green thumb キレネンコの朝は何時も規則的だ。 点呼の時間が過ぎるまで寝て、怒って棍棒を翳すカンシュコフを殴り、それからプランターで育てているにんじんの様子をチェックする。 葉っぱの様子を見て、土の湿り具合を確かめて、霧吹きで水を吹きかけて。時には肥料を配合して撒いたりもする。作業をするその顔は楽しそうな表情をしているわけではないが、 毎日必ず世話をされてにんじんは大きく大きく育っていた。 その後姿を見て、プーチンは思った。 僕も何か育ててみたい。 今まで植物を育てた事はない。刑務所に入ったのも何かの節目として、今までやったことのない事をするのも良い経験になるだろう。 キレネンコのように何かを大切に大切に育てて、大きくなるのを見守るのだ。 そんなわけで、プーチンは早速カンシュコフに何か植物を貰えないか相談してみた。 「花でも木でも何でも良いから、何か育てさせてもらえませんか?」 出来れば実を付けるのだと嬉しいです。想像してちょっと出かけたよだれを拭う間抜けな模範囚に、覗き窓から カンシュコフの呆れた目が向けられた。 「食うのが目的かよ」 「うっ、いやいや違いますよぉ!この部屋緑がないし、何か育ててみたいなーって思ったんです」 「育ててるだろ。そこのまっずそうなキノコとか」 指差された先には、壁一面に生える色とりどりのキノコ。確かに植物ではある。が、これは別にプーチンが育てているわけではない。 「このキノコは勝手に生えてきたんですよー」 「それはそれで凄いけどな……」 何か褒められちゃった、とカンシュコフの皮肉に気付かないままプーチンは手放しに喜ぶ。 勝手に生えてきたキノコだが、これからは大切に育てていこうと決意する。ただキノコはもう成長しきっているので、やはり何か新しいものを一から育ててみたかった。 そう一生懸命カンシュコフにお願いし―――引くことなく延々頼みこんで、それでも聞き入れない相手をちょっと潤んだ緑の瞳で上目遣いに見上げてみて―――訴えた結果、 最終的に折れた彼は「ちょっと待ってろ」と言って扉の前を離れた。 やっぱりカンシュコフさんは良い人だなぁ~、と先までの潤みをころっと下げてプーチンはのほほんと笑う。 何を持ってきてくれるかな。綺麗な花びらを付けた花だろうか、青々とした葉を広げる観葉植物だろうか、ああでもやっぱり沢山甘い実の生るベリーとかだったら最高。 キノコもあることだし、ご飯がちょっと少ない時でもこれで大丈夫だ。 わくわくしながらコサックを踊っていると、廊下を戻ってきたカンシュコフが再び覗き窓に顔を出した。 「ったく、面倒くせぇ奴だよな。ほら、これならお前でも育てられるだろ」 「むほっ!ありがとうございますー!」 扉の受け渡し口に嬉々として駆け寄るプーチン。その首が、滑り入れられた鉢を見て傾げられた。 小さな鉢の中にあったのは花でも葉っぱでもましてや真ん丸な実でもなく―――棘。 「ほへ?これ何ですか?」 「何って、サボテン以外の何に見えるんだ」 「さぼてん?」 「お前知らねぇのか?ま、この国じゃちょっと珍しいもんだけどな」 ずっと南に下りていった熱い雪の降らない場所で育つ植物だとカンシュコフが説明してくれる。初めてそれを手にしたプーチンは、植物というには一種異様なその姿にただただ驚いた。 気候が違うと植物もトゲを持ったりするのだろうか。 とりあえずこの見た目から食べるのは無理のようだ。 吃驚した表情のままサボテンを見つめるプーチンに、カンシュコフは続けた。 「ちゃんと育てりゃ花も咲くぞ」 「えっ、本当ですか?!うわー、じゃあ僕ちゃんと世話して、頑張ってお花咲かせますね!」 「あ。世話って言っても適当にしとけよ」 まぁキノコ自生させるお前なら大丈夫か、と呟かれた言葉に、何だか期待されているみたいだとプーチンのやる気が俄然増す。 