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捧げ先:藤野啓太様
※設定お借りしました!
あちらのサイト様の設定をご一読下さい。
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 物事を説明するのに必要なのは原因・過程・結果である。
 その中で最も重要なのは成果としてもたらされる結果であり、それまでの理由やら工程やらは瑣末として切り捨てられる。

 そんなわけで、起きるべくして起きた事象に対する原因が何なのかは、最早不明だったが。

 「―――キレネンコさんなんて、もうキライですっ!!!」
 「……………………」

 キレネンコを固まらせるには、結果であるこの一言で十分だった。



親しき仲にも、

 

 「おーい。541番、メシだぞー……?」

 コンコンッ。
 おなざりなノックをして囚人房の覗き窓を開けたカンシュコフは、怪訝そうに語尾を曲げた。
 覗き込む視界の先。左側には、膝を抱えた死刑囚。右側には、壁の方向を向いて座る模範囚。どちらも色々と騒々しい事で定評がある囚人二人だが、今日は何だか―――どちらもやたら、静かだった。
 左の方はまぁどうでも良い。座るポーズが何時もと異なるような気がするが、別に意識に取り上げてやるほどの事ではない。そもそも、その存在自体を認識したくなくて食事の呼びかけもしなかったのだから。
 問題は―――問題、という言葉が適切なのかは不明だが―――右に居るほうの、ちょっと小柄な模範囚の方だった。
 普段はダンスを踊ったり歌ったりと、陰鬱な監獄の中でもやたら活きが良いのだが今日はそれがない。ベッドの上にちょこんと座ったまま、じっと壁を睨むような目つきで見ている。

 そこまで観察して、ふとカンシュコフが首を傾げた―――睨む?あの、人畜無害を絵に描いたような、模範囚が?

 微妙な、そして重大な差異を気付きかけた彼がそれをはっきりと認識する前に、ぱっとプーチンが顔を扉側へ向けた。

 「あ、カンシュコフさん!ご飯ですか?」
 「あ?お、おぉ……」

 にぱっ、と。朗らかな笑顔を浮かべたプーチンが駆け寄ってくる。反抗心のない、従順な囚人そのものの行動は、確かに常と変わらない模範囚の姿だった。覗き窓からカンシュコフへ向けられる眼差しも、至って柔和だ。
 気のせいだったろうか―――働きすぎで疲れているからなぁと自らの激務を省みながら、職務に真面目な彼は扉の前で待つ囚人へと皿を差し入れた。
 下ごしらえ一つしていない生魚を、プーチンは「ありがとうございます」と言って受け取る。どんなに粗末な食事を出されようとからかうように小突かれようと、彼が文句を零すことはまずない。小さな体の殆どを寛容な心で占めているのでは ないか。そう思えるほど常に笑みを絶やさず大らかでいる。監獄どころか外の世界だって、こんなに出来た性格をした者は居ないだろう。
 そんな心優しいプーチンが皿を手にベッドへ戻ろうとするのを、けれどカンシュコフが呼び止めた。

 「…………模範囚?」
 「はい?」

 くるん、と振り返ったプーチンが、不思議そうにカンシュコフを見上げてくる。純粋そのものの澄んだ瞳に、思わず呼んだカンシュコフの方が言葉を濁した。

 ―――別に、何か問題があったわけではない。模範囚は素直に、献立にごねることもなく、自分の食事を運んで大人しく食べようとしているのだから。

 ただ。その腕にしっかり持たれた皿と―――扉の前に残ったままの、もう一枚の皿を交互に見て。彼は、ついつい不要な、全くする必要のない問いかけをしてしまったのだ。

 「あー……その、今日は……皿、運んでやらないのか?」

 アイツに。

 そう、指差して示す先―――背を丸めたまま微動だにしないキレネンコの姿。
 食事の配膳など自分のする仕事ではないというように、皿を入れてやっても動きもしない。元マフィアのボスだというから、さぞかし優雅な生活を送っていたのだろう。生憎と刑務所ではそんな甘ったれた高配は致さない。
 だが、お人好しの模範囚はそんな不遜な犯罪者の世話をせっせせっせと焼いている。何度となく「見返りもないのだから面倒を見るのは止めとけ」と進言したのだが、その度ににこやかな笑顔と共に「いいんです」と首を振られてしまう。

