Marble Color …赤×緑
赤、黄色、青、緑、ピンク―――色々な色の粒を筒から出しながら、プーチンは隣のキレネンコに尋ねた。
「どの色が良いですか?」
赤い瞳は多種多様な色に特に吟味する素振りも見せず、とりあえず茶色の粒を摘み上げた。
理由はさしてない。しいて言えば、これが一番正しくその物体の色をしていた気がしたからだ。
「色つきの方が、美味しいんですよ?」
意外にも保守的に無難な色を選択をした相手に、プーチンは笑う。
キレネンコとしては別に紫だろうが水色がろうがオレンジだろうが、何でも構わなかったのだが、どの色にするか真剣に悩むプーチンの手前あえて鮮やかな色は選択しなかったのだ。選ぶなら、種類が多いほうがいいだろう。勿論そんな心情はおくびにも出さないが。
そもそもこの菓子に関しては、色が違ったからといってキャンディのようにフレーバーの差が存在するわけではない。
口に入れればどの色も等しく、安っぽいカカオの味しかしない。
そう告げると、色に拘る相手は「気分的にそんな気がしませんか?」と首を傾げてきた。
生憎と普通の食べ物にすら拘りを抱かないキレネンコには、その気持ちは理解できない。が、「これにしよう!」と青い粒を取り上げて嬉々として頬張る横顔に、特に否定する気は起きなかった。
隣の食べる姿に倣って、キレネンコも粒を口へ放る。正しくチョコレート色をしたチョコレートは、口内に含んだ瞬間、やはりチョコレートの味がした。
舌の上に当たった、丸いつるんとした物体に歯を立てる。そのままカリカリと噛み砕くと、隣から驚いたような声が上がった。
「あっ!噛んで食べちゃうんですか!?」
「……噛まないと食えない」
普通のチョコレートと異なり、表面が硬い層でコーティングされているこの菓子は普通のチョコレートのように口の中に入れていても溶けてこない。噛んで食べることを前提とした駄菓子なのだ。
カリカリ噛みながら、それとも丸呑みしろというのか、と目で問うと、プーチンは困ったように頭を掻いた。
「うーん……いえ、すぐに噛んだら勿体無いというか。これ、舐めた後が面白いんですよね」
もごもご、と口の中でずっと粒を舐め転がしていたプーチンが、もういいかとキレネンコに向けて舌を出した。
べ。と出された舌は―――一面、青い。
「ひろ、ふいてぇまひゅ?」
舌を出したまま、首をかしげて尋ねてくる。呂律の回っていない言葉で分かりづらいが、舌の色を問うているらしい。。
限界まで舌を伸ばしたプーチンは、下目に確認した自分の舌が人ならざる色をしているのを確認して満足そうに笑った。
「大成功です!このお菓子はこうやって食べないと」
じっと青色の舌を見つめるキレネンコへ、一家言あるようにレクチャーする。どうやら子供の時『食べ物で遊ばないように』と注意を受けて育たなかったらしい。「次、何色食べますか?」とやはり色に拘ったまま筒を振った。
「僕、青色壊さない色探しますね。これ、綺麗だから」
乗せする場合は色の相性を考えなければ、折角綺麗に染まった舌が台無しになってしまう。
これも楽しさのひとつなんですよ。そう教えようと、もう一度鮮やかな色に染まった舌をべろりと出す。と。
着色料のついていない、赤いままの舌が、青色を舐めた。
「確かに、味が違うな」
「―――っぇふ!?」
舌の上にざらりと感じた感触に、プーチンが目を丸くする。
その向かいで唇を舐めた相手は、硬直した手から筒を奪うと色とりどりの粒を撒いた。
次は、どの色にしようか?