受け取ったサボテンは無数の棘に覆われていて、蕾があるようには見えない。けれどきちんと育てればきっと綺麗な花を咲かせるのだろう。 よし、頑張ろう!と、プーチンの拳が勢い良く振り上げられた。 翌日から、プーチンの規則的な朝に新たな内容が加わった。 点呼の時間に起きて、カンシュコフに囚人番号を答えて、それからサボテンに水をやる。 日が当たるよう窓際に置いたサボテンにたっぷり水をやりながら、プーチンは鉢に向かって「おはよう」と挨拶をする。 昔植物に話しかけると元気に育つと聞いた気がするのだ。自分たちのように耳はなくても、植物だって生きているのだからやっぱり声をかけると楽しくなるのかもしれない。 「今日はおやつの時間があるんだよ。僕今から楽しみなんだ~」 如雨露がないためコップで水をやりながらニコニコと笑いかける。 答えは当然ないが、親しげに話しかけていると何だか友達が増えたみたいで嬉しかった。一度そう思うと、チクチクしている棘すらもチャーミングに見えてくる。 植物の持つ癒し効果とでも言おうか、心のほのぼのとした温かさがサボテンの世話をしていると広がってきた。 スキンシップもとればもっと成長するのかもしれないが、流石にそれは棘が痛いので出来ない。 だからプーチンは代わりに沢山話しかけて、水をやる。 大きく育つように、早く花が咲くように。しっかりと水をやる。 どんな花が咲くのかな?トゲがこんな沢山あるから、花もいっぱい咲くのかな? 赤か白か黄色か、それとも見た事のないような色の花? 植物を育てるのってすごいわくわくするんだって、ここに来て初めて知ったよ。 君のおかげで知る事ができたんだよ。 だから、絶対綺麗な花を咲かせてね。 そう、毎日毎日話しかけて水をやっていた―――けれど。 「……何だか、萎れてる?」 サボテンを育て始めてから暫く。プーチンのサボテンに花が咲く気配はない。 それどころか貰った時は針みたいにツンツンしていたサボテンのトゲが、ぐったりしてきているように見えた。 花で表すなら、栄養が足りず首をしな垂れさせているみたいな、枯れる寸前のような。 「ボクなんだか疲れちゃって……」と訴えかけるような姿に慌ててプーチンは水を差してやるが、効果はちっとも見えなかった。 ―――ひょっとして、枯れちゃうの? 脳裏を過ぎった可能性に、血が下がる。 何でだろう?水も毎日欠かさずやってるし、楽しいこと嬉しいこと沢山話しかけているのに。 キレネンコさんが育ててるにんじんと同じように、大切に育ててるのに。 誰かに相談したいが、鉢をくれたカンシュコフに元気がなくなっていくサボテンを見せるわけにもいかない。こんな状態になっているのを見たらきっと怒って棍棒でボコボコにされてしまうだろう。 兎も角、水をあげないと。 土の上には水が溜まっているが、まだまだ足らないのかもしれない。 「ほら、水だよ。どうして元気ないの?栄養足りないの?」 尋ねてもサボテンは返事をしない。それが喋る気力もないと語りかけているようで、プーチンはいよいよ持って参ってしまう。 困ったのと悲しいのとで半分泣きそうだった。 病気にかかっている可能性もあるが、植物の知識などほとんどないプーチンにそれを判断する術はない。 ただ自分が生きていくのと同じように栄養をあげることしか出来ない。その栄養も水洗タンクから汲み上げる水と換気窓から差し込む気まぐれな光だけだ。 元気のないサボテンには、もっと養分をきちんと調合されたものを与えたい。 そう。植物の育成を考えきちんと調合された肥料だとか。 思い浮かんだ考えに、首を向かいの壁へと巡らせる。逡巡がなかったわけではない。それを追いやるように意を決して、プーチンは元気のない鉢を抱えた。 