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捧げ先:ズッキーニ様


※設定お借りしました!
あちらのサイト様の設定をご一読下さい。
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Have a break , Have a black .

 
 「先輩ー。コーヒー淹れてきましたぁ」
 「あぁ。悪いなー」

 民警の詰め所の一角。両手にマグカップを携え戻ってきた後輩に、コプチェフはにこりと愛想良く手を上げた。
 交通に関する取締り、地域の防犯監視、不正資金に対する捜査、果ては凶悪犯と直接対峙しての捕り物と、民警は非常に過酷な職務を与えられている。
 詰め所に控えている時ですらいつ呼び出しがかかるか分からない。危険と隣り合わせな仕事は気の休まる時がない。
 そうして体を張って治安を守り、市民の平穏を保障する彼らがお茶を飲める時間は、正真正銘の平和な時間だった。
 久方ぶりに現場からコプチェフ達が戻ったのも、それを意味している―――破損したラーダ・カスタムの始末書を書いている現状が本当に平和かと問われれば微妙ではあるが。
 「お疲れ様です」と、差し出されたカップを礼を言って受け取る。湯気に混じって鼻先を漂った芳香に、自然コプチェフの顔から笑みが零れた。
 鼻腔一杯に匂いを吸い込めば、硬化していた脳がリラックスしていく。特別良い豆を使っているわけでも淹れ方が良いわけでもない、何の変哲もないインスタントだが、気分転換を図るには十分だ。
 熱いカップにふー、と息を吹きかけ、漆黒の液体を一口。口内へと広がる味は苦い。だが、深いコクも兼ね備えたその苦味は不味いとは正反対である。子供の味覚から脱却すれば、おのずと分かる美味さだ。

 「うん―――やっぱ、コーヒーはブラックに限るね」

 香ばしい香りと味、舌上に残る混じり気のない苦味のアフターテイスト。ぐるり血中へ回った、カフェインの引き起こす高揚。
 砂糖もミルクも入っていない、純粋なコーヒーの齎す要素がコプチェフは好きだった。
 紫の耳が嬉しそうに跳ね上がるのを見、お茶汲みをした後輩のゴーグルの向こうにある目もホッと和む。無事もらえた合格に安堵した彼は、カップを手渡したもう一人の先輩を伺った。

 「ボリス先輩も、ブラックで良かったですか?」
 「あ?―――あ、あぁ……」
 
 問いかけに白黒の耳がぴく、と反応を示した。愛想の良いコプチェフとは対照的にむっつりと顰められているボリスの顔は、不満有りげにも見える。が、これが彼の地顔であるという事は、一応この職場の者なら知っていることだった。
 本気で機嫌が悪ければ、それこそカップを差し出した瞬間にいちゃもんをつけられている―――狙撃の腕前が民警随一なら気性の荒さもトップクラスな先輩だという事は、周知の事実である。そんな時はパートナーである向かいの柔和な方の先輩が宥め役に回る。最も、大抵が更に煽って事態を悪化させてしまうのだが。
 何かとお騒がせではあるものの実力は両者共に確かな先輩ペアを、後輩一同は尊敬している。敬愛する先輩の口に合うようお茶を入れるのは、当然の勤めである。
 無事一仕事終えた後輩の彼も席へと誘われ、コーヒーの香り漂う詰め所は束の間の休憩時間と相成った。
 お茶請け代わりに花咲く話題は、一般の職場と変わりはない。ここ最近の仕事の出来具合、同僚や上司に対する愚痴や失敗の笑い話、少し飛躍して自分のプライベートの事―――恋愛関係の話などそれとなくいれた先輩への探りは、人好きのする微笑に悉くかわされた―――などなど、実に平和な、取り留めない話ばかりだ。
 「最近非番にも仕事が入るから、彼女が冷たいんス……これも全部、あの赤兎のせいですよね!」と、そんな泣き言と不満を漏らす後輩へ、紫の頭が頷いてやる。
 直接追いかけているコプチェフ達だけでなく、民警全体が今あの赤い悪魔に泣かされている―――街中の治安を護る立場であるため、私情より仕事を優先させるのは致し方ない。

 「でもさー、お前のそれ、仕事のせいだけじゃないんじゃない?」

 仕事でも人生経験でも一つ先行く先輩らしく、底の深い言葉を放つ。片目を瞑って意味ありげに笑うコプチェフへ、相談した後輩の彼は慌てて首を振った。

 「えぇっ!?そ、そんな事ないですよ!」
 「いやいや。胸に手を当ててみれば案外思い当たるフシあるだろ?」
 「ないっス!そんな、先輩じゃないんですから!」
 「あはははは。どういう意味かなー?」

 満面の笑顔で「次の走行課題、スリップストーム入れるから」と告げれば、ゴーグルをはめた顔が青くなる。スピン確実な難易度超のドライブ・テクニックを難なくこなせるのは、言った本人くらいだ。
 ぎゃあと悲鳴を上げる後輩を尻目に、悠然とコーヒーを味わっていたコプチェフはふと顔を上げた。