 何が『いい』のか、さっぱり解らない―――どうでもいいの『いい』なら良いのだが、その可能性は極めて薄い。

 少しばかり苦い邂逅に気が逸れていたカンシュコフに、ああと納得した様子でプーチンが首を振った。

 「―――いいんです」

 きっぱり、はっきり。最上級の笑顔を添えて断言された、聞き覚えのある言葉に。覗き窓の枠内で、カンシュコフの目が瞬いた。

 「え?……いや、いいんですって、お前……」
 「いいんです。配膳、ありがとうございますカンシュコフさん」
 「………………おぅ。」
 
 最初よりも強い口調で言われた「いいんです」に、流石にカンシュコフも押し黙った。何が『いい』のかはやっぱり解らなかったが、一つだけ、明確に判明したことがある。

 ―――怒っている。限りなく、果てしなく、静かに静かに。小さな模範囚が、怒っている。

 顔こそ何時もと同じ笑顔だが、目が。真ん丸で大きな、いつもキラキラとしている目が。さっぱりちっとも、笑っていない。その気迫に一瞬とはいえ、何人もの凶悪犯と接してきたカンシュコフですら飲まれた。
 普段怒らない相手ほど怒ると恐い―――どこかで聞いたことのある俗説が、脳裏を掠める。まさに、その通りだ。
 となると、来た時感じた違和感の正体も、何時も以上に生体反応の薄いもう一人の囚人の態度も瓦解する。喧嘩は、一人では出来ない。行動範囲が房の中だけのプーチンが怒りを感じる対象といえば、傍若無人を絵に描いた同 居者だけだ。
 一体あの死刑囚は何をしでかしたのか―――喧嘩の内容によっては相手を処罰できる権限のあるカンシュコフだが、訴えてこないプーチンに詮索するのは気が咎めた。否、正確には気にはなったのだが、皿一つを手に真っ直ぐ自分の ベッドへ戻る小柄な背へ詮索の問いかけが出来るほどの豪放さが彼にはなかった。
 なんとなく様子を見守っていたカンシュコフの視線の先、プーチンは魚を掴むと大きく口を開け―――

 がぶりっ。

 容赦なく齧りつかれて、生魚がビチビチッと跳ねる。その様に、扉の向こうでカンシュコフは嗚呼と目元を押さえた。

 模範囚……お前、そんなワイルドな食べ方も出来たんだな。

 普段はもむもむと小さな口一杯に頬張って小動物さながらな食べ方をする相手の知らなかった一面を見てしまい、嬉しいような哀しいような微妙な心境になってしまう。勿論、その程度の新事実でプーチンに対する評価が変わるわけでも情愛が揺らぐわけでもないのだが―――ともかく。食事に対する感想一つ零さずガジガジ魚を噛むプーチンへ向けていた遠い目を左へとスライドさせた彼は、皿を手の届かない位置に置かれたままのキレネンコを見た。

 「…………………」

 無言のまま、微動だにしない背。暗い影宿る猫背に、普段ならざまあみろだとか嫌われてもしょうがないだとか嫌味を浴びせ喜色を示すカンシュコフなのだが。今傷心の相手を見やる視線は、温い。
 自業自得とはいえ、プーチンのあの怒りを一身に受けてかなりキているのだろう。傲岸不遜な態度もどこへやら、突けばガラガラと崩れて砂になって吹き飛ばされてしまいそうな相手を甚振る程カンシュコフも性悪ではない。
 同病相哀れむ―――チラチラと目の前にちらつく言葉を意識しないまま、頭を掻いた彼は向けられたままの背に声をかけた。

 「……04番、まぁメシでも食って落ち着け」

 ―――お前の嫌いな魚だが。

 明らかな同情を込めて発せられた労わりの言葉は。飛んできた拳によって、最後まで言わせてもらえなかった。 
 ドスドスッ!と、この上なく不条理で理不尽な八つ当たりと言う名の暴力を受けながら。遠のく意識の元、カンシュコフは血も涙も流さない凶悪犯の目元にキラリ光る物を見たような―――そんな、気がした。





 一日のスケジュールがきちんと決められている刑務所では、食事の後は次の作業時間が来るまでやる事がない。
 暴れたり騒いだりすれば別だが、大人しくしている分には囚人がその間何をしていても管理側はまず文句を言わない。寝ようが手遊びをしていようが、壁を向いて一人にらめっこに興じようが各人の自由だ。

