捧げ先:ズッキーニ様


※設定お借りしました!
あちらのサイト様の設定をご一読下さい。
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 見上げた夜空に、流れる輝きがあったなら。




 その時は。




トリック☆スター

 


 「あ―――流れ星!」




 はるか後ろから昇った太陽が頭上を易々通り過ぎ、目指す方角の彼方へ沈みきった頃。あちこちガタのきたモスクビッチを点検しようと運転席から降りたプーチンは、その瞬間目的を忘れさった。
 刑務所の高い塀に開いた穴からスタコラ駆け出してはや数日。先を急ぐらしい同乗者の意思によって寄り道の類は一切省かれ、路肩へ寄せた車が彼らの移動手段兼宿泊施設となっている。
 結んだ耳でも届く低い天井かそれとも青天井か、そんな連日の強制野宿ですっかり見慣れた満天の星空は、しかしいつもプーチンの心を明るく躍らせる。
 なんといっても、久方ぶりの光景だ。灰色のコンクリートで囲まれた監獄ではついぞ見ることの叶わなかった、自然の景色。
 遠く遠く、どこまでも広がる宇宙と、宝石を撒き散らしたかのごとく煌めく星々と。手を伸ばせば届くほど近くにあるそれらを目にし、初めて、自由の身に戻ったのだと。強く、実感したのだ。
 ―――まぁ実のところ自由を阻んでいた刑期はあと一日残すだけだったわけであり、それどころか現在脱獄犯という新たな罪科を得て民警の厳しい追跡から逃げ惑っているのだが―――その辺は置いておき。
 濃紺を増す空の中、感動で大きく開く榛色の瞳が捉えた、二つの光。赤色と緑色の、小さな点のようにポツリ浮かんだそれらはそれぞれ決まった位置で光る他の恒星と異なり明らかに動いている。

 プーチンが生まれてから現在に至るまで、数えられる程度しか出くわしたことのない現象―――流れ星。

 「お願い、しなきゃ!」

 ハッと見とれていた目を見開き、胸の前手を組む。
 流れ星が消えるまでに、願い事を3回。そうすれば願いが叶うというまじないは、誰もが知っていること。
 科学的な根拠が皆無な言い伝えは勿論子供だましに過ぎないが、神妙な面持ちした彼は至って真剣である。

 「えっと、えっと、なにお願いしよっかな~」
 「…………」
 「やっぱりアレかな……でもこっちのもなぁー……」
 「…………」
 「うわぁ、どうしよう!お願いしたいこと多すぎて迷っちゃうっ!」
 「……おい」

 ボソリ。次々浮かぶ願い事に悩む頭へ不意に落ちた、低い声。
 さほど大きくなく、けれど結った耳へ不思議とはっきり聞こえた呼びかけにプーチンが慌てて首をめぐらせると、すぐ傍らへ長身が並んでいた。
 夜目にも鮮やかな赤髪と、片側へ安全ピンをつけた長い耳―――「キレネンコさん!」と驚きの声を上げるプーチンに、気配もなく車から降り立ったキレネンコは雑誌片手にいつもの半眼を向けてきた。
 どこかつまらなそうな、光乏しい赤目。色合いと対極の温度を宿すその目は、当人の性格も災いしてかまともに見る者は少ない。目を合わせると、ロクなことがない―――とは、覗き窓越しに赤い瞳とかちあう都度、どこかしら怪我を負っていた彼らの担当看守の弁だ。
 そんな中、三年の相部屋生活を経てあちらの性格も目付きが変わる瞬間も知っているプーチンは、平然と一対の赤を見上げた。

 「ほら、アレ見てください!流れ星ですよ!!しかも、一気に2個もっ!」

 端整でありながら大きな傷の走る、これまた色々いわくを聞かされた顔へ正面から向き合い自身の大発見を教える。
 アレ、と指が示す延長線上には確かにチカチカする赤と緑の光が―――ほんの一瞬で消えてしまうはずの、星が―――夜空を縫うように進んでいた。頬を紅潮させたプーチンと原本色のままのキレネンコ、見上げる二人が瞬きを繰り返すその間もどちらか一色になることもなく 並行に軌跡を描き続ける。

 「ねっ?すごいですよね~っ!」
 「…………」
 「ああどうしよどうしよ、どのお願いがいいかなー?」
 「…………」
 「あっ、キレネンコさんも早く願いごと考えないと!3回言うのって大変ですよ!」
 「違う」
 「はいじゃあ続けてあと2回違うちが……へ?」

 興奮気味にまくし立てていたプーチンの口が、止まる。
 囁きに等しかった呟きは、一瞬聞き間違えだと思った。しかし見やった先、長い赤髪に埋まった首が小さく振られている。先程言ったのは否定の意味であったことに、そこで気付く。

 違う―――一体、何が?

