?その前は?
 一体いつから、噴出す筈のない血を流していたんだ―――!

 胸倉を掴んで問い詰めたいような衝動を、懸命に抑えて背を擦る。掌に伝わるボコボコとした感触に、カンシュコフは思わずああと呻いた。

 何故だ。
 何で、この背はこんなに薄いのか。胸を、口を押さえている手は、何故皮を貼付けただけのような、厚みのないものになっているのか。
 何故、何故、何故。

 なんで、どうして、こんな―――

 ぐるぐると回る問いかけに答える手はない。聞こえるのは、咳き込み過ぎた喉から鳴るヒューヒューという音だけ。凍て付く監獄にはぴったりな、木枯らしのような音。命の焔を今にも吹き絶やしてしまいそうなその音に、耳を塞いでしまいたい。
 胸を覆う悲痛な思いを嘲笑うように、またプーチンが咳き込んだ。胸をぎゅっと押さえ、掌で口元を覆って懸命に咳く音が漏れないようにする。
 病の全形が隠せなくなっても未だ気を使おうとする相手に、カンシュコフは堪らずその身を抱き締めた。突き飛ばしもせずに腕へと納まった体は、両腕の長さが余るほど、力を入れるのが不安になるほどに、細い。

 昔からこうだったのか―――?いや、そんな事あるはずない。

 時折触れる頬は、腕は、金属棒越しでも分かるくらい柔らかかった。体は小さいけれど、溢れんばかりの漲りがその身に満ちていた。
 狭い房の中を飛び跳ね、踊り、うるさいくらいずっと―――笑っていた。

 それなのに、何故。一体、いつから。

 毎日顔を合わせていながら、ちっともその異変に気付かなかった。
 丸い、子供のような顔と向き合っていながら、その丸みが削られていっているのに、気付かなかった。
 ステップを踏み鳴らす足音を聞きながら、そのリズムがいつしか止んでいるのに、気付かなかった。
 檻の中に昇る太陽のごとく明るい笑顔が、翳りを帯びて消えていっているのに、気付かなかった。

 ちっとも、気付かなかった。


 輝く命が、病魔に冒されていたなんて。


 (だって、コイツは言わなかったじゃないか―――調子が悪いなんて、一言も言わなかったじゃないか―――!)


 一言、具合が悪いと。咳が止まらないのだと。胸が痛いのだと、そう言ってくれれば。
 質の悪い食事を与えたり、激しすぎる運動をさせたりせずに、適切な処置をとったのに。
 我慢などせずに、素直に言えば―――

 思いながら、カンシュコフは頭のどこかで違う、という声を聞いた。


 (違う―――言わなかったコイツが悪いんじゃない。気取られないよう、必死に誤魔化していた模範囚が悪いんじゃ、ない)


 悪いのは、気付かなかった―――


 「……良いんです……」


 気付かないでくれて、良かったんですよ―――


 空耳かと思うような、弱々しい声がカンシュコフの鼓膜を揺らした。ハッとして上げた顔のすぐ目の前で、プーチンが笑う。
 今までの元気に満ち溢れた笑顔とは違う、儚い微笑を浮かべた彼は緩く首を振る。そのままポキリと折れてしまいそうな首が、無意識のうちに自分を責めていたカンシュコフを、そっと否定した。

 「僕、分からないように、頑張って隠してたんですから……」
 「―――なんでだ!?なんで、隠したんだよ!正直に、言わなかったんだよっ!?」

 告げられた真実は、あまりに残酷で。
 相手が病人である事も忘れて声高に詰るカンシュコフへ、返ってきたのは穏やかな声だった。

 「だって……カンシュコフさん、泣いてくれるでしょ……?」

 ほら―――と骨ばかりの指に頬を拭われ、いつの間にか自分の両目が涙を流していた事にカンシュコフは気付いた。
 驚いたように見開いた瞳に、ぼやけたプーチンが微笑みかける。落ち窪んだ緑の瞳に宿る色は、どこまでも―――優しい。

 「カンシュコフさん、優しいから……きっと、泣かせちゃうって……思ったんです……」

 自分が、病気だと―――治る事のない、死に向かうだけの病にかかっていると、知ったら。

 悪ぶって意地悪をする、けれど本当は仕事熱心で―――その仕事とは別に犯罪者の自分へ良くしてくれる、心優しい看守は。きっと、悲しんでしまうから。
 何の役にも立たない、一介の犯罪者でしかない自分の死に、胸を痛めてくれるから。