向かいの壁際では、ちょうどキレネンコも育てているにんじんの様子を見ていた。 プランターのにんじんは腕に抱くサボテンとは対照的にとても元気に見える。 彼がにんじんに話しかけているのを見たことはないが、何か育てるコツがあるのだろうか。なら最初に聞いておけば良かった。そうしたら、サボテンをこんなに萎れさせてしまわずに済んだかもしれないのに。 浮かんだ後悔に胸が痛くなりながら、霧吹きを手にプランターの様子を確認しているキレネンコに「あの」と声をかけた。 「あ、あの、キレネンコさん。肥料をちょっとだけ、サボテンに分けてくれませんか?」 ちらり、と視線だけ寄越した相手に、思い切って切り出す。可愛そうな状態のサボテンの鉢が良く見えるようにしっかり前に突き出し、腰を勢い良く90度にまで倒した。 ―――ちょっとだけで良いんです。この小さなサボテンが枯れないように、ちょっとだけ手助けして下さい。 項のあたりに刺さるような視線を感じながら、プーチンは必死にお願いを繰り返す。持ち上げている腕がプルプル痙攣してくる。でも落とすわけにはいかない。 僕がこのサボテンを守ってあげないと。綺麗な花を、咲かせてあげないと。 監獄で唯一、自分を頼ってくれる静かな命を、守らないと。 落とさないようぎゅっと握っていた鉢が、重力と反対の方向へ動いた。 慌てて顔を上げたプーチンの目に、高い位置で鉢を見る同居人の姿がある。サボテンを見る赤い瞳は無感動で、何を考えているのか分からないがプーチンは彼の意識がサボテンへ向けられたことに手放しに安堵した。 これでもう大丈夫だろう、そう思って。 キレネンコは暫く取り上げたサボテンの様子を検分し―――無言で鉢を自分の棚に置いた。 そのまま自分のにんじんへと向き直ると、霧吹きで水を吹きかける。 棚に置いたサボテンには何もしない。勿論肥料の袋を開ける様子もない。 ほっとしていたプーチンの目が、疑問に瞬く。 「え?え?えっと、あのー……キレネンコさん?肥料は……?」 くれるんじゃなかったんですか? そう問いかけても、返事はない。シュッシュッと霧吹きの音がするだけだ。 待てども待てども、肥料を出してくれる気配はない。長身の体躯の向こう、棚に置かれたサボテンも戻ってくる様子がない。 ―――もしかして、物が中々手に入らない監獄の中だから肥料も分けてくれにくいのだろうか。だったら肥料は諦めるしかない。 サボテンは大切だが、無理を言うのは気が咎めた。サボテンは今まで通り、水でなんとか元気にして見せるしかない。 そう決心して棚のサボテンに手を伸ばすプーチンの顔に、水がかけられた。 「わぷっ!?」 至近距離から直撃する冷たさ。驚きより反射的な反応で目を瞑ってしまう。しかもちょっと鼻に入って、痛い。 つんとする鼻を押さえて前を見ると、感情のない赤い瞳がプーチンを見下ろしていた。その手にある霧吹きの先が真っ直ぐプーチンに向けられている。 シュッと音がし、プーチンの顔にまた冷たい飛沫が当たった。 いえ、その水は僕じゃなくてサボテンにやって下さい―――顔の上で弾く雫を拭いながら、プーチンは口を開こうとして止まった。 じっと自分を見下ろす、背の高い存在。 何だか醸し出される雰囲気に引き下がってしまいそうになる。無言の威圧を感じ取れないほどプーチンは鈍くも馬鹿でもない。 でも、サボテンは返してもらわないと。日陰な棚の上ではなく、もっと日の当たる場所に置いて元気にしてやらないといけない。 ごくりと唾を飲んで、プーチンは常にないほどの勇気を振り絞った。 「えと、ええっと……キレネンコさん、無理言ってごめんなさい。あの、肥料はもういいんで、サボテンを」 「…………」 「あの……サボテンを……」 「…………」 「あ、のー…………」 返してください。 