 疑問符を一杯浮かべるプーチンへ、平坦な声が答えた。「飛行機」。たった一句、唐突に湧いた単語が掛かるのは、何か。言うまでもない―――プーチンが流れ星だと主張する、光に対してだ。
 それでもまだ不思議そうに傾げられる眼下の首に、仕方なく、といった様子でキレネンコの口が動く。


 旅客機或いは戦闘機といった航空機には、衝突防止を目的とした数多くの照明が機体へ取り付けられている。
 飛行機が飛び交う空は見て分かるように、明確な走行区分を設けることが出来ない。特に夜半ともなれば周囲は闇一色。安定しない視界での操縦は一層の困難を極める。
 そのため、パイロットたちは広い空の中浮かぶ光源を目印に他機の存在や向きを把握するのだ。よく目につくよう考慮して設計されたそれらの光は非常に輝度が高く、何百キロと距離の離れた地上からであっても目視が可能である。

 ―――つまり、

 「つまり?」
 「……アレは、星じゃない」


 以上。


 本来ならば結構な量を要すはずだった説明は、端折りに端折ってそのように簡潔な一言のみで片付けられた。
 事実、長耳の下に詰まった知識を用いれば、もっと事細かに教えることは可能だ。プーチンが見つけた二色の光は飛行機の翼先端部に付いた航空灯と呼ばれるものであることや、船舶と同じで緑が右方、赤が左方を示しているといったことまで。
 が、その辺りはどうでも良い。
 要は、あの光は飛行機であり星ではない。それさえ分かれば、事足りる。

 「へ~っ!そうなんですかぁ」

 博識であることを鼻にかけない、正確には面倒くさがって言わなかったキレネンコの解説に、プーチンは大変素直な感嘆の声を上げた。
 信じていたものを素気無く否定されたというのに気を悪くするでなく、真ん丸な瞳のそこへ星が入っているのかと思うほどキラキラ輝きを持って見上げてくる。
 驚きと尊敬の念を惜しみなく伝える純真な相手の眼差しに、対するキレネンコの目は相変わらず冷めたままだ。 
 照れ隠しのパフォーマンスではない。感情と表情筋が鉄板級の彼に、そんな器用な芸当は出来ない。ただ、

 ……本当に、分かっているのか。

 この頭で。結び目が出来た一段低い頭頂部を見下ろし、ひっそりそんなことを思う。
 と、その視線をどう受け取ったのか、プーチンが「あっ!」と声を上げた。
 幾ら温和な性格をしていても流石に怒ったろうか。元が無表情で誤解を生みやすいキレネンコの正しく失礼極まりなかった当て推量を察したとすればそれも当然。これまでの横暴な振る舞いも加え、文句のひとつ返してもおかしくはない。
 それでもなお反省の色ひとつ浮かべないキレネンコからクルリ向きを変え、空を仰いだプーチンは―――叫んだ。



 「明日美味しいもの食べられますように美味しいもの食べられますように美味しいもの食べられますよーにっ!」



 腹の底から発したらしい本気の言霊と、ついでにダメ押しのようにパンパンッ!と鳴らされた拍手が夜の静寂を鋭く引き裂く。
 安全ピン付きの長耳を強かに打って木霊したそれらへ、赤い瞳がゆるり、瞬いた。

 「…………」
 「よし、3回言えた!」

 そう言って真横で綻ぶ顔は、非常に明るい。本懐遂げたとでも言うのか、合わせていた手をガッツポーズの形にまでしているのだから相当の喜びなのだろう。人の機微を察しないキレネンコでも分かる。
 分かる、が、しかし―――

 「……おい」
 「はい?」
 「……さっきの、聞いてたか」
 「はい!勉強になりましたっ!」

 キレネンコさんは物知りですねっ―――真っ直ぐ目を見て告げてくるその言葉へ、偽りはないのだろう。良くも悪くもこの緑の服着た男は馬鹿がつくほどに正直だ、とキレネンコの認識にはある。では、