 その痛みを、悲しみを―――涙を。

 優しい貴方に、与えたくなかったから。


 「でも」と、プーチンは申し訳ないような、失敗を照れるような、微苦笑を浮かべた。

 「さいごの最後で、ばれちゃいましたね……僕、やっぱり演技下手なのかなぁ……」
 「っ馬鹿……!」

 その『馬鹿』とは、下手な演技をしていた事か。それとも、『最期』という言葉を口にした事か。震える声は、続きを言わない。
 言葉継ぐ事も出来ずにただ只管、腕の中押し潰してしまいそうな、細く儚い存在を抱き締めることしか出来ない。
 痛みを堪えるように歯を食いしばり、肩へと押し付けてくるカンシュコフの頭をプーチンがそっと撫でる。まるで子供をあやすように優しい手つきに、落ちる涙は一層熱く頬を―――プーチンの瘠せた肩を、濡らした。

 「……結構、頑張ったんですよ?ご飯、残さず食べたし……踊るのも、止めなかったし……」
 「止めろよ……する必要、なかっただろっ……」
 「えへへ……最近はね、ちょっと、大変だったんですけど……キレネンコさんも、内緒にしててくれましたし……」

 挙げられた人一倍他人に無関心な囚人の名前に、カンシュコフの胸に苦いものが広がった。

 そうだ―――あの野郎、同室で四六時中病気の囚人と一緒に居ながら、一言もこちらへ連絡してこなかった―――
 冷酷非道な凶悪犯とは知っていたが、そこまで温情がないとは思わなかった。
 もし奴が、苦情でも何でも同室者の異変を匂わす事を言っていれば、いくら本人が隠していたとしても気付くことが出来たのに。

 それがただの八つ当たりの、自分の罪を誤魔化すための責任転嫁だと知りながらも、カンシュコフは冷たい目をした死刑囚を呪わずにはいられなかった。
 丁度改悛に出ているその相手がここに居れば、鉄槌の一つでも下せるのに。叩きつける場所のない怒りに拳を震わせながら、恨み言を吐くカンシュコフにプーチンが慌てて首を振った。

 「違うんです……!僕が、お願いしたんですよ。カンシュコフさんには、言わないでって……」

 病気の事を隠していたいのだと、プーチンが頭を下げた時―――赤い瞳はちらりと一瞥した後、興味をまるで示さず外れた。
 それでも五月蝿く咳をしても血を吐いても、彼は文句一つ言わず、決してカンシュコフへ告げ口をする事もなかった。労わりの言葉一つかからないのを心寂しく感じるよりも、無言の内に協力してくれる相手へプーチンは感謝した。

 「それに、多分……キレネンコさん、僕に気を遣ってくれてます……」

 前はずっと拒否していた改悛の時間に彼が従いだしたのも、弱っている自分をそっとしておく為ではないか。人目を気にしている自分が、少しでも堪えず咳き込めるよう房を空けてくれているのではないか、と。
 尋ねてもきっと返事一つ返ってこないだろう相手の考えを、プーチンはそう都合良く想像する―――何も言わない彼の人も、抱き締めて涙を流してくれるカンシュコフと同じで、優しい人なのだと。

 どこまでもお人よしなプーチンに、「何寝ぼけたような事を言っているんだ」と怒ろうとしたカンシュコフの鼻声が、止まった。
 再び腕の中で激しく咳き込んだプーチンの―――押さえた掌の上へと、吐き出された赤い血の色を見て。

 「―――模範囚っ!」

 パタタッ、と滴り落ちた鮮血に、カンシュコフが叫ぶ。
 すっかりサイズが大きくなった囚人服の、緑と白の柄が斑に染まる。じわじわと布地へ染み渡る色は不吉なほどどす黒い。嫌な―――なんて嫌な、色なのか。

 「おい!しっかりしろ、模範囚っ―――プーチン!」
 「っは、ぐっ……ごめ、な…さい……服、汚しちゃって……」
 「んなこと、どうでもいいっ!」

 くの字に背を折り、口元をを血で染めていながらなおそんな気遣いをする愚直な相手に、カンシュコフはもう怒れば良いのか心配すれば良いのか解らなくなった。
 冷たい汗を浮かべるプーチンに、釣られるように全身から冷や汗が噴出す。ともすれば恐慌を引き起こしそうな自身を叱咤し、彼は必死に何をすべきか考えた。

