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※注意※
・基本設定完璧無視。
・3本中2本はBAD END(死似寝田)。
・明るさの欠片もないです。

スクロールにて表示です。








































『主よ、汝の民を救いたまえ』  …赤×緑。



 夜が近づくにつれて、気温は低くなってきた。

 「むほー……困りましたね、どこのお宿も入れないなんて」

 とぼとぼ、行く当てもなく歩きながら、隣のキレネンコさんに声をかける。
 夕方辿り着いた小さな町は、全ての宿泊施設に声をかけたが皆一様にして空いていない、と言った。
 ロビーに客の居ない宿が空いていない、という事はないんじゃないか―――そう思わなくもなかったけれど、黙って出た。隣で何も言わずに出て行く背中を追いかけなければならなかったから。

 Собака лает, ветер носит. 犬は吼え、風は運ぶ―――風評や中傷を気にするな、とは言うものの……やはり、気になる事だって、ある。
 整った顔に走る縫合痕は確かに目立つけれど、 それ自体が何か悪い事をするわけではないのに。皆、勘違いをしている。
 そういくらでも説けるが、それを望んでいない人がいるから。歯がゆい気持ちのまま、黙っておく。


 ―――大丈夫。僕だけは、解っているから。


 「でも、どうします……?」

 野宿をするには、季節が少し悪い。すでに吹く風に冷たさを感じているのに、一夜を吹きさらしで過ごすのは無理だ。
 体温の高い自分でもそうなのだから、寒がりな彼はどうだろう。もうすでに冷えてしまっているのではないだろうか。

 と。キレネンコさんが、足を止めた。

 「キレネンコさん?」

 高い位置にある顔を窺う。いつもの表情のない顔は、真っ直ぐ道の外れへと赤い瞳を向けていた。
 眼の先を追って捉えた先―――小さな、小屋。一軒だけ町から外れた場所にぽかりとある、偶然宿がなくてこの道を歩いていなければ会うことがないはずの小屋。
 あの小屋がどうかしたんですか?と、尋ねる前に、隣の体が動いた。
 長い足が、惑うことなく真っ直ぐ小屋に向かっていくのを慌てて追う。歩幅が違いすぎて、すぐには開いた距離は縮まらない。
 ようやく追いつけた先で、躊躇いも無く小屋の扉が蹴破られた。
 粗末な木で打っただけの扉は、いともあっさり、音を立てて外れる。
 ぽかりと空いた、薄暗がりへの入り口。その中へ、キレネンコさんは躊躇うことなく入っていく。

 ―――誰もいないのだろうか?

 疑問に思いつつ、一応お邪魔しますと断ってから後に続く。
 中は薄墨を溶かしたように薄暗い。
 人が住まなくなって久しい小屋だというのは、空気にふわんと舞った埃や散らかった室内の状態で解る。完全な空き家だ。
 が、そんな事を考え付くよりも先に、なんとも言えない臭いについ鼻を押さえた。
 つんと鼻につく、饐えたような―――食材を無駄に買い込んで、痛ませてしまった時のように―――異臭がする。

 一体何の臭いだろう。

 嗅いだ事のない、出所の解らない臭いに首を回す。と。



 「―――見るな」

 視界を、掌で覆われる。

 「……隣の部屋に行けば、少しは臭いもしなくなる」

 目元を塞いだ掌に、引き摺られる。


 足は、部屋の端に在る、人だったものに向いたままだった。





 「……Спаси, Господи, люди Твоя и благослови достояние Твое」

 ボソリボソリと小さな声が賛美歌を謡う。 
 低い、けれど透る声に常ならば感動を覚えるだろうその詩も、今は耳を通り抜ける。
 体全てを包んでくれる体温だけが、唯一解るものだった。

 「……победы христолюбивому воинству нашему над ……」

 ドアに背をつけて、床に座り込んだまま、広い胸に抱えてくれている。
 髪を梳いて、頭を撫でてくれる。普段よりも一層優しい手は、眠れない子供に対する仕草と一緒だ。

 けれど、胸に顔を押し付けながら、眠りは来ない。

 埃の積もった窓外に見える月は、未だ高い。朝が来るのはもっともっと先だ。
 きっと夜明け前より早く、この場所を発つのだろう。
 扉の向こう、薄暗がりで何も見えないうちに、彼は連れ出してくれるのだろう。
 そして僕たちはまた、何もなかったように歩き続ける。
 今まで、犯してきた罪をなかったことにしたように。