 「あれ?ボリス、猫舌だっけ?」
 「ん―――あ、あぁ….…」 

 談笑にも入らずカップを揺らしていたボリスが、傾げられる首に対して曖昧に頷いた。
 黒い瞳が見つめるカップの中、同じ色の液体がたぷんと波打つ。半分以上減ったコプチェフの物と比べると、その中身は受け取った時のままの量に近い。
 向けられた不思議そうな視線から顔を隠すように、そっとカップへ口が触れる。ズズッと中身を啜る仕草は緩慢で、普段思い切りの良い行動を取る彼にしては珍しく慎重な様子である。
 喉を焼くウオッカですら、舐めるようにして飲む事のないというのに―――そんなに熱いのかな、とコプチェフも自分の分を口にする。
 舌を火傷する心配のない温度が丁度飲み頃のように感じるのは、自分が猫舌ではないからなのだろうか。これ以上冷めると逆に風味を損ねてしまうはずなのだが―――
 全く同じ温度のコーヒーを眉間に皺を寄せて飲み下すボリスへ、タチの悪い先輩のからかいにすっかり参った後輩が泣きついた。

 「ねっ、ボリス先輩!先輩もそう思いませんか!?」

 もう先輩だけが頼りっス―――男らしくて頼りがいのある、ブラックコーヒーが似合う先輩の威厳溢れる一言を期待していた後輩は。

 「あ?あー……まぁ、頑張れ」
 「そ、それって、どっちの意味っスか!?」

 どちらともとれる、適当なエールにすっ転んでしまう。
 ショックで口をパクパクさせる後輩をフォローすることなく―――代わりに後輩思いであるコプチェフが「振られてストーカーになったら、ちゃんと逮捕してあげるから」と慈愛に満ちた一言で沈めておいた―――黙然とボリスはカップを傾ける。
 チビリ、チビリ。とうに湯気の消えた温い液体は、ゆっくり彼の胃の腑へ落ちていった。






 ―――数分後。





 「……………」
 「……ボリス、大丈夫?」

 丸まった背を摩るコプチェフの問いかけに、答える声はない。
 否、正確には非常に正直な答えが返ってきてはいた。詰め所奥の休憩室へ木霊する、ぎゅるるるるっという激しい不協和音が。
 「ぐっ……!」と短く呻いてボリスが自身の腹を押さえる―――鍛えた腹筋の下から響く胃腸の大合唱は、その程度のことでは封じられたりしない。仮に封じられるならば、内臓をねじ切られるような痛みだってどうにかできるはずだ。
 ペタリ床に座り込んだ体が、ぴくぴくと痙攣するように震える。じっとり滲み出た脂汗が伝う白黒の長耳は具合が悪ければ誰もがそうなるように、完全下を向いてしまっている。
 ギリギリと床に爪立てて耐える相棒の様に、コプチェフは小さな嘆息を漏らした。

 「ていうかさー……コーヒー飲んだら腹痛くなるって、先に言ってよ」

 体質的にこうなると分かっていて、それでも全て飲み干した相手を褒めればいいのか、呆れれば良いのか。『よく出来ました』と言うには、少々代償が高いような気もする。
 なのでどちらかというと後者の比率を高めて告げられた至極最もな言葉に、苦痛の面持ちの中黒眸が睨んだ。

 「……っぅ、せー……っ!」
 「あー、はいはい。無理しなくて良いから」

 痛みに歯を食い縛りながら 悪態をつこうとする相手を、ぽんぽんと叩いて宥める。理由は分かっている―――後輩に出された手前、コーヒーが苦手などとは口が裂けても言えなかったのだろう。尊敬の念を持って見ている目に直接みっともない姿を晒したりはしない。
 例え飲んだ後、腹痛にもんどり打とうがトイレとお友達になろうが、だ。
 時間が立つほど静かになる姿を不審に思ったコプチェフが奥へ引っ張ってこなければ、きっと今でも何でもないフリをしていたはずだ。そういう性格なのだ、この意地っ張りな相棒は。
 詰め所の仕事と空のカップを任せた後輩が不調に気付いた様子はなかったので、ボリスの本懐も一応遂げられたといえよう。

 「―――違うか……」

 本当はもっと早く、異変に気付くべきだったのだ。

 普段とかけ離れた、大人しい様子に。温い液体をちびちびと無理矢理飲む仕草に。カップを持ったまま、困ったように揺れていた黒い瞳の意味に。
 自分が良いと思っているコーヒーの味も風味も苦手であり、且つ飲めば腹を下す体質だということに。
 気付いていなければ、ならなかったのだ。