 「待ってろ、すぐに……すぐに、医者を―――!」

 この状況で、どれだけ医者が役に立つかなど分からない。けれど、誰かを呼ばずには―――死神の鎌に首をかけられている姿から目を逸らさずには、いられなかった。
 ずっと開けたままだった扉の向こうへ応援を呼ぶべく、カンシュコフは動こうとする。
 逃げるように身を翻そうとしたその手を、しかし「待って―――!」と叫んだプーチンが掴んだ。
 吐かれた血の、ヌルッと滑る感触―――掴まれた肌の上に感じたその感触にカンシュコフは戦慄を覚えたが、それ以上に。
 力の入らない指が懸命に力を入れて自身を引きとめようとするのを感じて、彼は止まった。

 「待って、下さい……」
 「プーチン……」
 「……行かないで、下さい……ここへ……」


 ここへ、居てください。


 そう、掠れた声で。涙を浮かべながら、懇願してくる緑の瞳に。
 カンシュコフは、目の前が真っ暗になった。


 ―――それが願いだというのなら。
 なんて惨い、酷い絶望を。押し付けてくるのか。


 噫―――
 何故、気付いてしまったのか。
 何故、最後まで吐かれる下手な嘘に、騙されていてやらなかったのか。

 何故、何故。

 救えない、消えていく命を―――この腕へと。感じなければ、ならないのか。

 触れる部分から次第に低くなっている体温は、もう誤魔化しようがなくて。
 カンシュコフはぐらぐらと揺れる視界に、これが夢であれば良いのに―――と、切に願った。


 短く浅く吐き出される口元を汚す血も、だんだんと光を失くし伏せられていく瞳も。


 「カンシュコフさん……ありがとう、ございます……僕は、貴方のことが……」



 ―――好きでした。



 密か告げられるその言葉さえ。


 夢であれば、良いと。





























































 だから、水でもかけられたように濡れた自室のベッドで跳ね起きた瞬間。

 彼は、辺りを憚らない大声で泣いた。




 ろくに顔も洗わないまま、寝不足と泣き過ぎによってズキズキと鈍く痛む頭で、それでもカンシュコフは職場へ出勤した。
 廊下ですれ違う同僚ごとに「どうしたんだ?」と尋ねられ、普段口うるさく有給など認めてくれない上司ですら「休んだ方がいいんじゃないのか」とありがたい言葉をかけてくれたが、足を引き摺るようにして廊下を進む。
 しかし、その足が自身の担当房へ辿り着いた時―――彼は言われた言葉に従って、帰ってしまおうか迷った。

 確かに、起きたのはベッドの上だった。
 けれど、見ていたそれが本当に夢だったと、どうやって証明できる―――?

 血を吐いている姿が夢で、元気に踊っている姿が夢ではないと、どうやって証明できるのか。
 それが逆ではないと、どうして断言できるのか。
 どちらが夢で、どちらが現実か。自身が記憶している姿の、どちらが真実なのか。

 答えは簡単だ―――目の前の扉の、覗き窓を開くだけ。鍵を外して中に入る必要などなく、その小さな確認用の窓から覗き込むだけで判別はつく。

 そう解っていながら、カンシュコフは微塵も動くことが出来なかった。手に持つ皿の上で魚が揺れる―――無意識に戦慄く指先の震えは、抑えられない。
 寝起き後漸く引いた汗がまたじっとり滲んでくるのを感じながら、時も忘れて立ち尽くす彼に。

 扉の向こうから、ノックが響いた。

 「―――っ!」

 コンコン、と鳴った控えめな音に、散弾銃でも受けたようにカンシュコフが飛び上がる。手から滑り落ちそうになった皿を慌てて掴みながら、彼はいつの間にかずっと止めていた呼吸を吐いた。
 気がつけば、もう朝食の時間が過ぎている。二人のうちどちらかは解らないが、空腹で待ちきれないのだろう囚人から再度伝えられる、催促の音に。



 カンシュコフは意を決して―――覗き窓を、開いた。




 「あ!カンシュコフさん、おはようございま―――」

 今日のご飯は何ですか?
 グーッと鳴る腹にそう聞きたいのを堪えて、朝は挨拶が基本とぺこり頭を下げたプーチンは、扉の向こうに見えた顔に目を丸くした。

 「ど、どうしたんですかカンシュコフさん!?」

 緑の瞳がお化けでも見たように引きつったのは、仕方の無い話だった。
 白いというか土気色というか、血の気をすっかり失せてしまったカンシュコフの肌はもはや生きた人間の色ではない。覗き窓で一番目立つブラウンの瞳は、白目の部分が赤く充血して、その上瞼が誰かに盛大に殴られたか失恋で夜通し泣き続けたかのように腫れている。一晩でこけてしまった頬に、鈍いプーチンでも流石に異常に気付いた。
 どうしよう―――思わず配膳の催促も忘れて狼狽するプーチンの前で、バンッ!と扉が―――普段収監されている立場上滅多に開かれることのない堅固な扉が、開かれた。
 その事に驚くより先に、彼は体を吹き飛ばす勢いでされたタックルに、大きく叫んだ。

