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午後1時過ぎの会合。 …赤+緑&運+狙


 昼下がりのカフェテラスは、比較的賑わいを見せていた。

 「僕、注文とって来ますね!」

 席を取った途端雑誌を開いた連れへ一言告げると、たっとカウンターの方へ―――多分、早々に食べたかったのだろう主にデザートのケーキなりパルフェなりが―――注文をしに小柄な影が駆け出す。
 見せた背中は一見小さくばしっこいように見えるが、混雑したカウンター前では逆に人ごみを割ることが出来ない。なかなか中央まで辿り着けずオロオロしている姿を、偶然下ろした隣の席から目撃してしまった彼は溜息をついて席を立った。

 「……注文、とって来る」
 「いってらっしゃい。俺コーヒーね」

 ごねもせず自ら注文を買って出た相手へ、座ったまま手を振る。何気ないふりを装ってもたつく小さな客の方へと歩く相方の後ろ姿を見送りながら、彼は背もたれに背を預けて口を開いた。

 「こっちの連れは、彼に危害は加えないよ」

 のんびりと告げられた言葉に、席の後ろで動きかけていた体躯が止まる。席についてからも帽子を被ったままの相手は、目深に下ろしたそれの下から僅か視線を送ってきた。
 疑っているのか伺っているのか、もしくはただ一瞥くれただけか―――いまいち感情の読めない眼の動きを背中に感じながら、彼は変わらない口調で答えた。

 「ちょっと愛想が悪いから私服姿だと誤解されやすいんだけど。大丈夫、ちゃんとカウンターまで連れて行くだけだから」

 だから悪いけど、大人しくしていてくれないかな?と、穏やかでありながら僅か命令の形に、浮きかけていた体が緩やかに沈んだ。
 別に言葉に臆したわけではない。ただ単に、実際人ごみを掻き分けてもらってカウンターの前に立った同席者の姿を認識して、どうでも良くなった。
 無事に注文を開始した様子を確認すると、一瞬閉じかけていた雑誌に再度眼を落とす。

 いざとなればここのカフェテラスにいる人間全員を叩き潰してでも、かの身の安全を図ることは出来る―――例え、潰すその中に非番でありながら拳銃を携帯したままの民警が混じっていたとしても。

 後ろの相手から漂う余裕とも取れる態度に、変わらずカウンターの相方と隣に並ぶ小さな背中を見る藍色の瞳が微笑を刻んだ。

 「ここの店に目をつけたのはなかなかセンスがあるよ。コーヒーの美味さには定評がある店なんだ」

 世辞の言葉に、しかし返事はない。
 そもそも店を選んだのは一緒に居た相手の方であり、その理由も表のボードに書かれた『本日のデザート』を目撃したからに過ぎない。
 「ここ!この店にしましょうっ!」と似合わない眼鏡の下で輝かせた緑の瞳に、特に否定する理由もなく入っただけだ。コーヒーが美味かろうが不味かろうが、大した問題ではない―――美味いに越したことはないが。
 視界を邪魔する帽子を引き、雑誌に描かれている一日一回は見る星柄の靴の記事に目を通す。
 早く紙面に焼きついている物を手に入れたいが、僅かの休憩も蹴って車を飛ばしたところで進む距離は然程変わらない。それよりも運転を交代して任せている相手が過労で倒れる方が厄介だった。後部座席で心置きなく雑誌を読めるので、運転手はいた方が良い。

 そんな合理性の判断の元入った店に天敵とも呼べる連中がいたのは、あくまで偶然だ。勿論、向こうが狙ってやってきてなければ、だが。

 僅か芽を生やした疑念を感じ取ったわけではないだろうが、向こうの背もたれが軽く揺れた。

 「滅多にない休みに、わざわざ仕事を招き入れるような真似はしないさ。ただ―――変装するなら、もう少し徹底した方がいい」

 特に目立つ容姿をしているのだから―――そう、親切からの忠告が送られる。が、念のため、と渡された帽子を嫌々被っている身はこれ以上の変装はする必要はなく、またする気もなかった。
 現にカウンターに居る、連れの隣に並んで皿をトレーへと乗せてやっている方は、その隣に居る眼鏡小僧が追っている逃亡者の一人だと気づいてはいないようだった。仮に気づいていたら、あそこまで面倒をみたりはしないだろう。残った相方が気づいていてなお知らないふりをしているのと比べると、大分差がある。

