捧げ先:藤野啓太様
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※注意※
・基本設定完璧無視。
・緑→天然最強妻。
・赤→ヘタレ旦那。
・弟→苦労人。
・なにそれと思った方はブラウザバックして下さい。

スクロールにて表示です。













































 妻が夫に夢中なときは万事がうまくいく―――そんな格言があるように、反抗せず反発せず、此方を立て世話を焼き、常に黙って三歩後ろをついてくるような 相手は好ましい。慎ましやかで控えめな伴侶を持てば人生の行路は安泰だ。
 そんな訳で料理から車の修理まで出来て「おい」と呼べば「はい」と返し、どこまでも付き従ってきた相手は出会った瞬間から、まさに運命の人。共に居続ける事に何の疑問があろうか。

 ただ―――どんな円満な夫婦であっても、喧嘩の種が全くないなんて事はない。

 隣の小母さんは鶏が卵を生まないと椅子を投げるし、東二軒向かいのお爺さんは朝食のカーシヤが硬いと皿をひっくり返す。
 そしてアパートメントの一室では、滅多にない口論が繰り広げられていた。



めおとぜんざい。(おかわりはもう結構です) …赤×緑+弟



 「―――酷いです、キレネンコさん!何でこんなこと……こんなこと、するんですか!」

 涙声で叫ぶプーチンに、向き合った相手は答えない。糾弾されているのが自分だと理解しているのかすら怪しい、無気力で光のない目は『だから?』と言っているようにも見える。
 弁解も反論もしない、見方によっては冷徹なキレネンコに対して言い募っても無駄なのは長い付き合いで解っている。それでも、プーチンは叫ばずにはいられなかった―――あまりに非道な、彼の所業に。



 「なんで?なんで、また―――また、コマネチのお母さん食べちゃったんですか!」



 酷過ぎます!コマネチが可哀想です―――!!

 そう訴えるプーチンの後ろには、ずらりと並んだ親鳥の遺影が飾られていた。一、二、三―――と数えて両手の数を越してしまった辺りから見るのが嫌になってくる弔いの証拠は、キレネンコの食事記録でもあった。みてくれ割合に味としては割と悪くない鳥は、何でも食べるキレネンコが見つけてはその胃袋へと納めていっている。
 すでにそれだけの数を食している時点でもうコマネチの母親と断定は出来ないだろうだとか、見た目アレげな容貌をしたその鳥を『母』に分類するのはおかしいだろうとか突っ込みどころは色々あるのだが。その最先端としてはキレネンコが踏みつけているコマネチ自身は自分の母だか父だかただの同族だか知らない手合いがいくら食べられても気にしていない、逆に羨ましげな表情を浮かべるところだろうか。プーチンが言うような可哀想な様相はさっぱり伺えない。

 ―――だというのに、何故か自分が怒られてしまっている。

 ギロリ足元で悦に入った声を上げる黄色い毛玉をキレネンコは睨みつけると、腹いせ紛れにぐりぐりすり潰す。途端、嬉しげな嬌声と悲痛な悲鳴が異なる場所から上がった。

 「何してるんですか、キレネンコさん!酷いです!虐待ですよ、DVですよ!!」
 
 バッと悦んでいるコマネチを奪取すると、庇うようにプーチンは胸へと抱き寄せる。
 憮然として仁王立ちするキレネンコ、泣きながら我が子―――もといコマネチと、それを傍観するレニングラードを背に庇うプーチン。
 どこからどう見ても、立派な家庭内暴力の現場だった。
 ご近所の方が覗いて通報でもしてくれればすぐさま民警の手で法的措置がとられる状況なのだが、第三者が手を出しにくいのがこの犯罪の厄介なところでありキレネンコはそれに助けられる形となっている。仮に「ついに年貢の納め時だ」と因縁のある民警コンビのお縄にかかって法廷に立たされたら、弁護人もつけられることなく死刑宣告がされただろう。
 物的証拠なんてなんのその、証人喚問の席でプーチンがぽろり一粒涙を零して「酷い事をされたんです」と訴えればそれだけで有罪確定。即時判決言い渡し、シベリア送り確定。
 前科と合わせて懐かしい刑務所へ逆戻りした彼を古馴染みの看守はさぞかし良い笑顔で迎えてくれるだろう―――棍棒を片手に構えて。
 天秤のように公正と公平を掲げる陪審員裁判など、所詮そんなものだ。
 最も―――ある意味、そんな魔女裁判と現状はあまり変わりなかった。

