※注意※
・基本設定完璧無視。
・ちょっとグロいです。流血表現有り。
・赤×緑前提の双子話。
・BAD END(死似寝田)。
・明るさの欠片もないです。

スクロールにて表示です。



































 失くしたものの重みに耐えられない事があるなんて。

 初めて、知ったんだ。



Bloody ‐ Cain



 ぴしゃり―――。


 跳ねる、水音が響く。
 照明がつかない室内は、薄暗く見通しが悪い。裂けたカーテンの隙間から漏れる光だけが、辛うじて視覚を助ける。

 僅かばかりの光源が映し出す場所は、散々たる状態だった。

 壁際まで跳ね飛ばされた重厚な応接テーブル、散らばってしまったソファ。灰皿、花瓶、その他諸々の調度品―――形ある物全て部屋の何処へと転がり、その殆どが大破して原型を留めていない。
 壁も天井も容赦なく抉れ、穴が開き、元は堅牢な造りだった建屋が今にも倒壊しそうな有様を呈している。壁の横から全く制御を効かさずに重機を突っ込ませたらこうなるだろうか。ただし、当然というか重機も装甲車も 室内には見当たらない。

 在るのは―――居るのは、影唯一つ。

 ぴしゃり、と動く影に合わせて水音がする。ぴしゃり、ぴしゃり。水気のあるはずのない、毛足の長い絨毯を敷いた床の上から。
 何かを探すように散らかった部屋をさ迷った影は、ぴたりと壁の一方を向いて止まった。
 入って来る際に蹴り壊した扉―――蝶番が外れ、間続きになった廊下へ、ぼんやり濁った赤い瞳を向けて佇む。
 鏡などなかったその場所へ、自分と似通った姿を見つけて。

 「……………」

 キルネンコは持っていた煙草を落とす。小さな光源だったそれは、床へついた途端ジュッと音を立てて火を消した。わざわざ踏み消すまでも無い―――床に溜まった、血溜りのお陰で。
 咽るような濃厚な血臭のする部屋へ、けれど彼は怯むことなく一歩足を踏み入れる。
 血と脂と、肉片と。床一杯に敷き詰められた、肉色の絨毯の上に靴裏を乗せる。
 一歩二歩と進むたび、ぐじゅりっと靴底に柔らかな感触が伝わる。
 己の足の下、踏み潰すそれが指なのか脚なのか、それとも腸か肝臓か小脳か、偏執的に粉砕された欠片では解らない。人を殺した事も四肢を切り裂いて断絶させた事もあるが、ここまで偏執的に破壊した事はなかった―――破壊 する、理由がなかった。
 室内へと進む背へ、続く影はない。引き連れた部下は、全て外で待つように言ってある。
 幾ら稼業で血と死体を見慣れている厳しい兵共も、この部屋へ踏み込めば流石に平静ではいられないだろう。何人分かも知れない、血と肉の破片で織り成される部屋は。
 ただ、正確にキルネンコが部下を置いてきたのは別の理由からだった。

 無駄に身内を減らすつもりはない―――誰彼構わず殺してしまう、狂人相手に。

 近づいても構え一つとらないキレネンコへ、無駄だろうとは思いつつ彼は口を開く。

 「遊ぶのもいい加減にしろ―――こっちにも領分がある」

 棘のある言い方になるのは、仕方のない事だった。
 裏の世界での線引きは一般社会よりシビアだ。幾多にも及ぶ暗黙の盟約に基づき、自己の領域以上の横行は許されない。一見すれば粗暴で無理の罷り通るように見える構造も、正しく秩序が遵守されている。無視をするのも―――目を瞑っているのも、限界だった。
 最初の内はその事由を加味して勝手にさせていたが、適切なターゲットを屠ってもなお続く凶行は流石に目に余る。今は大した事のない外部からの圧力も何れ、影響してくるだろう。無法者を放置するような実力しか持っ ていないのか、と。
 僅かでも見せた隙を突くのが好きなのはどの世界でも変わらない。足元を突かれれば引き連れるファミリー全体に関わる。
 統べる立場である以上、大局を見なければ―――私怨に駆られる訳には、いかない。
 ふっと、キルネンコの目が伏せられる。