 そこが彼の良いところなんだ、と指摘すればその相方は答えただろう。真実を知れば休日だろうと物取りを始める直情的な真面目さも含めて、良いところだと。

 そんな訳で、相方との休日をつつがなく過ごすため、あえて彼は黙っているのである。


 ―――穏やかな昼の一時を過ごすには、瑣末に目を瞑ることが一番だ。


 ふふっ、と腹の中とは真逆の、毒気のない笑顔を浮かべながら彼は席を立つ。長居は、無用だ。
 結局一度も振り返らなかった赤い眼を捉えながら、彼はにこやかに言い放った。

 「それではそちらも良いデートを」

 上げられた片手に、返事はなかった。

 

 席で待っているはずの連れが近寄ってきたのに、漆黒の双眸が怪訝そうに歪んだ。

 「何で席立ってんだ?」
 「ちょっと行きたいところあるの思い出して。悪いけど、それテイクアウトにしてもらって良い?」

 トレーの上で湯気を立てるコーヒー―――あえて頼むまでもなくブラックのまま、砂糖もミルクも取ってきていない―――と、彼の分の砂糖とミルクたっぷりのカフェ・オレ化した元コーヒーを指差しながら頼んでみる。その指にはすでに車のキーが握られていて、引く気がないのが見て取れた。

 「行きたいって、来るときには特に目的ないって言ってなかったか?」
 「いやさ、ここ最近ずっと仕事で走りっぱなしでしょ?今の彼女が機嫌損ねないようにプレゼントの一つでも買っておかないといけないなーって」
 「……おい、『今の』ってはなんだ」

 また相手変えたのか、と言外に問う眼の前で「聞き間違いさ」と肩をすくめてみせる。その飄々とした動作に益々視線が強くなる横で、トレーを抱えたまま話に置いてけぼりになっている背の低い相手が口を開いた。

 「あ、あのー……」
 「ああ、ごめんね。コイツ顔むすっとしてるから、一緒に居て怖かったでしょ?」

 視線を低くしながら、戸惑う顔に笑ってみせる。向かいでむすっとしていると形容した相手が本当にむすっとして「テメェ……」と怒気をみせるのに、慌てて低い位置の顔が振られた。

 「そんな事ないですっ!すっごく親切にしてもらって、注文もしてもらって、重いからって皿まで運んでくれて、とっても優しかったです!!」

 ふるふる、と括った髪を揺らして熱弁する相手に、今度は優しいと形容されてしまった相手が益々むすっとして叫んだ。

 「あー!もういいもういい!―――おい、行くぞ!」
 「はいはい。じゃ、またね」
 「え?あ、はい!ありがとうございましたっ!」

 またね―――?と首を傾げながらも、赤くなった顔を背けるように向けられた背とクスクス笑いながら手を振って去る後ろ姿に、ちょんまげの頭がぴょこんと一礼をした。

 

 

 「待たせちゃってすみませんー!」

 トレーを持って走ってくる姿に、雑誌を閉じる。相手が誰であろうと読み出したら閉じない習慣だったのだが、幾分か前から対象限定で一旦脇に退けるようになった。
 紙面越しでは真っ直ぐに見つめてくる緑の瞳を見返すことが出来ない。
 今日は度の入っていないレンズで遮られているが、それくらいはなければ駄目だという本人の主張はすんなり通された。その眼鏡もこちらの帽子もどのみち効果はない、と彼がわざわざ説くのを面倒くさかがったからだ。
 トレーの上から軽食とデザート、それから飲み物がテーブルの上に並べられる。
 なかなかに悪くない、芳醇な香りを立てるコーヒーカップを手に取りながら、ふと向かいの相手が手にするカップが同じ柄である事に気づく。普段ならコーヒーの苦味が駄目で、ココアやミルクといったお子様仕様の飲み物しか飲めない口なのだが。
 ふうふうと息をかけてカップにつけられた口が、疑問を乗せた赤い眼に気づいて笑みを浮かべた。

 「ここのコーヒー、すっごく美味しいらしいんですよ。でも僕苦手だから飲めないって言ったら、さっき一緒にカウンターに並んだ人がこうすれば大丈夫だって教えてくれたんです」

 ほら、と見せられたカップの中はコーヒーの黒さなど微塵もない、甘い匂いの立てる白濁色が満ちていた。最早それはコーヒーではないのではないか―――そう思わなくもないが、啜る相手の顔は美味な物を口にした時の幸せそうな表情がある。ならそれで仔細は不要であり、意味は十分だった。