 「………………」

 精神が落ち着いている時は模範囚並に物静かなキレネンコは、靴を磨く手を止めて向かいのベッドを見た。そこへ座る正真正銘の模範囚なプーチンは向けられた視線に気付いていないのか、それとも無視を決め込んでいるのか、壁へ向けた顔を振り返らせようとしない。扉の前の皿を自主回収しなかったため食事をとらないままの―――どのみち魚なので食べないのだが―――キレネンコを心配する様子もない。
 まるで天岩戸に篭った、どこぞの神のようだ。溶接機の類があれば完全に鉄壁で自らを囲んで塞いでしまっていただろう。むしろ、それならなんとかなった。物理的に阻む物があるのなら、取り壊せば良い。突き破って、中から引っ張り出して、思いっきり抱き締めでもすれば解決したはずだ―――多分。
 だが、拒絶という名の透明なシールドを築かれた場合は。一歩でも踏み込めば鋭い目で、睨んで拒否される場合は。どうしようもない。突き進んだ先が取り返しの付かない場所であることくらい、キレネンコでも察せる。
 別に誰に嫌われようと憎まれようと気にしない性質だが、この風変わりな明るい同居者だけには彼は何故か強く出れない。及び腰になった理由は追究しないまま、どうするか思案した結果とりあえず普段と同じ事をして様子を見る という無難な選択をするに留まった。
 日課の靴磨きを行いながら、それでもその手は鈍くなりがちだ。大切な靴の一つと向き合いながら、キレネンコの頭が考えるのは別の存在だった。


 きゅっきゅっきゅ。

 一体、何が気に入らないのか。精一杯、優しくしてやっているというのに。

 きゅっきゅっきゅ。

 皿を叩いて大声で歌っていても、キノコを生やすくらい掃除をしていなくても、怒らないし。
 
 きゅっきゅっきゅ。

 食事に人参が入っていた日は欠片の多い方に変えてやるし、新聞だって貸してやってるし。
 
 きゅっきゅっきゅっきゅっ。

 なるべく自制して無理を強いらないようにしてるし、向こうだって悪く思っていないのはの顔を見れば解る。

 きゅっきゅっきゅっきゅっきゅっきゅっきゅっきゅっ。

 そもそも、喧嘩した原因も。あちらが怒っている理由も、解らないのに。

 なのに。どうして、どうして。


 『キライ』、だなんて。


 きゅっきゅっきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ―――シュボッ!


 「………………」

 目の前で、炎が揺らぐ。
 ぱちぱちっ―――と燃え上がる、火。手品さながらに突然手へ出現したそれを、無表情に見るキレネンコの代わり、高い悲鳴が房の静寂を久方ぶりに打ち破った。

 「―――うわああっ!?キ、キレネンコさん!」

 なんか燃えてる、燃えてますよ―――!

 叫ぶが早いか、ベッドから飛び降りたプーチンが火元へ駆け寄る。煙が出ている、どころではない。はっきり赤い火の粉を巻き上げながら燃えろよ燃えろとばかりに炎上している。それでも慌ても騒ぎも、対処すらしないキレネンコを押し退けると、彼は炎纏う靴を床へ投げた。
 消火器なんて便利なものは檻の中にない。手近にあった枕を手に取ると、今にもそこいらへ燃え移りそうな勢いにまでなっている炎をぼふぼふ叩く。ぼふぼふ、ぼふぼふっ―――適切な消火活動を懸命に続ける事暫し、徐々に火は四 散し、消えていった。
 腕を振り続けたプーチンは、枕片手にふぅと額の汗を拭う。一応、大事には至らずに済んだ。小火ですまなければ狭い房の中のこと、看守達へ救助を乞う間もなく蒸し焼きになっていた可能性もある。
 燻る煙が引き―――後に残ったのは、少し焦げたコンクリートの床と消し炭になった元、靴。
 ゴム底の部分が辛うじて残っているそれを、まさか誰かの宝物の一つだったとは誰も思うまい。その誰かがどれだけそれを大切にしているか知っているプーチンは、思わず痛ましげに眉を寄せた。
 あんなにいつも綺麗に磨いて、飾っているのに―――自分の事のように消沈しながら、彼はその宝物の持ち主を振り返った。
 視線が向けられた先のキレネンコはというと、やはり無表情のまま消し炭を眺めている。プーチンとは真逆に眉一つ動かしていない姿は、大切な靴が燃えてしまった事に対して衝撃を受けているようにも、何も感じていないようにも見える。
 彫像のように反応をしない、その固まった筋肉がぴくりと動いたのは、靴を持っていた状態のまま止めていた掌を取られてからだった。

