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捧げ先:藤野啓太様

※設定お借りしました!
あちらのサイト様の設定をご一読下さい。
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Я хочу выйти замуж


 目の前のぽけっとした顔に、キレネンコは無表情ながらに内心大変困っていた。

 季節は、春の終わり。
 肌冷えるような風は去り、夏の、熱を含んだ微風が房に舞う季節。
 設備の最低な刑務所は凍て付く冬が苛烈に最悪なのは言うまでもないが、夏も同等に最低だ。打ち付けのコンクリートは熱を吸収するものの換気場所が少ない房内ではそれを外に逃がすことが出来ずに 内部の温度は急上昇する。湿気た風は逆に吸収されず、中に澱んだ空気を蓄積していく―――つまり、蒸れて非常に暑くなる。
 そんな中では囚人服もおろか人の皮まで剥いでしまいたくなるのだが、近づく夏の気候の中、二人は手をとり合っていた。

 キレネンコは、目の前にとっている手を見た。
 手の中に感じる、若干高い相手の体温。自分とは異なる存在の手は握った掌の中では小さく、簡単に潰してしまえる。
 そうならないように力加減を細心の注意を払って持っている、その左手の先―――薬指の根元には、小さな輪が光っている。

 白銀の、透明な輝石を埋め込んだ、細い輪。

 シンプルなリングの形状をしただけに見えるそれは、しかし目を近づければ側面に恐ろしく精密な透かし彫りが入っている事へ気づく。プラチナの彫金は素人仕事には出来ない。
 そして輪の形状もさることながら、台座で輝く輝石は目を焼くほどに眩い。
 リングのサイズに合わせて、大きさ自体はさほどでもない。代わりに白銀に施された彫り同様、精緻に削られ、光を収束するようにカットされたダイヤは下手なカラットの物より値が張るはずだ。
 安物に見受けられる黄みはどこもない。恐ろしく純度の高く透明な石英は、虹色な光を弾いて煌く。
 確実に家一軒を超える価値を持つ、小さな装飾品。
 それを填めたプーチンの手を握っているキレネンコの左薬指にも、サイズの異なる同じ物が煌いている。今まで填めたことのない、サイズすらまともに測ったことのなかった、一本の指に。

 揃いの指輪。填められている左手の薬指。
 箱を差し出して中身を見せた時にノーリアクションだった相手へ、流石に半分切れかけながら無理矢理―――傷はつけていないのだから大丈夫だ怪我さえさせてなければ力技であったとしてもキレネンコの中では 許される―――手をとって指に押し填めた、その品。

 物を用意するのは、然程難しい事ではなかった。
 外に出られない監獄の中といえ、管理するのは私利私欲を僅かながらにでも持つ人間だ。その手に幾許かの金貨を掴ませるだけで大抵の目的は達成できる。金が通用しない場合は少し、骨が軋む程度に捻ってやれば問題はない。
 出だしは好調、順調な事の運びだった。

 ただ、手元に届いた物を改めて手にした時。ふとキレネンコは疑義を感じた。

 ―――用意するのが、こんな物で良いのか。

 一般的に言えば最適な物のはずだった。誰もが知っている、世界の常識の一片として意味持つ物体。
 けれど。言ってみれば、それだけでしかない。
 大多数の人間が思い得る、ありふれて陳腐な、一般論を集約させただけの意味でしかない。

 本当に、それで良いのか。
 この胸に宿る想いは、初めて感じるその想いを託すべきものは、そんなどこにでもあるものなのか。
 いや―――そもそも。


 普段注意などしないキレネンコの頭にその時浮かんだ、一番の危惧は。


 これで本当に―――伝わるのか?

 あの、鈍感を体言化したような相手へ。


 勿論そんな消極的な事を考えたのは、ほんの暫くの間。解決しない事柄を頭の中で練り続けるのはキレネンコの主義に反する
 とりあえずやるだけやってみる。押して駄目なら押し通す。当たって砕いて拾って帰る。欲しいと思った物を手に入れるのに悩まないのは、昔から変わらない性分だった。
 そんな訳で自分の左手へまず指輪を填め、その足で何時も通り動物と戯れているプーチンの元へと向かった―――のだが。


 始終一環「何だろう、これ?」という顔をしている相手は想像以上に強かった。


 填めるのに特に抵抗をされたわけではない。なんといっても、否定も肯定もするだけの意味を知らないのだから。あまり物事に対して浮き沈みのないキレネンコでも、赤髪の上で架空の長耳がへにょんと折れそうなブルーな気持ちになった。
 浮かべている表情自体は何時もの無表情のままなため、余計にプーチンはその心情に気がつかない。眉間に寄った皺も結ばれている口元も、プーチンからすれば普段のキレネンコと何一つ変わらない。