 正しく純粋な、付け加えるなら割合質の高いコーヒーを味わっていると、早速デザートから食べようと開いた口が「あ!」と思い出したように叫んだ。

 「そういえば、さっきこれを渡しておいてほしいって言われて預かったんです」
 「……?」

 はい、と受け取っていた紙片を渡す。怪訝そうな顔に申し添えられた一言を伝えた。

 「いつもしてもらってばかりだから今日は宜しく、って―――お知り合いの人だったんですか?」

 あの人、と柔らかな藍色の瞳を思い出す。どこかで見たことがあっただろうか―――と、親切にしてくれた漆黒の眼をした相手と一緒に出て行った人物を席に戻る間中考えたが、あの穏やかな顔は見当たらなかった。
 なら彼の方に関係した知り合いなのかな、と思って掬ったクリームを舐めていると。
 紙を開いた相手から、大きな舌打ちが響いた。

 「ど、どうしたんですか?」


 勢い込んで聞くが返事はなく、代わりに赤い眼が忌々しそうに歪む。
 

 してやられた―――
 

 真ん丸に見開かれた緑の眼の前で、テーブルに並ぶ注文品とは別に値段の書かれたシートが、ぐしゃりと握り潰された。



*蛇足*
コプは腹黒設定なので……



――――――――――



森の小さな教会で。 …(赤×緑)+看守・弟・運×狙


sideA:黄色いあの人の場合。

 刑務所の守衛から届けられた、口の開けられていた封筒から出した手紙を読んだ彼は、思わず手にしたそれら全てを落とした。
 その顔色は青くなって赤くなって白くなってと七変化を遂げ、力の抜けた指は精神を病んだ末期患者のようにフルフルと震える。それら自分の姿を客観的に把握することも、把握する余裕もない彼はただ落としてしまった手紙を見た。

 「……うそ、だろ……?」

 ばさばさと足元に落ちた手紙の書き口は『Дорогой,Каньсюков』。親愛なる、カンシュコフさんへ―――封筒の宛名同様、自分への手紙に間違いはない。住所が住まいの寮ではなく職場になっていたのは、単に知らなかったからだろう。受け取った守衛に閲覧のため開けられてしまったが、それでも一応カンシュコフの手元へと届いた手紙。

 その差出人は―――『P』。

 住所もフルネームも書かれていないサインは、けれど見覚えがある。そうだ―――労働時に製作したマトリョーシカへ印をつけるのだと言って書き込んだ、それと同じ。囚人番号を書き込めと直後に労働監督者から叱られていたが、そのおかげでかサイン付きのマトリョーシカは完成品に回されずにこっそり彼の物になった。房に飾ったそれが自慢の出来なのだと笑っていた顔が、今でも目に浮かぶ。
 達筆とは言いがたい、それでも一字ずつ丁寧に書いたのだろう文面は割と形式通りで読みやすい。日付、時刻、場所―――明記されているそれらの情報は、しかしカンシュコフの頭には入ってこなかった。
 黄色い頭がその手紙から理解できたのは、手紙が寄越された理由と、それを書いた相手の文面に現せきれない幸せ一杯な心情だけだった。


 『結婚します!小さな式を挙げるので、お忙しいかとは思いますが是非お越しください。』


 頭に花を飛ばしていそうな文面。
 ―――つまり、これは招待状なのだ。婚儀の連絡と、式への参列を促す、カンシュコフへの案内告知の手紙。

 さて、それでは問題です。

 結婚をする―――誰が?
 ―――当然、差出人が。

 何故、結婚をするのか?
 ―――文面からすると『長年の想いが漸く通じ合いました』との事。


 では―――結婚をする相手は?


 ―――落とした手紙に書かれていた名前は、自分の目が腐っていない限り、どうやら自分にも非常に覚えのある曰く付きの相手。
 多分文字であったとしてもこの世でもっとも見たくない、連想ゲームなら一躍トップの題目に立てそうなその相手。

 

 明るい話題のない監獄で、カンシュコフの絶叫が木霊した。

 