 あやすように背を叩く手に、ごめんなさい、と声に出さず、謝る。


 ごめんなさい、キレネンコさん。
 貴方が折角謡ってくれているのに、折角寝かしつけてくれようとしているのに。


 僕は今夜―――あの人の事を考えます。


 消えた魂に、鎮魂の詩は届いているのだろうか。


*蛇足*
『Спаси, Господи, люди Твоя』(主よ、汝の民を救いたまえ)
序曲1812 ロシア正教会聖歌



――――――――――



サクラの咲く国。  …赤×緑。(BAD END)


 崖の上で受ける潮風はきつい。
 仕切る柵へ手をつくと、海の向こうに薄っすら見える島々にプーチンは目を細めた。

 「―――あっちの国には『サクラ』って花の木があるんですよ」

 誰から聞いたのだったか、遥か昔の記憶で定かではない。
 ただ―――その時聞いた『サクラ』に抱いた強いイメージだけは覚えている。

 悠然と根を張る大樹に、無数に乱れ咲く薄紅の花。
 風が吹けば散ってしまう、けれど空へ無数の花弁を舞わそうとも変わらずに咲き続ける、向こうの 国にしかない花。

 春の、ほんの一時だけに咲く、美しい花。

 丁度今は雪解けの季節―――サクラの咲く、春だ。
 今まで色んな土地を揃って旅してきたが、未だ海を越えたことは無い。
 この目の前の青く、白波を立てる海原の先の、目で捉えることの出来るあの島には今サクラが満開なのだろう。

 「サクラが咲いたら、皆お弁当持って見に行くんですって」

 素敵ですよね、とプーチンは笑う。
 手を突く柵からギリギリのところまで身を乗り出す。それだけで脳裏に浮かぶサクラが近づいたように感じた。

 「僕達も、お弁当用意していきましょうか。人参一杯入れて」

 ポットには紅茶を入れて、向かう車―――いや、海を渡るなら船か―――の後部に、お菓子を沢山積んで。
 弁当を作るのなら、朝早くから用意しよう。パンと、ピロシキと、ペリメニと。魚は入れられないから、代わりにシャシリクを焼いて。
 綺麗な花と、空の下で食べる料理はきっと美味しくて食も進むだろうから、しっかりと用意をしておかなければならない。

 一緒に座って、一緒に弁当を食べて、一緒にサクラを見て。

 舞い散る、花びらを見て。


 波が叩かれるのに合わせて、潮風が吹き付けてくる。巻き上げられた髪を押さえようと顔に手を伸ばした。
 頬にかかる横髪を押さえた―――その指が、左耳へと触れる。

 耳朶に刺さる、金属。

 冷たい鋼の、その形を知るように撫でて。愛しい人へと、笑顔を浮かべる。

 「サクラ、見に行きましょう……キレネンコさん」



 ずっとずっと、一緒に居ましょう―――




――――――――――



きみとぼくの壊れた世界。  …双子弟+緑。(BAD END)


 吹き付ける潮風が顔をべた付かせる。
 火を灯した煙草の煙が勢いよく燃える。春だというのに、風はあまり温かくなかった。
 海の向こうを展望できる崖先へとへばりついている相手へ視線をやる。身を乗り出している姿は何か話しているようだが―――運ばれる声は唸る風と波音に掻き消えて何を言っているか分からない。
 まさか投身する気はないだろうな―――眺める背に過ぎる懸念はあるが、車のボンネットへ預けた背を動かす気は起きない。

 浮かぶ想像を打ち消すように、一層強い風が吹き付けた。
 伸ばした赤髪が風になびく。バサバサと顔へとかかるそれは鬱陶しく、ただでさえ乗り気でない気分をささくれさせてくる。
 上げた手で、髪を押さえた。―――だから、この髪型は嫌いなんだ。納まりの悪い、流しっぱなしの髪は。