その、一言を。たった一言を、言うだけなのに。言葉は音にならず、徒に時間ばかり過ぎてゆく。 数え切れないくらいの「あの」や「えっと」を繰り返し、漸くプーチンが本懐を告げようとした時。 「あのっ!ぼ、僕のサボテンを、返し―――ひっ」 プーチンは思わず目を見開き、息を飲んだ。 高い位置にある赤い瞳。それが、ものすごーーーく、睨んでいる。 水をかけられていないはずの背中がびしょびしょになった。威圧感だったものは今や完全な圧力となって微かに震えるプーチンを上から潰そうとしている。 なんで、こんなに睨まれているのだろう――― 状況が理解できないまま固まっているその顔に、また水がかけられた。今度は完璧に鼻に入った水に、思わず涙目になる。 咽ながらうっすらと涙を張っている緑の瞳に向けて、霧吹きを持った手がしっしっと揺れる。動物を追い払う動作と、同じ仕草。プーチンを遠ざけようとする、明確な意図。 それを正しく理解したプーチンは、瞳の上の涙をさらに深めながら口をパクパクさせた。 いやです。戻りません。棚のサボテンを返してくれるまでは、戻りません。サボテンを返してください。僕の、僕のサボテンを。 そう、はっきりと抗議したいのに。 見下ろす赤い瞳に何も言えないまま、ただ立ち尽くすしかなかった。 規則的な、いつもの朝がまた来た。 起床時刻が来て、扉の向こうでカンシュコフが点呼をとって、それからそれぞれに植物の様子を伺う。 キレネンコはプランターのにんじんを直接、プーチンは向かいの棚にあるサボテンを遠く離れた自分のベッドの上から。 触れる事の出来なくなってしまったサボテンを見つめながら、朝が来たばかりだというのにプーチンは沈んだ溜息をついた。 結局あの日は無言の攻防の末、キレネンコに猫の子よろしく襟首を掴まれて放り投げ帰されてしまった。慌てて起き上がると、すでに相手の関心はこちらへはなく、 何もなかったようににんじんの世話へと戻っていた。そこにはサボテンをプーチンに返すという意思は微塵も見受けられない。 果敢にも鉢を取り戻そうと近づいたプーチンだったが、途端向けられた鋭い眼光とと霧吹きに立ち竦んでしまった。 力ずくで挑んだところで結果は日の目を見るより明らかだ。サボテンが花を咲かす前に、 自分が監獄に赤い花を咲かせる事になってしまう―――陽気が取り得なプーチンの異変を察して、無謀にも最凶の死刑囚へ抗議をしたカンシュコフのように。 百歩譲って、プーチンのサボテンがキレネンコの棚にある事自体は良いとしよう。置き場がどこであれ、咲いている事には変わりない。 問題は、その世話を全くさせてもらえない事にあった。 毎朝習慣になっていた水やりをするべくコップに水を汲んで近づくと、途端赤い瞳に睨まれる。近寄るな、と言っているのが言葉にしなくとも伝わってきてガタガタと背筋が震えた。 そうやってプーチンの行動を悉く阻止したキレネンコがでは取り上げたサボテンへ何かするかというと、何もすることはなかった。 良い事をする、悪い事をしない、ではない。文字通り、何もしなかった。棚の上に鉢など存在していないとでも いうようにスルーし、にんじんの世話だけ常のように行う。 水をやるのもにんじんだけ、肥料をやるのもにんじんだけ。サボテンは省みることなく、ただ置いただけ。 その対応にプーチンは相手を忘れて糾弾しそうになった。 何でサボテンの世話をさせてくれないんですか?取り上げたなら、何でサボテンの面倒を見てくれないんですか? にんじんは大切にするのにサボテンはどうでも良いなんて、植物差別ですよ!? そもそも今サボテンは人間で言えば危篤状態なのだ。症状が分からないまま枯れかけているのだ。