 その様相をじーっと眺めていたショケイスキーは、傍らで札を数えるゼニロフを見た。

 「……ゼニロフ。カンシュコフ、変」
 「何時もの事です」

 冷ややかな声で限りなく冷徹な物言いをしてみせたゼニロフの横で、頬杖をついたロウドフが羨ましげにカンシュコフを見て呟いた。

 「あー、結婚式かぁ……良いなぁ、酒飲めんだろうなぁ~」

 良いなぁ良いなぁ、と大きな図体とは裏腹に子供のように繰り返す、結婚式を酒宴と穿違えている相手をゼニロフは容赦なく睨む。

 「五月蝿いですよ。口だけの下戸は黙ってなさい」
 「下戸じゃねぇし!あーあ、541番の奴もカンシュコフだけじゃなくって、俺にも招待状送れってんだ」

 服役中にマトリョーシカ一個、流してやったっていうのによ。

 そうぼやいた、気前の良い労働監督者の横で「―――ほう?」と声があがる。
 途端「しまった!」と言わんばかりに彼は顔を強張らせるが、もう遅い。横頬へ突き刺さる冷気―――見るまでもない。隣の守銭奴な同僚の眼鏡の奥の目は、明らかにマイナス温度を発している。

 「……以前原材料費と完成品の利幅が合わなかった事がありましたが。あれは、貴方でしたか」
 「う゛、あ゛、いっいやな、あれはちゃんとしたロスであって、仕方なかった事なんだって!」

 だらだらと冷や汗を流すロウドフの真実である言い訳は、けれど金の計算でも理屈の計算でも彼以上に頭の切れる秀才の前では通用しなかった。

 「ふむ……ロスですか。では、そこは監督不十分―――担当者である貴方から補填してもらわなければなりませんね」
 「ちょっ―――ま、待ったゼニロフ!俺今月相当やばいの知ってるだろっ!?てか、時効だそんな昔のこと!」
 「安心して下さい。帳簿はちゃんとつけていますから、不当な請求は致しません。
  ただし―――なにぶん昔の事ですから。その間の利子は、きっちりつけさせて頂きます」

 とりあえず、金利はトイチで。

 グレーゾーンをすでに越えた法外な利息請求に野太い悲鳴があがる中。
 「……大人って皆、変」と感想を漏らしたショケイスキーは、灰になりかけているカンシュコフを鎌で突いた。

 


sideB:赤いそっくりさんの場合。

 切れ味鋭いペーパー・ナイフが、軽い音を立てて紙を割く。それよりももっと切れ味のある刃物を扱い慣れた手が蝋印付きの封筒を開封し、中の手紙を開いた。
 一連の優美な仕草を脇に控えて見ていた相手は、文面を追う主人の赤色の瞳が細められたのを目撃した。
 最後まで読んだのか、机に手紙を投げたキルネンコは代わりに傍らの箱を引き寄せる。抜かれた煙草へ火を灯すべく近寄った側近の彼は、自分が捉えた主人の表情が見間違いでなかった事を知った。

 「……何か、良いことが書かれていらっしゃいましたか?」

 煙草を挟む口元の笑みに、詮索深くならない程度の問いかけをする。仕えているとはいえ、プライベート―――届いた封書の形式を見れば、仕事関係でない事は明白だった―――への立入りが厳禁である事を彼は重々承知している。
 心得正しい部下を特に褒めることなく、彼の主人は満足そうに深く吸った紫煙を吐いた。
 喉を震わせる、嗤う音と共に。

 「案内状だった」
 「案内状……?」

 怪訝そうな鸚鵡返しに、一層嗤いが深まる。部屋へ響くその音が真実喜びを含んでいるのかそれとも皮肉を混じらせた冷笑なのか、長く仕えている彼でも未だに判別がつかない。
 若干の戸惑いを浮かべて更なる質問をするかどうか迷っている相手の前で、キルネンコが先に口を開いた。

 「結婚するそうだ」
 「け、―――ご、結婚……ですか?」
 「そう書いてある」

 読んで構わん、と手紙を滑らせた主人へ一礼してから、彼はそれを手に取った。少し厚手の、特別な時に使用される上質な紙面に綴られた内容は―――成程、確かに結婚の案内だった。下部には日取りと場所、そこへ主人の参列を希望する旨が記載されている。まごうかた無く、案内状兼招待状である。
 一読して状況を理解した彼は、煙草をふかす主人を見た。
 上る紫煙の向こう側の静かな気配は、ならば慶びを現しているのか。そう判じてみると、その切れ長の赤い瞳が常より穏やかな気がしてくる。
 ここ最近彼の身辺に現れた存在―――手紙の差出人であり結婚をすると書かれた片方の人物へ向ける際に目にするその色合いに、丸くなったものだと無礼を解った上で思った。

