×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。







 コンコンコン。

 軽快なノックの音に、キレネンコはガチャリと扉を開けた。

 「こんにちは。キレネンコさん」

 ご機嫌如何ですか?―――と、尋ねてくる掌サイズのプーチンに。

 「………………」

 彼は、無言で扉を閉めようとした。




 ココロのトビラ。 …赤×緑






 「わわわっ!待ってくださいよ~、キレネンコさん!」

 『扉の向こうには何も見えませんでした』といった様子で閉め出そうするキレネンコへ、ドアノブを掴んだプーチンは慌てて身体を突っ張った。小さな身長では足が床につかない為、閉められる方の壁を蹴って隙間を確保する。
 全身の筋肉を最大限まで行使したアクロバティックな止め方に、流石に扉を引く手が止まる。無表情に見下ろしてくる赤い瞳へ、つっかえ棒状態のままプーチンが抗議した。

 「ひどいですよ、やっと開けてくれたのに閉め出すなんて」

 そんな事言われても、知らない。
 言うと泣かれてしまうかもしれないので胸の内だけで呟くと、キレネンコは足元付近のミニマムな相手から視線を上げた。

 そもそも、ここはどこだ。

 ぐるり見回した風景は、自分の記憶のどこにある場所でもなかった。
 そこは、白い部屋だった。
 白い壁が四方に伸び、白い天井で蓋をされている。手を置いているドアノブの扉も、やはり白い。
 中央には、ベッドが一つのみ。家具家電その他諸々は何もない。白い床には絨毯もなく、つるりとした材質不明の面がむき出しになっている。
 長い事入っているくすんだ監獄よりも、色調は明るい。けれど、殺風景で無味無臭な内装は監獄と同等かそれ以上だった。
 窓も換気口もないそこは外が昼なのか夜なのかも解らない。ひょっとしたら、外なんてものは存在しないのではないか―――そんな想像すら、過ぎる。
 自分の知らない白い部屋の中に佇み、キレネンコはノブへぶら下がっているプーチンへと向き直った。
 振り返った顔に、両手でノブを掴んだプーチンが嬉しそうに笑う。ぷらんと宙に浮いたまま、彼は「中に入れてもらえませんか?」と首を傾げる。対するキレネンコは首を縦にも横にも振らず、無感動な目をして言った。 

 「セールスは間に合ってる」
 「違いますよ」
 「宗教勧誘なら余所を当たれ」
 「それもしてません。……あのー、本当にちょっとだけで良いんで、入らせてもらえませんか?」

 ここに来るまでに結構疲れちゃったんで、と小さな顔が眉を下げて訴えてくる。うるうるとしている大きな―――身体も顔も小さいのに、やたらぱっちりと大きな―――見上げる緑の瞳に。漸く、扉が大きく開いた。
 途端、瞳を明るく輝かせたプーチンが「ありがとうございます!」と大きな声で礼を述べる。ぴょんっとノブから身を躍らせるて軽やかに着地した、キレネンコの靴のインチよりももっと小さな彼は、言われてもないのにてててっと中央のベッドを目指す。その小さすぎる背を追うようにして、キレネンコも扉の前を離れた。

 向けた背の後ろ、支えのなくなった扉がゆっくりと閉まった。


 





 ベッドまで辿り着いたプーチンは、よいしょよいしょとパイプをよじ登ろうとする。が、彼の身長より大分高さのある枠組みを登りきるのはかなり困難だ。自分の胴と同じくらい太いパイプにしがみついて登っているのか滑っているのか解らない状態になっている相手に、キレネンコが黙って掌を差し出した。

 「あ―――どうも、ありがとうございます」

 お邪魔しますね。と、素直にプーチンは掌の上へと膝を乗せる。土足では悪いと思ったのかサンダルを脱いでいる相手を乗せたまま、キレネンコは自分の身長よりもかなり低いベッドへと腰掛けた。

 座ったベッドは特別硬くも柔らかくもない。
 白いシーツを敷いた、白い部屋に溶け込むようなこのベッドに今しがたまで自分は寝ていたのだろうか。いや―――どうも気がついた時点でこの部屋に立っていた気がする。この怪しい、見た事もない、けれど警戒が全く起きないで落ち着きすら覚える部屋へ。
 もし気がついた時既に立っていたとしたのなら、入ってくるまでの経緯はどうだったのだろうか。一体どうやって、何を思って、この部屋へと来たのか。

 どうも微妙に思い出せずに首を傾げるキレネンコの手の上で、プーチンがキョロキョロと部屋を見回した。その目へ映るのは当然白一色だけなのだが、それでも彼は興味深そうな顔のまま感嘆の声を上げた。

 「きれいなお部屋ですね。真っ白で、何もなくって―――キレネンコさんらしいです」

 それは、褒められているのだろうか。

 どうとっていいのか分からず無反応の赤い眼に、「素敵だと思います」とプーチンが微笑んだ。他の者が言えば嫌味に聞こえるそれも、嘘もおべっかも言わない正直を絵に描いた彼が言う以上真実である。
 特に気を逆立てることなくそれを受け流したキレネンコは、掌にちょこんと正座している相手を改めて観察した。

 ほにゃんとした笑顔も柔らかそうなほっぺたも、髪を天辺で括っている頭も普段となんら変わらない。着ている囚人服がちょっと大きめだがそれは元からの仕様であり、とりわけおかしいわけではない。くりくりした大きな緑の目も、よく考えると最初からそうだった。違うのは―――人形程度にまで全体のサイズが縮小している、というだけだ。