――――――――――
寒い朝に。 …赤×緑
―――朝だ。
そう思うのに、体が起きない。いや、むしろ一層深く、温かい場所へ潜り込もうとする。
……寒いなぁ。
つい昨日、春の薫風を感じたばかりだというのに、何故かベッドの外は冬の寒さだ。
三寒四温―――そんな言葉が、木霊する。
はぁ、と欠伸交じりに吐き出した息は、白い。
枕元にはヒヨコが羽毛を立てて潜り込んでいるし、蛙はベッドの隅でピクリとも動かない。
皆皆、寒いのは苦手だ。
ごそごそ温かい場所で身じろぎしていると、後ろに回った手が背中を引き寄せてくれる。
ぱた、と当たった顔は、温かな胸の温度に溶け込む。肩も、腕も、腹も。皆、温かな場所に沿う。
……あぁ。温かいなぁ。
綿のはみ出たベッドも薄っぺらい毛布も、寒さを凌ぐには不十分だ。隙間風どころか部屋中冷気が満ちている。
―――だからこそ、ここに揃っているのだけれど。
起きなきゃ、と思うのに、体はうとうとと温かな場所で沈もうとしている。
今日は、もう少し寝ても許されるだろうか。
もう少し、この温かい場所に居ても―――
ごそ、と上で肩が動いた。
「……キレネンコさん?」
頭にのった掌がぽふぽふと、肯定するように撫でてくれる。
耳にかかった小さい呼吸が、まだ目覚めるつもりはないと言ってくる。温かさが、包んでくれる。
―――それだけで、十分。
あと少し、おやすみなさい。
「…………って、何やってんだお前ら!ちょ、待て起きろ死刑囚なんで自分とこで寝てないんだよ!?おい、起きろ模範囚!模範囚ーーーっ!!!」
外が、なんだか賑やかだった。
――――――――――
虹色☆トランキライザー …赤×緑
―――けほっ。
口から煙を吐いた途端、隣が咳き込んだ。パタパタと手で立ち上る副流煙を払いながら小さな咳を漏らす。
明らかに演技とは異なる仕草を見ていると、気づいた顔が眉を下げて笑った。
「すみません。ちょっと煙草、苦手で―――」
慣れてないんです、と添えながら、けれどすぐに「でも平気ですから!」と手を振る。
―――普段馬鹿正直なくせに、こういう時だけはすぐに嘘をつく。
すぐばれる嘘はつまり正直の裏返しなのではないかとも思うが、やはり嘘は嘘だ。気分は良くならない。
特にそれがこちらへ気を使って発せられたものだと気づくと、余計愉快にならない。
嘘をつかなければ、気を使わなければならない相手と思われているのか。
その身が付いて来るのも、力と威圧で無理矢理引き寄せているだけなのか。
苛つくと、一層煙草が欲しくなる。紫煙を吸い込んで、脳に回りかけた血の沈静化を図りたくなる。
それでも手に挟んだ物を、もう一度口つける気にはならない。
肺に残った煙を吐き出し、手の物を落とす。火がついたままのそれを靴で―――普段ならそんな事をしないのに躊躇いなくしたという事は多分相当苛立っていたのだろう―――踏み消す。
ついでにポケットに押し込んでいた箱も取り出す。封を切ったばかりの、中身がまだほとんど減っていない箱をとりあえず遠くへ、確実に手の届かない、遠くへと投げ棄てた。
はるか彼方、放物線を描いた軌跡に隣から驚くような声があがった。
「良いんですか?」
「……無くても、構わない」
元よりあっても無くても、構わない物体だ。
無くてはならないものを無くすなら、平気で棄てられる。
「すみません……」
隣の顔が、ますます眉を下げる。
構わない、と言ったのに、何故伝わらないのか。いつだってそうだ。思っていることは、ほとんど伝えられない。
煙草を吸うのもただ口先の気持ちを紛らわせるためだけだということも、苦しそうな顔で咳き込ませてまで吸うほどの価値があるものではないということも、
示しているつもりなのに何一つ伝わらない。
まるで自分のせいだと言わんばかりの顔が苛立たしく思えたが―――考えを変えた。
俯きぎみの顔を掬い上げる。こちらを映す濁りの無い大きな目には怯えがなく、それが少しだけ―――安堵する。恐れで従わせているのではないのだと、僅かだけでも自信が持てた。
「あの……?」
謝罪か疑問か。
僅か開きかけた口を、塞ぐ。
胸を満たす苦い空気はないが、代わりに甘い水気が口を潤した。
―――これはこれで、悪くない。
「ぅ、え、あ、あああ、あのっ!」
「これからはこっちにする」
わたわたと火をつけたように顔を赤くしている相手を、当面の精神安定品に起用する。
いや、それとも有害指定品だろうか。
依存性と中毒性は煙草以上。
こっちは確実に、手放せない。
――――――――――
Lips Slime. …弟×緑
―――こほっ。
立ち上る紫煙に、隣が咳いた。顔へと流れる副流煙をバタバタと扇ぎながら、小さく咳を繰り返す。
控えめに、けれどどうしても耐えられずやってしまった様子を眺めていると、気づいた顔が目を泳がせた。
「す、すみません……ちょっと、煙草が駄目で―――」