 本当に、丸くなったものだ―――兄弟揃って。

 改めて手元の手紙へ視線を落とす。婚姻者のもう一方に書かれた懐かしい名に驚きはしたものの、それが謀りではない事は彼も知っている。年貢の納め時、というのは誰にでもあるものだと知った瞬間だった。
 別段倫理だの常識だのを掲げるつもりは―――元よりそれらから一歩暗い部分へ身を置く自分達が非を言えた義理では―――ない。ただかつて仕えていた、そして今もって尊敬の念を抱き続けている元主人の慶び事を祝福するだけだ。
 同じように血の繋がった身内を祝福しているのだろう現行も続いての主人へ、祝いの言葉を発しようと彼は顔を上げ―――凍った。


 非常に愉快そうに浮かべる主人の笑みは、明らかな臨戦態勢だった。


 「―――結婚、か。成程……こいつは、実に」


 ―――面白い。


 そう、くっくっと喉を震わせる音と共に吐き出された言葉に、思わず一歩、後ずさりしそうになる。なんとか気力で足を床へと縫いとめた彼は、言葉通り大変面白げに嗤っている横顔へ恐る恐る声をかけた。

 「…………ボス?」

 勿論、祝っていらっしゃるんですよね―――?
 希望的観測をのせて呈された疑問へ、キルネンコは口の端を上げた。その赤い瞳が薄い煙の向こうで光ったのは。果たして、気のせいだったのか。

 「当然だ。俺をどういう風に思ってやがる」
 「はっ―――し、失礼しま」
 

 「どうせ華も何も無いしょぼくれた式だろう―――盛大に祝ってやろうじゃねぇか」


 こっちの流儀でな。


 そう、口元が嗤ってみせる。
 何ならそのまま持って帰ってやっても構わない、とまで嘯く主人に。彼は―――

 「…………ボス。差し出がましいかとは存じますが……あまり、ご兄弟仲を悪くされるようなことは―――」


 ―――ドスリ。


 思わず漏らした忠言に、切れる刃のついていないナイフが机へ刺さる音で応じた。
 深く木目を抉ったそれを引き抜くと、くるくる器用に回しながらキルネンコは固まった部下を見据える。その刃をぴたりとドアの方へ向け、彼は肺にあった煙を吐いた。

 「下の連中集めとけ―――宴は、華々しいのに限る」

 ギュッ、と。灰皿へと押し付けられた煙草の立てる音を合図に、命じられた彼は一目散に部屋から駆け出した。その背中に、錐よりも鋭く氷柱よりも凍て付く赤い眼を感じながら。


 ―――準備は良いか、野郎ども。


 その号令が下る日は、近い。

 
 

sideC:民警のお二人の場合。

 揃って手紙を覗いていた相棒の顔が、なんとも複雑に歪むのをコプチェフは真横で捉えた。
 詰め所に届いた手紙は一応二通、それぞれの宛名で出されていたが、中身は一緒だった。
 念願かなって結婚をする運びになったこと、ついては親しい知り合いだけを呼ぶその婚儀に出席して欲しい、ということ。
 親しい知り合い、ねぇ―――と、思わずコプチェフは苦笑いを浮かべた。あの付き合いを経て親しいとするなら、友情を築くのはなかなかに困難だ。実際に幾多の困難を経て友人から相棒に、そしてそれ以上の感情を抱く相手へと彼は笑いかけた。

 「めでたい話だね」
 「どこがだよ」

 バサリ、と手紙を置いて振り返った黒眸は「本気でそう思ってんのか?」と言わんばかりに口元を曲げた。

 「よりにもよって、あの赤い化けモンだぞ?チビが結婚相手に選んだのは」
 「良いんじゃない?『念願かなって』らしいし」
 「どっちの念願かは知らねぇけどな……」

 蓋を開けてみたら騙されているか脅されているかしているのじゃないのだろうか、とボリスは邪推する。むしろ、結婚を心から喜ぶ差出人の姿より、無理矢理この手紙を書かされている背中を想像するほうが簡単だった。
 なんといっても、相手が相手だ。一体どこが気に入ったのか―――過去の因縁も大きいが、はっきり言ってそもそも性格的に合わない当の相手を思い出して、ボリスは苦々しい溜息を吐く。
 あれと結婚するならその辺の熊か狼かとでも結婚した方がマシだ。少なくとも、連中は銃弾が命中すれば倒れる。きちんとした生き物として存在している。

 やっぱり趣味が悪いのかな、あのチビは。と、ちょっとセンスがない髪型をしている顔が今幸せの絶頂な笑顔を浮かべているのだと思うと、世の中本当にわからないものだと思う。