 ふむ、と彼は思う。これは、これでなかなか悪くない―――と。

 その頭には、何故プーチンが小さくなっているのかという疑問は浮かんでこない。自分の居る部屋同様違和感というものが不思議と感じず、むしろ童顔の相手にはこれくらいのサイズがしっくり来る、とすら思えた。
 問題があるとすれば夜あれこれ致すのに難があることだろうか。大人と子供どころかマネキンと指人形のレベルまで大きさが離れてしまった相手に何かを出来る程鬼畜でもなければ、そんな可愛らしいサイズはしていない―――何が、とは言わないが。
 折角ベッドもあるというのに勿体無い話だ、とかなんとか無表情のまま考えているキレネンコの、その赤い髪の下で渦巻く内容など当然知らない小さな小さなプーチンは「でも良かったです」と笑った。

 「キレネンコさんが開けてくれて。正直、ここの鍵かなり頑丈で開けられずにいたんです」
 「そうなのか?」
 「はい。来るまでも、色んな部屋があったんですけどね。真っ暗だったり、鎖が一杯絡まってたり」

 扉が何重にもなってたり。入り口がどこにあるのか見えなかったり。
 透明な水の張った、静かな湖が築かれていたとこや。雨風吹き荒ぶ、嵐が巻き起こる場所や。
 「靴が沢山ある部屋もありました」という言葉には、無感動だった赤い瞳が僅かに動いた。
 ―――是非ともその部屋を見てみたいものだ。むしろ、手に入れたい。
 言わなくても伝わってくる心情に、掌の上でプーチンが笑みを深めた。

 「それから、階段ばかりのとことか、落とし穴付きの部屋とか。あと―――真っ赤な、部屋……とか」

 ぴた、と身振り手振りを交えて説明をしていた声が、止まる。一瞬目を伏せたプーチンは―――しかし瞬き一つ分もしない間に、また何時もの笑顔を浮かべてみせた。

 「本当に色々な部屋があって、大冒険だったんですよ!」

 興奮したように輝いている瞳に、キレネンコは分かるか分からないか程度の相槌を返す。
 相手が何故そんな大冒険をしてきたのかは分からないが、ともかく苦労して此処へ辿り着いたという事は理解できた。小さな体には特に怪我が見当たらないようなので幸いだ。
 スッとキレネンコが乗せている掌と反対の手を動かす。大抵こういう時は括った頭に手を置いてくしゃりと撫でてやるのだが、今のプーチンのサイズでやるとぐしゃりと握り潰す結果になる。それだとちょっと惨いと思ったため、とりあえず人差し指を立てると、指先で軽く頭を擦った。細心の注意を払って贈られた『よく出来ました』のサインに、プーチンは嬉しそうに―――ぐらぐらと揺れる頭にお星様が一瞬見えていたのはきっと気のせいだ―――顔を綻ばせる。浮かべたその表情が、数々の苦労をしてでもやってきて良かったと物語っていた。
 よいしょ、と揺れる頭を戻すと、プーチンが掌の上で姿勢を正した。

 「じゃあ、一応入れてもらえたんで―――帰りますね」
 「……帰るのか」

 あれだけ、苦労して来たと言ったばかりだというのに。えらくあっさりと退室の挨拶をするプーチンに、逆にキレネンコの方が複雑になった。もう少し、居座るくらいの未練を見せたらどうだ―――と。
 何か言いたげにしている赤い瞳に、けれどプーチンは「お邪魔しました」と言ってひらり掌から飛び降りてしまう。思わず指で摘もうと手を伸ばしたのだが、意外とすばしこい小さな背中はそれを掻い潜って走ると白い扉の前へと立った。
 カチャリ、とノブが回る―――遠近法のせいなのか、ノブへ手をかけている背丈が先程より大きい気がする。入ってきた時はぷらんと浮いていた足が床についているのは、括った頭がノブより高い位置にあるのは、気のせいなのだろうか。
 白い扉は押される手に逆らうことなく、白い壁との間に隙間を作っていく。その向こうには白い部屋の外が広がっているはずだが―――扉より先の風景は、キレネンコにはよく見えなかった。
 生まれた隙間に、するりとプーチンが体を滑り込ませる。体を部屋の外へと置いた彼は、一人部屋に残るキレネンコに笑いかけた。

 「それじゃあ―――また開けてくださいね」

 音もなく閉まってゆく扉の向こうでひらひらと手が振られる。その姿が完全に隠れる直前、

 「今度からは、勝手に入って来い」

 ―――鍵は、外したままにしておいてやるから。

 そう、感情のないままの瞳をして言った部屋の主に。扉の向こうで、頷く気配があった。











 ゆさゆさゆさ。

 軽く体を揺さぶる振動に、キレネンコはぱちりと瞼を開けた。

 「おはようございます、キレネンコさん」

 ご機嫌如何ですか?―――と、尋ねてくる成人男性標準値より小さいサイズのプーチンに。

 「………………」

 彼は、無言で括った頭を抱き寄せた。
 


 (ココロのトビラは、開いていますか?)
 



――――――――――
2010.5.8
本当はきちんと纏めた話にしたかったんですが、挫折。
ネタとしてだけ投下。