 最初迫って来た時はその気迫に何かと思ったが、引っ張られた腕は別に折られるわけでももがれるわけでもなかった。
 ただ手をしっかりと固定されるように持たれて、指に―――何故サイズがぴったりなのだろうプーチン自身ですら知らない、装飾品など填めたことのない指へ―――指輪が填められた。それだけ。
 填められた指輪自体がとても高価そうに見えるのは流石のプーチンでも解る。透明な輝石は光のあまりない房だというのにそれでも光り輝いている。まるで、それ自体が光を放っているのではないかと思えるくらいに、眩い 明るさを纏う。純粋に―――本心から、綺麗だと思った。

 ぱちぱちと瞬かれる緑の瞳が、自分の指輪とキレネンコと、さらにはキレネンコの指に填っている同じ指輪とを交互に見る。
 惹かれて止まない要素の一つである純真そのものの目に、思わずキレネンコは呻きたくなった。

 ―――一体これで伝わらないというのなら、どうしろと言うのか。

 ダイヤの大きさを馬鹿みたいに大きくすればもう少し解りやすかったのか。けれど、今後ずっと身に着けていくものをそんな悪趣味なデザインにはしたくない。一応趣味は悪くないつもりである。正真正銘オーダーメイドで 一点物のペアリングを見繕った、自身のセンスは。
 けれども見上げてくるプーチンは不思議そうに首を傾げてくる。
 このままでは取った手を不審に思って解きかねられない―――離すつもりは、毛頭ないが。

 そう。離すつもりがない以上。話は、つけなければならない。

 事前に考えてなかったわけではないのだ。この、折り合いがつかない、話がまとまらなくなる事は。
 ただ、出来れば避けて通りたかった。自分の最も苦手とする分野を、必要とする行為を。
 けれど、最早そんな事は言ってられない。
 渡そうか渡すまいか迷っていた指輪の時同様に―――いや、それ以上の決心を持って、キレネンコは腹を括った。


 見上げてくる緑の瞳から逃れるように、瞼を少し伏せて息を吸う。

 ……声が、僅かに震えそうになったのは。

 気のせい、だ。



 「……―――ここにいろ」


 漸く喉から漏れた、字数すら数えられそうな短い言葉。

 言いたくて言おうとして、他の数多浮かぶ言葉を押し退けて、生み出せた言霊はたった一言。
 甘ったるい言葉を吐くことの出来ない、饒舌とは全く正反対の自分から発せられた、唯一つの想い。
 誰よりも強い自信のある、言の葉を。


 どうか。どうか―――





 ぱちぱちぱち、と緑の瞳が瞬く。
 衝撃を受けたのか、それとも未だ判っていないのか―――その首が傾げられてしまうより先に、キレネンコは再度低い声で繰り返した。

 「ここに、いろ」
 「え?あ、えっとー……」

 くるん、と大きな目が回る。どうやら言われた内容を熟考しているらしいプーチンは、目の前のやたら真摯な赤い瞳を見つめた。
 その間の時間は短かったのか長かったのか―――キレネンコの体感時間としてはいい加減忍耐力が切れそうになった、長い長いにらめっこの末。

 括られた髪が、縦に揺れた。

 「はい。」

 わかりました、と言ったプーチンのその思考回路が一体どういう風に絵図を描いていたのか、頭を割って覗く事の出来ないキレネンコにはわからない。
 Да は いの答え。それで、十分だった。
 あまり深く考えている響きも表情もない、その肯定の答えだけで。

 ―――理由はどうであれ、言質は取れた。

 あえて無闇に突くような愚かな真似はしない。ついでにいうなら、向こうが前言撤回をするのも認めない。
 承諾の意をそのまま受け止め、改めて光る輝石を填めたプーチンの左手を―――これからずっと捕まえていくその手を、そっと指を絡めるようにして取る。
 向かいの口が「でも僕、この夏には出所するんですけど……」と開く前に、頤を掬い上げた彼は唇へ顔を寄せた。



 指輪と、言葉と。それを宣誓する、誓いの口付けと。
 神への言葉を説く牧師も祝福してくれるべき参列者もいない、檻の中で交わす『約束』だけれども。



 これもひとつの、愛のカタチ。

 

 「Пойдешь за меня?」
 (僕と結婚、してくれる?)





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2010.4.24
『joyride』の藤野啓太様が日記に書かれていた設定が素敵すぎたので、
恐れ多くも「使わせて下さい!」とのたまった末に失敗しました。orz
すみません、啓太さん……良かったら、これ嫁に……(失礼すぎる)

タイトルは『結婚しようよ。』昔そんな台詞があった気がする……
(実はこそっと本文に反転表記)


2010.4.25
嫁に引き取ってもらえました……!ありがとうございます、啓太さん!