縁がなかったんで、と付け足しながら、それでも即「大丈夫です!気にしないで下さい」と笑ってみせる。
―――別に、出来もしない取り繕いをする必要は無いのだが。
右の物を右としか言えない性格をしている相手が左だと言っても、説得力は皆無だ。そしてそれもまた、どうでも良いことだ。
気を使おうと使うまいと、別にこちらがそれで何か思うわけでもない。
取り繕おうが隠し事をしようが、別に構いはしない。
ただそこに存在する意思が、何の外的要因を含んでいるにしろ明確に持たれていれば良い。
指に挟んでいた煙草を咥える。吸った煙の、含まれる成分に思考がクリアになる。
やはりこれは、手放す気にはなれない。
胸深くに煙を流し込み、煙草の灰を叩く。そのまま短くなったそれを灰皿へ―――すでに軽く山を築いているそれは別に苛立ちのグラフではなくただの習慣の結果だ―――押し付ける。
特に考えることも無く、ポケットから箱を取り出す。内からまた一本、新しい煙草を取り出して火をつける。これを手の届かない場所へ置くというのは考えられない行為だ。
すぐ脇で立ち上る薄い煙に、隣から伺うような声が響いた。
「好きなんですか?」
「無いと腹が立つ程度には、な」
確実に禁断症状が出るだろう品を、無くすわけにはいかない。
ある程度の理解と協力を周囲に強要してでも、保持しておかなければ。
「そういうもの、ですか」
脇で分かったような、分からないような声が上がる。
吸わない人間には分かりはしまい。それはこちらがどれだけ言葉をつくしたところで、実感として得られるものではない。思ったところで、伝わりはしない。
咥えたものから吸い込む空気が胸を満たす瞬間も、それが途切れた時に感じる不快な苛立ちも、教え説いたところで僅かにも伝わらない。
案の定さっぱり分からないという顔をしている相手に愉快になり―――手を伸ばす。
警戒も何もしていなかった顎を掴む。開かれた澄んだ丸い瞳はきょとんと呆けていて、それが若干―――呆れてしまう。もう少し怯えたりしたらどうだ、と些か警告を与えたくなる。
「えっ、と……?」
問いかけか呼応か。
薄く持ち上がった唇を、覆う。
内側に満ちていた煙の塊を、味を知らない口内へと吹き込んだ。
―――こういうのは、非常に愉しい。
「!!っぅえっほ、げほっ!けほっ!」
「少しは慣れておけ」
咽ながら顔を青くしている相手に、暫くは嗜好品の充実が図れる。息抜きと気晴らしの新しい一品、ともいえるか。
爽快感と充足感は両者伯仲。
どちらも両方、手に入れる。
――――――――――
予定調和と不確定事項。 …(緑)+双子弟
『―――あっ!あの、僕です!聞こえてますか?
えっと、大した事じゃないんですけど、ちょっと伝えたくって……あのですね、今日ちょっと変わったものを料理してみたんです。見た目、ちょっといまいちなんですけど、でも!味は良いんですよ!自分でも美味しく出来たと思うので、あのー……色々と忙しいと思うんですけど、もし良かったら、食』
ぶつり。
部屋に、切断音と共に静寂が戻る。
電話に繋いだレコーダーの先で途切れた音へ、くっくっと喉を震わす笑いが起こった。
―――本当に、要領が悪い。
意味不明のまま終わった用件へ一頻り笑うと、彼は執務机の席から立った。
コートを手に取り、真っ直ぐにドアへと向かう。一片の揺るぎもないその後姿に、脇から戸惑うような声が上がった。
「…………お出かけですか、ボス?」
古くから居る側近の一人で、右腕とは呼べないまでも―――彼の右腕になるのは鏡写しの肉親だけであったし、彼もまたその右腕であったから―――そこそこ信を置いている相手へ、肩越しの視線が僅かに飛ぶ。
向いたその赤い瞳に含む光に気づいて、書類を手にした相手は、ああこれは駄目だな、とにわかに悟った。
普段は限りのない実力とそこそこの勤勉さで下を纏めてくれる彼らの主人も、この目をした時には何を言っても聞かない。
いや、こちらから意見するような事など、そもそも出来もしない。
気まぐれな猫のように望むままに、在るがままに生きる存在を、止めることなど出来はしない。
それでも一応、本日のこれからの予定を把握している相手は、諦め悪く尋ねた。
「今日のスケジュールは、ご存知で?」
問いかけに振り向いた顔は、明らかにこちらの心情を慮る様子ないまま片頬を上げた。
「指示は出してある。それで動けないような連中を置いている覚えはない」
「……………」
鼻で嗤うように言って退けられ、返す言葉は出ない。額を押さえながら「……はい」と頷いた相手に満足そうに嗤うと、躊躇うことなく足はドアへと進む。
編んだ髪を揺らすそのひどく愉しげな後姿に、これからの予定を組み替えなければならなくなった相手は深く一礼を送った。
―――予定にない出来事の方が、面白いだろう?