 その考え自体が、愛情の差、という奴なのだろうか。


 珍しい玩具を手に入れたように、ただ単に気に入っていただけの自分と。精神を壊してしまうほどに想い、愛していた片割れとの。


 何も―――出来などしなかった。
 取り戻した亡骸を前に、所詮自分達もただの人でしかない事を思い知った。少しばかり他者より抜きん出ている、けれど完璧ではない生き物ということを、痛いほど、理解した。
 全知の神でも万能の超人でもない。目を離しているところで起きている事は解らないし、耳の聞こえない場所で起こっている事は知りえない。

 気付くのは全て。
 事が終わってしまってからだ。

 予感が無いわけではなかった。身を引いて幾年が経とうとも、その過去は消えはしない。何もなかったように、光当たる場所で過ごそうとしても古い影は付き纏ってくる。
 平安に、安息に。そんなものを望むこと自体が、間違いとも言える。


 それでも―――手放せなかったのだろう。


 血の繋がりすらない一介の他人でありながら、初めて全てを許す事の出来た唯一の存在を。




 「…………退け」

 掠れた声は、確かにキルネンコへと向けて発せられた。未だ一応人の見分けがつくのか―――焦点の定まらない、自分と同じ色をした眼で。
 とても辺りが見えているとは思えない目に向けて、何時もの冷笑を消した彼は問うた。

 「どこまで殺る気だ」

 明らかに無関係な手合いも殺して、浴びる血で全身を染め抜いて。
 あれだけ汚れるのを嫌っていた、執拗なほどに磨いていた靴がどろどろになってしまって。それすら気にせず繰り返す惨殺は、一体いつ終焉するのか。

 「マフィアこっち の人間全員殺せば満足か?アイツを傷つけた連中と同じ奴、全て消せば気が済むか」
 「………退け、と言っている」

 表情一つ変わらないまま繰り返す相手に、問う顔が苛立ちで歪んだ。

 「くだらねぇ自己憐憫浸ってんじゃねぇ。テメェの八つ当たりでほとほと迷惑してんだよ」
 「……退け、キル」
 「馬鹿の一つ覚えが―――いい加減『誰』の所為なのか解れ、キレ!」
 「―――煩い」

 無表情のまま、キレネンコが呟く―――その瞬間、浮いた赤い残像を眼で追えたのは、常人を遥かに上回る動体視力の賜だ。
 真っ直ぐに向かってきた拳をキルネンコは顔を下げて避ける。同時に腰へ挿していたベレッタを引き抜く。冷たい鋼鉄が手へ馴染む前に、銃口を赤髪覆う頭部へ向け―――発砲。
 弾の軌道を見送るよりも早く頭を潰しにかかろうと伸びてきた手を肘で逸らし、握ったグリップを振るう。手の甲へと柔らかな頬がめり込む感触と、肉を隔てたその向こうの、顎骨へと突き当たる感覚。それへ構うことなく薙いだ腕に、漸く 相手との距離が開いた。