 「火傷、してませんか?」

 自分のものより大きな手に触れながら、プーチンが尋ねる。表面を見る限りでは特に赤味を帯びている様子はない。指先に感じる相手の体温は、むしろ低いくらいだ。
 ほっと安堵の息を吐きながらも、念のため棚に保管している消毒液を取り出す。普段目を据わらせて喧嘩をする相手のために用意し、結局ほぼ使う事のなかった代物。役に立たないままの方が良かったのだが―――ツンとしたアルコ ール臭のする液体を手近に落ちていた磨き布に染み込ませて、掌へと押しつける。

 「痛くないですか?」
 「………………」
 「キレネンコさん?」

 終始無言の相手をプーチンが見上げる。光のない、心情を滲ませないキレネンコの半眼が覗き込む瞳とあった瞬間僅かに揺らいだ。
 ずっと壁ばかり向いていた相手の目が、すぐそこにある。壁を睨んでいた時のような、突き刺すような目ではなくて、心配そうな色を載せて。火傷をしていない手へ施される手当ても、頼んでもいないのに皿を運んでくる時と同様に気遣いが伝わってくる。何時もと変わらない―――『キライ』と言う前と同じ、優しさに満ちた善意。
 もう、怒っていないのだろうか―――口を開きかけ、キレネンコは止まった。
 尋ねるのは、何だかとても愚鈍な気がした。単に、及び腰の延長かもしれないが。
 むっつりと押し黙ったキレネンコに、けれど言いよどんだ雰囲気を感じ取ったプーチンが首を傾げた。

 「怒ってるか、聞こうとしました?」
 「………………」

 沈黙は、肯定。常にない勘を発揮させたプーチンは、消毒液を足しながら続けた。

 「……キレネンコさん。僕、怒るのって苦手なんです」
 「………………」
 「誰かに嫌な思いさせちゃうし、自分で怒ってる自分が、すごく嫌になるし。怒ってると、良い事なんてちっともないんです」

 気がくさくさして、胸の内がもやもやむかむかして。関係のない人にまで怒りを見せてしまって。食事だって美味しく食べられなくて。
 自分の悪い癖を棚に上げて、相手の悪い所ばかり考えてしまって。そんな自分が、どうしようもなく矮小で醜い生き物に思えて自己嫌悪してしまって。悪循環ばかりが続いて滅入ってしまう。
 それだったらいっそ、適当にあしらって誤魔化して気にしなければ良い。そのほうが、円滑な関係を築く場合だってある。
 ―――でもね、と浮かべた微苦笑は困ったような申し訳ないような、怒りとは無縁の穏やかさだった。

 「そんな上辺だけの関係じゃなくて、ちゃんと仲良くしたいから。曖昧に流したくない事も、あるんです」

 親しき仲にも礼儀あり―――プーチンの告げた古き格言に。ああそうか、とキレネンコは気付いた。
 
 してやってる、ではなくて―――したいから、するのか。
 相手のために、というのは。
 親しい相手へ対しての親切を、施しとは呼ばないのだろう。

 なら、慣れ親しんだ相手と気持ちを違えた場合―――解決に必要なのは、力技でも時間でもなくて。ただ、一言。

 「…………悪かった」
 「はい。僕も、キライって言って、ごめんなさい」

 無表情のまま、誠意一つ感じさせない謝罪に、謝られたプーチンは憤慨することなく自らも詫びた。

 「キライだって言ったのは、嘘ですから」

 その一言を、手を握る相手へと添えて。



 それから暫く。
 囚人房のベッドで左側が雑誌を読みながらリズムを刻み、右側が楽しげに踊る扉の向こうで、生傷だらけの体でも真面目に本日二度目の食事を運んできたカンシュコフは、廊下側に置かれたしみると評判の消毒薬 を目にし。片方の皿へと仕込んでいた針をどうするべきか、非常に悩んだ。
 



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2010.5.22
『joyride』の藤野啓太様が日記に書かれていた設定が素敵すぎたので、
また使わせて頂きました(&押し付けた)……!なんかもう毎回すみませんネタ奪って啓太さん。
赤はとりあえずEDにならなかったので、ゆっくり緑の手でPTSDを回復していく模様です。(詳細は啓太さんの日記にありますよ!)
本当はもっと素敵設定だったんですよー……書き手が悪いだけで。
格好良い赤をお求めの方は是非上のバナーから啓太さんのお宅へ!イケメンなおっとこまえキレ様わんさかですよ!
啓太さん、ありがとうございました!