 「む、ほぉぉおっ!?」

 驚愕とも悲鳴とも取れる声が上がる。もがく様にじたばたする体を、飛びついたカンシュコフは構わず強く抱き締めた。

 ぎゅうぅっと、力加減を全くせずに締める腕に感じるのは骨ではなく、柔らかな肉の感触。
 制服と囚人服を隔てても伝わってくる、温かな体温。その下で流れる、噴出することなく循環する血潮。

 全てを正しく感じ取り、肩口に顔を埋めてあらん限りの力で腕を締め付ける。その腕は、脇腹に鋭く爪先がめり込んでも緩められない。
 グッと息をつめながらもプーチンから離れようとしない相手に、ローキックを繰り出したキレネンコは表情を歪めた。

 ただでさえ食事の時間が遅くなって不機嫌なところに、いきなり自分の物に手を出されて―――下心も全く出さずにしがみ付いているだけなのだが、彼の赤い瞳には金髪の変質者がか弱い同室者を手篭めにせんと襲っているように映っている―――無関心で居られるわけがない。しぶとい不貞な輩に対して憤怒の形相を浮かべながら、もう一発蹴りを食らわせようと足を引く。

 今度は肋骨の一本二本、折ってやる。むしろ内臓破裂させてやろう―――勢いつけて振り上げられた足を、しかし止めたのは襲われている張本人だった。
 阻むよう伸びた手に、殺意を隠しもしない赤い瞳をスライドさせる。見やった先、括った髪をふるふると揺らしてプーチンが首を横に振る。 無言で見つめ返してくる緑の、普段ほやんとした相手の瞳に常にない強いものを感じ―――キレネンコはしぶしぶ、足を下ろした。

 大人しく傍観をとる―――見下ろす視線はそれだけで人を殺せそうな程鋭く殺気に満ちたまま―――キレネンコへ軽く礼を示すと、プーチンは肩口に埋まる金髪へ手を触れさせた。
 そっと撫でる手に、ビクリッと金髪が跳ねる。それでも離れようとはしないカンシュコフの、震える背へもう一方の手を載せたプーチンが囁いた。

 「大丈夫―――大丈夫ですよ、カンシュコフさん」

 胸にじんわり響き渡るような優しい声音に合わせて、乗せた手がぽんぽんと背を叩く。
 ぽんぽん、と。子供をあやすように。漏れ伝わる嗚咽が、収まるように。
 一体何が大丈夫なのか、大丈夫という言葉が適切であるのか解らないまま、それでもプーチンは根拠のない言葉を繰り返す。
 ぽんぽん背を叩き、金髪を撫でながら。肩口を濡らしてくる相手に嫌な顔一つせずに「大丈夫」だと告げる。

 大丈夫、怖いことなんて何一つないから。
 大丈夫、不安に思うことなんてどこにもないから。
 大丈夫、夢は―――いつか必ず覚めるから。

 苦しみも、痛みも、悲しみも。
 貴方を傷つけるものは、ここには存在しないから。

 だから。


 「大丈夫―――泣かないで、カンシュコフさん」


 僕は、ここに居ますから。


 囁かれる、夢見るような甘い言葉に。
 顔をぐしゃぐしゃにしたカンシュコフが腕を放つには、まだまだ時間が必要だった。

 



――――――――――
2010.5.18
結局夢落ち。
幸せな結末に見えて、この後半殺しの運命なカンシュコフは
やっぱり報われてないのか……










*言い訳(蛇足)*
最初は緑の病気は収監前に発覚していて、それで自棄酒飲んだ緑が
うっかり二日酔いになってしまって投獄された、っていう流れだったんですが
(相変わらず)長くなりそうなので端折りました。
持って1年とか言われていたのが結構楽な(外ほど労働きつくない・ベッドにずっと居られる)
監獄ライフに加え面倒見の良いカンシュコフに当たったもんだから長生きしていた緑が
やっぱり限界きちゃうって感じだったんです。
夢から起きる手前の台詞も合わせて
「僕が今生きてるのは、貴方のおかげなんです―――カンシュコフさん」
にする予定でした。いつかまた(相手赤でも良いけど)使いたいなぁ……