 どうも納得いかない素振りのボリスに、対照的に明るい笑みを浮かべたコプチェフが尋ねた。

 「でも一応、招待状付きだし。行くんでしょ?」
 「あー……どうすっかな。正直、祝いたいとは思えねぇし」

 ぼやかれた言葉へ、コプチェフは嘘ばっかりとこっそり笑った。彼の先程言った赤い相手は兎も角―――招待状を送ってくれた結婚する差出人の祝福は、その胸の奥では間違いなくされているだろう事が良く解る。決して口にしないものの、何かと面倒を焼いてきている相手の幸せを望まないほど、この相棒は冷たい心を持っていない。
 後ろから漏れるクスクスという笑いに気づいたボリスは益々不機嫌そうに顔を顰める。ただでさえ人相があまり宜しくない顔を険しくした彼は、不器用な面を隠すように「ぶち壊せっていうなら、参加してやるけどな」と吐き捨てた。

 「どうせカンシュコフの奴が今頃頭に血ィ昇らせて叫んでるだろ」

 手にした手紙が『親しい知り合い』に送られたのだとしたら、間違いなく届いているだろう刑務所勤めをする友人を思う。服役中何かと世話になって、脱獄後もこっそりばれないように交友関係を築いている相手を忘れるほど結婚を決めた相手も浮かれていないはずだ。
 それが果たして良かったのか悪かったのか―――一時手から離れた胃薬をお守りに、勝ち目のない勝負へ挑む哀れな男へ加勢してやるのも悪くは無い。思わず自分の職業が何たるかを忘れて銃を触りだした相棒に、柔らかく窘める声が振る。

 「折角幸せになるんだ。祝ってあげようよ」
 「……なんだよ、ダチが凹むっていうのに見捨てんのか?」

 冷たい奴、と睨む黒い瞳に、あながち間違ってはいないけど―――と、コプチェフは微苦笑を浮かべた。

 「友情も大切だけど、一人が涙を飲む事で二人分幸福が生まれるなら諦める場合も有りだと思うよ」

 俺はね、とあくまで自分の意見だと付け加える。
 少数犠牲と多数救済の理屈は理性的だとは思うが、それが正しいとは言わない。既存する生命の数だけ存在する心情を合理非合理で解決するのが必ずしも良い結果を生むとは限らないし、何よりこの直情型の相棒へそれを求めてはいない。多くを犠牲にしてでも、自身が大切だと思った事を貫く強い信念を持つ相手だからこそ、長い付き合いを結ぶ事が出来ている。
 自分が持っていない、持っていても理想へ到達するには足りていないそれがあるからこそ、変わらずに惹かれている―――この手紙を書いた主達のように。

 ならばきっと惹かれず反発し合っているこの相棒とあちらの赤い彼は似ているのだろう。
 所謂、同属嫌悪というやつで。

 ―――そんな分析はさておき、コプチェフが結婚を祝っても良いんじゃないかと思ったのは、一応本心からだった。
 相手方の人格素行はどうであれ、本人たちが苦労の末結ばれたなら良いのではないか。一般的に広く受け入れられていないその想いを添い遂げさせる事が難しいのは、身を持って知っている。
 決意がつき、話がまとまっただけ拍手物だ―――なんといっても、自分達はまだ到達できていないのだから。

 「―――そうか。よくよく考えると、先越されちゃったわけだよねぇ」

 向こうの方が苦労すると思ったのに。

 どちらも色んな意味で意思疎通が出来ていない相手方よりは、付き合いも長くツーカーな自分達の方が余程優勢なはずだが。
 結局その長い付き合いの中であまりランクアップしていない関係性を思うとちょっと哀しくなってしまう。
 自分と相棒、どちらが悪いとは言わないが―――相手が天然の気があっても、最後の一言を言わないのはお互い様だ―――自身が保身的になっている自覚は、一応ある。
 熱が上がりにくく、理性的に物事を判断できる頭はこういう時は厄介だ。

 ―――その頭も、今受け取っている手紙を前にすれば、触発されたように感情を開花させられそうだった。

 そんなわけで。

 「ボリス」
 「ん?」


 「俺達も、結婚しよっか?」


 おどけるように、軽い調子で言われたその言葉に。


 後日、相棒の運転する車後部座席にうず高く詰まれた結婚情報誌を、彼は見ることになる。



*蛇足*
某お方が日記で結婚ネタ話してらしたので、便乗しました……

 



――――――――――
2010.5.2
4月分日記再録。