 最初と同じに戻った間合いを確認し―――ずるり、と沈みかけた身体をチェストの残骸で支える。

 ……狂ってるくせに、計算的な殺り方しやがって。

 苦い思いを乗せてキルネンコが舌打つ。その指から、銃が滑るように落ちた。
 握り、砕かれた右の肩甲骨に、指先までの神経が途切れさせられる。頑丈に出来ているとはいえ、急所を的確に破壊されれば動かしようがない。だらり垂れ下がった腕が癒着するのには少し時間がかかる。
 そして引き際、投げつけられた燭台―――肩とは反対の大腿を貫いたそれは、自身を支えるのを害するには十分だった。ボタボタと流れる血が、急速に足元に広がる赤い池の水かさを増す。
 正気だった時の方が、余程考えなしで温いやり方をしていた。
 力任せに殴り、押す。防御はおろか、相手の動きを止める一手など取りはしなかったというのに。
 視線を自身の血溜りから、前に移す。何も支えにせず立っているキレネンコの、顔半分が血に染まっていた。
 抉ったのは目元脇だけ―――照準は眉間に合わせていたのだが、避ける事を覚えた相手は巧妙に首を逸らしていたらしい。
 まったくもって、以前よりやり難い。
 別に、動けないわけではない。自由の利く左手で血肉に塗れた銃身を拾えば、問題なく撃てる。今度こそ眉間を―――イカれてしまった頭を狙って、此処に散らばる肉片と一緒に脳細胞を散らしてやることが出来る。
 それをあえてやらなかったのは、動けば同時に殺しにかかるだろう相手を警戒したわけでも保身を図ったわけでもなく、ましてや肉親の情とやらに駆られたわけでもない。
 引導を渡す手を止めた理由―――伸びきった髪と血と、赤いベールを重ねたさらに向こうの、自分と同じ顔をした目が。正面を、向いていた。


 「―――知ってる」

 赤い眼が。真っ直ぐに、見つめてくる。感情が欠落した、狂人の―――理性の宿る目が。
 間違いなく、焦点を合わせてこちらを捉えている。
 一瞬、予想のしていなかったその光景に、キルネンコの理解が追いつかなかった。

 「何を」

 知っているというのか。

 零れた問いかけへ返ってきた低い声は、静かな室内によく響いた。


 「全部、解ってる」


 キレネンコは語る。


 全部―――知っている。


 自分と出会ったから。自分が過去を清算しきれていなかったから。夢を見ていたから。

 護れなかったから。

 掴めなかったから。

 見続けていなかったから。

 あの光を消し絶やしてしまったのは―――


 『自分』。



 滔々と―――謡う様に紡がれる言の葉に。

 赤い、紅い、底のない虚無の目から泪が流れても、不思議だとは思わなかっただろう。


 呆とした顔を、一体どれくらい見ていたのか。
 ぴしゃっと跳ねる水音を耳にして、ハッと浮上したキルネンコの意識が、近づいてくる体を認識した。
 揺れるように浮いた足取りで来る相手に、身構える気は起きない―――起きるほうが、どれほど良かっただろうか。
 無意識に歯を噛んでいたキルネンコの脇をすり抜ける際、ふと、思いついたようにキレネンコが口を開いた。

 まるでふらりと、出かける行き先を告げるように。

 「…………アイツのところに、行く」

 「っ!」


 血に濡れた体がふらふら、通り過ぎる。真っ暗な廊下の向こうへと消えた、その背の後ろで。
 ギリリ。握った拳の中、長い爪が皮膚を裂く。
 指の合間から零れ落ちる赤は己の色であり―――何も見ようとしない、相手の色だ。


 何処かへ去ってゆく、戻る場所を失くしてしまった片割れの色。



 「―――っの、馬鹿アニキ……!」



 声すら、もう。

 届きはしない。






 どれだけ言葉を費やそうともその耳には聞こえない。
 真実を知りながら、その目は、その耳は、何も認めようとはしない。

 血濡れのカイン―――全てを終えたら、お前はどこに行くのか。

 辿り着く場所の何処にも、望む彼の存在は居ないのに。
 



――――――――――
2010.5.8
リクエスト頂いた『赤緑敵討ちで深読みダークな話』チャレンジ。
受け取り方を色々な面で間違えています……
こんなのですが、弥子様に捧げます。ありがとうございました。










*言い訳(蛇足)*
赤と緑が普通に(隠れて)暮らしているところ、赤がマフィア時代に
痛い目見せた連中に目をつけられて、緑を殺されてしまった前提。
赤ならそれくらい回避できそうですが(そうなると話書けないんで)
目を離していた隙に、って事で。行ってみたらもう手遅れで、そっから
赤はマフィア殺しに走ります。
でも赤も本当に一番消してしまいたいのは誰か、ちゃんと分かっていて
全部始末つけたら緑の後を追うつもりです。
(その時また弟の前に現れて殺すよう言うかなー、思ったんですが、
プライド高いから自分でケリをつけるタイプですよね……)
毎回、すみません。