 「じゃあ、キレネンコさんは何お願いしますか?」

 と、尋ねてくる相手は一体、何を考えているのか。
 数度瞬きを繰り返したキレネンコは、再び口を開いた。

 「おい」
 「はい?」
 「アレは、星じゃない」
 「はい!星じゃなくて、飛行機なんですよねっ」

 ……分かってはいるようだ。一応。

 念のため繰り返した言葉へ頷く頭にも結んだ耳にも、説明はちゃんと伝わっているらしい。
 そう、あの二つの光は飛行機だ。右舷と左舷に付いた、航空灯。流星などでは、決してない。
 相手が飛行機な以上、どれだけ強く思い願おうと意味がない―――星であっても、意味ないが。

 「でも、飛行機もお願い叶えてくれるかもしれませんよ?」
 「…………」
 「空飛んでますし―――あっ!願い事3回言ったあと飛行機のポーズする、とかどうでしょう?ヒューン、って!
 そうしたら飛行機が願いを乗っけて運んでくれるんです!ねっ、コレ良いと思いません?」

 良いも何も、プーチンが言っているそれは最早自分ルールだ。自分で決めて自分で信じる作り話なのだから、やり方も本人次第。乗せる方法や送料を真面目に聞き返すのも場違いである。
 よって、キレネンコは黙った。黙って、両手を水平に広げて飛行機のポーズとやらをしてみせるプーチンを一瞥、スニーカーを履いた片足を音も立てずに浮かせた。

 ……好きにすれば良い。

 体を180度反転させ車へ戻る背中は、無言のうちにそう語る。興味がない、とも言っていた。
 はしゃぐ相手を一人置き、元居た後部座席へ滑り込む。ガラスの何割かが割れて機能を果たさないウィンドウは非常に風通しが良い―――夜風に乗って届く「おやつはプリンがいいです」とか「あと一晩くらいはベッドで眠れますように」とか、まるでこちらへ聞かせるような願いごとの数々を長耳からスルーさせ、雑誌を開く。
 暗さなど関係ない赤目に飛び込む、星柄のシューズ。空に広がる無数の星よりもなお美しく、寝ても覚めても頭から離れないこの逸品を手中へ納めるとこそ、今のキレネンコにとって何よりの願いだ。
 そっと指でなぞる平面は、ただ思い込めるだけでは形にならない。星でも飛行機でも叶えてはくれない。
 第一、願いを乗せるというそれらはいつ潰えるかも分からない不確かな存在ではないか―――星は近くの惑星へ追突するかもしれないし、飛行機は投げつけられた岩に貫かれて墜落するかもしれない。
 所詮他力本願では何も成せはしないのだ。自分の足で追いかけ、自分の手を伸ばして掴まなければ。
 だからキレネンコは願わない。縋らない。己のみ信じ、一人で解決する。今までもずっと、そうであったように。

 「えっと~、それからキレイなお花畑が見たいなー。コマネチとも仲良くしてほしいなぁー」
 「…………」

 延々続く願いごとは、そろそろ機体の積載容量を越してしまっているのではなかろうか。そして飛行機を見送る相手はいつまで起きているのか。言っておくが、明朝も早い。
 辺りが静かにならないこともあり、キレネンコはもう少し読書を続けることにした。手の離せない運転手と違い、彼はいつでも好きに昼寝が出来る。
 車の中で最も快適なシートへゴロリ寝転びページを捲る。読み上げる記事に意識はすぐに靴一色、車外からの声は元より、先程眺めた赤の光も緑の光も、頭の中からすうっと消えてゆく。


 忘却の彼方という最果てへ飛び去る光たちを、キレネンコが追いかけることはない―――ただ。


 「…………」

 叶わぬと分かっていながら思うこと、それを『願い』と呼ぶのなら。





since1961、夏。贋物の星が空を流れる夜。


続く道の先いつか行き着くこの旅に、終わりなきことをせつに願う。



(―――共に、居られたら)

 



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2011.02.28
『時とともに』のズッキーニ様のお誕生日に押し付けさせてもらいました。間に合わなくて超遅れましたが(爆)
誕生日に関連していない上に季節も真逆であります……(汗)祝う気持ちは、一杯ですよ!?
そしてご本家のキャラを勝手に使わせていただいたら見事に別人になりました……
正しく寡黙で男前なキレ様とぷりてぃープーチンはズッキーニさんのサイトにいますよー!そんな二人をこれからも見守り隊!

ズッキーニさん、Happy Birthday!心より祝福を込めて。