 目へと入ろうとするそれを払い退ける。拍子に、振った指が左耳へと触れた。

 「………………」

 ろくに吸っていない煙草を、足元へ落とす。すでに溜まっていた吸殻の中で、まだ風に煽られて火を立て続けた。
 伸びる煙の袂を踏みつける。靴底を擦り付けるようにして揉み消しながら―――ふと、そういえばアイツは絶対に踏んでは煙草を消さなかった事を思い出す。
 靴が汚れる―――そう、人がする度に小言のように言ってきて。
 
 ―――吐いた最後の肺に残っていた煙は、溜息だったのか嘆息だったのか。
 風に吹き飛ばされた薄靄の向こう側には、やはり飛び降りも消えもせずに手すりへ乗り出している背中があった。

 「おい」

 放っておけばいつまでもそのままで居そうな背中に、声をかける。途端、くるりと勢いづいて向いた顔は、別に相手の中で時が止まっていたわけではない事を証明した。

 ―――証明?

 違うだろう。ただ単に、耳が聞こえているだけだ。聞こえた声に動く、条件反射。

 時を意識しなくとも時計の針が動くように、空を見上げなくても太陽が公転をするように、その目が確かな世界を捉えていなくても息をしていけるように。


 世界の全てを書換えてでも、夢を見続けるように。


 「……行くぞ」

 潮風にいつまでも当たっていたくない―――それが声を発した理由かどうかは、別として。
 それまで彫像のように海を眺めていた相手は、その一言だけでぱっと手すりから離れて駆け寄ってきた。背中にした海にも、その向こうの島々にも興味をなくしたように、犬ころのように真っ直ぐ駆ける。
 軽い足音ですぐ目の下まで間合いを詰めた低い背の、その上向いた顔。浮かんだ満面の笑顔はそれこそ褒めてと見上げる子犬となんら変わらない。

 昔から変わらない、純真そのものに輝く瞳を乗せた笑顔。

 それから目を逸らして運転席側のドアへ手をかける。ここ最近やたら乗ることの多くなった狭い方の座席へ身を納めようと屈むと、後ろから声がかかった。

 「あっ!今度は僕が運転します!」

 勢い良い声に振り返ると、笑顔を崩さないまま挙手をしている相手と目が合う。緑の、光を失っていない目と。
 ―――黙ったまま、身を引く。嬉々として運転席に乗る相手のドアを閉めてやってから、広い後部座席へと乗り込んだ。

 「どこへ行きますか?」
 「……どこでも構わん」 


 どこへでも―――好きな場所に行けば良い。海に飛び込もうとも、サクラの咲く国に行こうとも。

 どこへ行こうが、結局。お前は―――



 運転席から調整されたミラーへ映る自分の姿。
 背へ流したままの髪と、左耳一つになった、ピン。
 自分の―――自分の物でない方の。


 「よしっと。じゃあ、行きますね」



 ―――キレネンコさん。



 振り返った笑顔を見ないよう、瞼を閉じた。








 「くれるんですか?」

 取り外して渡した片方のピン。
 本来の肉体が持っていた、真実の形見。

 「お揃いですね」

 突き破った耳朶から流れる血。
 心からは流れているのに見えない血流。

 「髪、編んでも似合います」

 その度に解かれる編んだ髪。
 無意識に、意識して、在るべき姿へ戻そうと伸ばされる手。


 「僕―――今が一番幸せです、キレネンコさん」


 笑顔で呼ぶ、違う名前。 



 世界から消えたのは―――どちらだ。

 

 「…………キレネンコさん?」

 近くで聞こえる声。ひた、と頬に触れる手。
 瞼を開けると、心配そうに眉を下げてこちらを覗きこむ目とかち合う。心配そうに揺れる、緑の瞳が、自分を捕らえている。
 体温の高い手が左頬を労わるように撫でた。左耳の、一つだけの物を確かめるように動いた指を掴むと、安心させるように目を和ませてくる。

 「大丈夫―――僕は、ずっと一緒にいます。ね―――」

 動く唇の音が、耳を通り過ぎる。
 その続きを、その先の名を聞きたくなくて、微笑んでいる唇へ、顔を寄せる。



 頼むから―――

 もう『俺』を、呼ばないでくれ。

 



――――――――――
2010.4.27
生まれてきてすみません。