 人目のないところに来て初めて「……腹痛い。」と小さく零した彼は、一体どれだけ我慢していたのか。休憩室へ入った途端、崩れるようにして蹲った体にはコプチェフの想像をはるかに超えるような痛みが襲っているのだろ。
 撫でる背は汗でびっしょり濡れてしまっている。呼吸は荒く、食い縛った歯の間から時折苦しげな唸り声が混ざる。
 だが苦悶の表情を浮かべて身を抱えながらもなお、その口から弱音が吐かれることはない。傍らに相棒のコプチェフがいても、決して甘えようともしない。
 高い矜持は激しい痛みにも屈することない―――飽き性なように見えて驚くほど忍耐強い、ボリスの隠れた側面だ。その根性がなければ、鬼のような極悪赤兎を追い回せたりは出来ないだろう。

 それでも―――少しでも、代わってやれたら。

 労わるように撫でながら、コプチェフは思う。自身の腹部ではなく胸へと走る痛みが、そのまま彼の痛みを吸い上げていれば良いのに、と。
 飲んだ頓服薬の効果が出るまで苦しみもがき続ける姿をただ見ているしかない。
 相棒だのなんだの言って、彼の窮状に何も出来やしない。今回がこれなら、もっと危険な状態に陥った時はどうなるのか。
 手を差し伸べること一つ、出来ないのではないか―――


 「…………何、情けない面、してやがる」

 絶え絶えな息に合わせて吐かれた言葉が、項垂れていた紫の耳へ飛び込んだ。小さく舌打ちしたボリスの、非難とも取れる音から逃げるように、コプチェフは顔を俯けた。

 「…………ゴメン」
 「何でお前が、謝るんだよ……」
 「……気付かなかったから。ボリスが無理して、コーヒー飲んでたって」


 気付いてたら―――その手からカップを取り上げていれば、そんな痛い思いさせずに、済んだのに。


 暗に己を責める、唇を噛んでいる相棒に。一瞬痛みも忘れて目を見開いたボリスは―――はぁー、と。深く溜息を吐いた。


 「―――っとに、お前は……」

 肩へ手を置いたまま、どこも具合が悪いわけではないにも関わらず悲痛な顔をしている相手に二の句が告げない。
 痛いのはこっちの方だ。のほほんとコーヒーを啜っていたコプチェフには到底分からないような、強烈な痛みを感じているのだ。

 けれど、ハンドルを握るのに適した広い手がふわりと身に触れた時。
 何故か僅か痛みが軽くなったような―――そんな気がしたのも、事実で。

 情けをかけられて安心するような軟弱な性格は持ち合わせていない。しかし、薬を飲むより先に現れたその効果は、否定しようがない。正直、ギリギリ限界だった時に後輩の目から遠ざけてくれた事だって感謝しているのだ―――口には絶対出さないけれど。
 薬を持ってきてくれた事も、所構わず転げまわりそうになる体をずっと支えてくれている事も。
 眉尻をすっかり下げた、情けない顔で寄り添うその存在があるからこそ。身を切り裂くような痛みも、耐えられる。

 腹痛とは別のむずつきを身の内に感じ、食い縛っていた奥歯が少し緩んだ。

 「そうだ―――コプが、悪い」
 「…………」
 「お前があんなクソ不味いモン美味そうに飲むから、俺まで飲む羽目になったんじゃねーか」


 あんな嬉しそうに、幸せそうな顔をして飲むから―――二つとも淹れ直してこいと、後輩に言う事なんて出来なかった。


 「……ボリス」
 「あー……いってぇ。超腹痛ぇ。マジ、死ねる位に痛い」

 ぽかり口と目を大きく開いているコプチェフに、痛い痛いと連呼して主張する。そこへ混じっていた腹の異音が消えた事に、驚きに固まっている紫の耳は気付いていない。
 すっかり体の強張りを解いたボリスは、にっと不敵に笑う。

 痛みを引き起こした元凶には、当然それ相応の慰謝をしてもらわなければなるまい―――というわけで。


 「責任取れよ、コプチェフ」


 まずは舌の上に残った、苦いコーヒーの口直しから。

 引き寄せた相棒の口に、甘く拭い取って貰う事から始めよう。

 



――――――――――
2010.06.29
『時とともに』のズッキーニ様の漫画を使わせて貰って、腹痛ボリス話です!
コーヒーでお腹痛くなるのに頑張って飲むボリス、背を丸めてバタンキューしてしまうボリス、その背を擦るコプチェフと 原作では非常に萌えポイントがあるのですが……すみません、活かしきれていませんでした。(土下座)
というかオチでチューしてもコプもコーヒー飲んでるから苦いとかいやいや彼の口の中は甘いんだきっと
ここでは完璧へたれたコプですが、漫画の続きではめっちゃ格好良いんですよね!ボリスもドキドキするくらいに!
そんなわけで正しく完結にコーヒーで腹痛起こすくらい可愛いボリスと鼻血噴いてもかわカッコいいコプはズッキーニさんのお宅で伺ってください。

ズッキーニさん、ありがとうございました!