――――――――――
Lost Jade. …看守→(緑)
―――ここ最近、ついてないことばかりだ。
屑どもの集まる刑務所から出たのゴミ屑を一杯に詰めた袋を肩に担いで、真夏のサンタクロースとなったカンシュコフは舌打ちした。
上司は理屈なく怒って説教ばかりかましてくるし、何時も以上に囚人連中が煩いし、昼食で取ったオクローシカは傷んで治まりかけていた胃痛へブローをかましてくれたし。
新品のブーツはすぐに紐が切れてしまったし、目の前を黒猫が三匹続けて通った日だってある。
同僚達と賭けカードをした結果は一人ボロ負けでむしられた挙句、炎天下の中ゴミ捨ての大儀を仰せつかった。
弱り目に祟り目どころか魚の目も蛸の目もくっついてるんじゃないのか―――なんて、焼け付く日差しで頭もまともに回転しやしない。畜生。
誰に見せるわけでもなく悪態をつきながら、カンシュコフは煙を上げている焼却炉を開く。
途端、夏の大気よりももっと濃い熱気が顔を叩く。
灰と煙と異臭の直撃は、ただでさえピリピリしていたカンシュコフの神経をぶち切った。
「―――やって、らんねーっ、なっ!くそっ!!!」
掛け声諸共、振り上げた腕から袋を投げ飛ばす。夢も希望も入っていないサンタ袋はあやまたず口を開けた焼却炉に飲まれた。
轟々と燃える炎に包まれて、あっという間にゴミは燃えていく。
顎を伝う汗を拭い、カンシュコフは投げ入れた物が燃えていく様を眺めた。跡形もなく、放り込む前は何であった解らないまでに燃え、灰へと還るのを。
屋根から外れた焼却炉の前は暑い上に熱い。じりじりと背を焼く夏の太陽と顔を炙る火勢を受けながら、カンシュコフはポケットの中の物を取り出した。
着っぱなしの制服へ入れっぱなしになっている、髪留め。
自ら取り出したそれを見た瞬間、ブラウンの目が苦く歪んだ。
―――用意なんて、最初からしなけりゃ良かった。
何日も寝ずに悩んで悩みぬいた末に用意した物も、渡す相手が消えてしまってはどうしようもない。しかも相手は『さよなら』の一言も言わずにどこぞへ行ってしまった―――同時に出て行った赤いモンスターに連れて行かれたのだと推測しているが、渡せないことに変わりはない。
髪留めに埋まった、小さな小さな緑の石と同じ目をした相手は、もういない。
小さいといっても本物の翡翠を使っているそれを買うのに、どれだけ苦労したことか。
自慢ではないが薄給の財布ではまかなえず、同僚の悪徳高利貸しの手まで借りたというのに。今まで何人か付き合った彼女にだって、輝石付きの装飾品なんて買ったことない。
あのちょっと趣味がわからない、けれど本人は気に入っているらしい括った髪を飾ってやろうと、買ったというのに。
屑の集うこの場所で耐えて刑期を終えた暁の日に渡そうとしていた品は、その日が過ぎた今もポケットに入ったまま手へ残る。
体温を吸った石は温いが、茹だるほど暑い気温の中でも溶けもせず、深い緑の色を湛えている。
―――消えて、無くなってしまえば。この胸の内だって、少しは違うというのに。
ゆるり、とカンシュコフの腕が上がる。
髪留めを握った腕を、今しがたストライクを決めた袋と同じように後ろへと構える。打ち込むべきバッターボックスで揺れる炎を見据え、片足を引き上げた彼は腕を大きく振りかぶった。
ブンッ―――!と、音を立てて空を切る。大きく口を開く焼却炉の、その奥の赤めがけて投げ飛ばす。
……つもり、が。
振ってもなお握りこんだままのた己の手を見てカンシュコフは、肩を落とした。
「…………高かったんだぞ、これ」
そう呟いた自身の言葉が耳に入って、益々凹んでしまう。
渡す相手には「大したことない物だ」と言おうと思っていた品も、まさか実際には簡単に焼却処分できない。貧乏性と言うなかれ、未だ借りた金子の支払いも済んでいないのだから。
胸と、それよりももう少し腹部に下がった辺りがキリキリと痛むようだった。
重い溜息を吐いて、カンシュコフは握った手をポケットに突っ込む。布地の中の蒸れた温度が手へと絡むのが不快だが引き抜く気は起きない。
あちらでもこちらでも行き場をなくした髪留めを握り締めたまま、彼は赤く燃える焼却炉に背を向けた。
溶け消えない深緑の翡翠が、紅蓮の劫火で焼かれてしまわないように。
戻ってきてくれ―――この手の内へ。
――――――――――
2010.5.2
4月分日記再録。
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