そこに水をやらないで居続けるなど、ネグレイトか虐待か、それとも処刑執行か。 とっつき難い性格だけれど、植物は大切にする人だと思っていたのに―――プーチンの胸に満ちたのは憤慨よりも、裏切られたような哀しさだった。 同時に、自分の身を擲ってでもサボテンを取り返さない己自身が酷く情けなく感じてしまう。 本当に大切なら取り返せば良い。本当に守りたいなら、立ち向かえば良い。 なのに強靭な相手に恐れて、我が身可愛さに見捨てるなど、それこそサボテンに対する裏切り行為ではないか。 思えども拳を振り上げない自分がますます不甲斐ない。本当に責めるべきはキレネンコではなく、自分自身なのだと気づいたプーチンは項垂れた。 ごめんなさい、サボテンさん。僕が弱いばっかりに君を守れなかった。情けないばっかりに、君を枯らしてしまった。 ごめんなさい。せっかく咲いてきてくれたのに、ごめんなさい。 込み上げそうになる涙を飲んで、只管死に向かって咲き続けるサボテンを見つめる。 色あせてしまった緑を、力なく下を向いた棘を。―――それが次第と、戻っていく様を。 「…………あれ?」 疑問に、緑の瞳が瞬く。 枯れる寸前の様相を成していたサボテンが、心なしかしゃんとしたように見える。表皮を覆う無数の針も刺々しくなったかのようだ。 そんな馬鹿な。プーチンは目を疑った。だって、ここ暫くの間まともに世話をされていないのに。言葉をかける事はおろか、水一滴与えられていなかったのに。 それでも確かに、棚の上でサボテンは咲いていた。生き生きとしている、といっても過言ではない。 離れて見ているせいだろうか、とプーチンは恐る恐る足を踏み出した。サボテンに近寄ろうとすれば自然と、プランターの前に立つキレネンコへ近づくことになる。 今日も変わらず霧吹きを手ににんじんを覗き込んでいた彼の顔が向いた瞬間、プーチンは思わず二の足を踏んで立ち止まった。 ―――これ以上近づくのは、気まずい。 変なポーズで止まったプーチンはそっとサボテンの様子を伺おうと首を伸ばす。が、鉢は長身のキレネンコの背に隠れてしまって見る事は叶わなかった。代わりに無感動な顔のその相手に見下ろされ、 背中に激しく汗が浮かんでくる。 一体何を言ったらいいのか。考えあぐねているプーチンに、すっと無言で目の前の腕が動いた。 視界の先に突如突きつけられた、霧吹き。 「―――うわわっ!」 その物体を認識した途端、プーチンは慌てて顔をガードした。 また何時ぞやのように顔をびしょぬれにされてしまう。大して害はないが、暑くもないのに水浸しになるのは喜ばしくない。 顔を覆った腕の下で目をぎゅっと瞑っていたプーチンは、しかしいつまでたっても冷えた感触がこない事に首を傾げた。 そこに、上から低い声が降ってきた。 「やり方が分からないまま闇雲にやるな」 「ほ?」 非難のニュアンスをもって、けれど平坦に告げられた言葉に顔をガードするプーチンの腕が緩む。 そこにシュッと水飛沫が振りかかかった。 「わぷっ!」 「出来ないなら、訊け」 「え?えっ?」 不可解な言葉の連続にプーチンが首を傾げた。そこへもう一発、霧吹きがお見舞いされる。慌てて顔を拭ったプーチンが手を退けた時には、すでにキレネンコは踵を返していた。 にんじんの世話が終わったので新聞でも読むつもりなのだろう。どこまでもマイペースな彼を止めることは出来ない。 ベッドへ戻っていくその背を見ながら、ふとプーチンは棚を見た。遮蔽していた長身の体躯がなくなって、鉢の全景が目前に晒される。 「あ。」と開けたプーチンの口から、無機質な監獄内へ響く歓声が上がった。 「―――キレネンコさん!蕾!ほら、サボテンに蕾が咲いてます!」 ―――――――――― 2010.3.25 日記で書こうとして短くまとめられなかったので移動。 戻 |