 「……食料な以上、食ったって問題ない」
 「ダメです!エンゲル係数が高くなるんです!」
 「……それに、それは痛がってない」
 「ダメですっ!キレネンコさんがそういう趣味なんだって思われちゃいます!」
 「…………違うのはお前が一番良く知」
 「ダメったらダメっ!ダメなんですっ!!」

 と、何を言っても一方的に全否定されてしまうのだから、公平な判決など下るわけがない。
 ここで通常のパターンなら、元々喋るのが不得手なキレネンコが言い訳をするのを止めるか、元々お人よしのプーチンが言い過ぎたと自省して許すか、もしくはとりあえず押し倒して流して有耶無耶にしてしまうか、何らかの選択で割と平穏に解決するのだが。

 ―――今日は、どうも雲行きが違った。

 哀しいかな―――その事にキレネンコが気付いたのは。もうすでに、決定的に。手遅れな段階にまで、陥ってからだった。 


 「………………キレネンコさん」

 落涙し、激昂し、ダメの一点張りだったプーチンが。唐突に、喧嘩相手の名前を呼んだ。
 通らない主張に些かむくれていたキレネンコは―――その声が静か過ぎるほどに静かなことに注意を払わないまま―――反射的に顔を上げる。何だと問いかける赤い瞳に、プーチンはにっこりと―――それは一瞬キレネンコが喧嘩をしている事も忘れて見惚れる程に、鮮やかな微笑を浮かべた。

 「僕、キレネンコさんの事が好きです」
 「……………………」

 ―――何を今更、そんな当たり前の事を言っている。
 キレネンコは尊大にも、無言でそう思う。
 プーチンが自分の事を好きなのは当然であり必然である。太陽が東から西に動くのと同じ世界の理であり、そうでなければならない事項なのだ。それ以外の答えなどあるはずがない。
 自信を持ってそう断言できるのだが―――思いつつ、赤い瞳が微妙にたじろぐ。


 じっと見上げてくる、自分のことを好きだと言った相手の、その緑の瞳に。常ならない、冷えた雰囲気があるような気がして。


 押し黙ったキレネンコへ、どこか諦めた様子でプーチンは緩く首を振った。
 
 「でも……駄目だって言ってるのに、解ってくれない人は―――嫌いです」

 高価な靴を買う時には一度相談するように言ったのに黙って買う事とか冷蔵庫の名前を書いた食べ物は手をつけないよう約束したのに食べてしまう事とか夜の事とか夜の事とか夜の事とか。
 一緒に生活する上でささやかな事柄ではあるが話し合って方針付けしているのに、それを聞いてくれないような相手は。幾ら本人の事が好きでも、その部分だけは。


 き ら い で す 。


 一句一句、区切るようにして、はっきりと、明瞭に伝えられた言葉に。 
 何か反応を示す前に、襟首を掴んだ手によってキレネンコはアパートメントのドアからぺいっと放り出された。

 小さいくせに割と腕力があるものだ―――いや、そうではなく。

 滅多に揺らがない無感動な赤い目が若干の焦りを浮かべて振り返った先、プーチンがにっこり笑う。

 「反省したら、戻ってきてくださいね」

 語尾にハートマークでもつけていそうな、弾む声を隔てるように閉まったドアの前。
 赤髪から生える安全ピン一つつけた架空の長耳が、へにょっと折れた。





 

 アポイントメント無しで訪れた屋敷は顔を確認しただけであっさりと上げられた。入れなかったら入れなかったで実力行使するだけなのだが、応対した相手が顔見知りであろうがなかろうがこの容姿では 止める筈がない。
 十数年来の元自室へ舞い戻ったキレネンコへ、今や一人部屋の主となった同じ顔の相手はその表情を露骨に歪めた。

 「戻る気のない実家に戻ってくるな」

 遠慮はばかる事無く吐き捨てられた言葉へ、同じく顔を顰めたキレネンコは胸の内の呪詛を思念にして送った。

 ―――煩い愚弟。兄が戻ってきたのだから、両手を広げて歓迎しろ。

 実際そんな事されたら引くが、しかし、ここまで冷ややかな対応も如何なものか。仮にも、血の繋がった兄弟だというのに。
 何時もなら露ほどにも思わないことも、プーチンに追い出されて傷心気味な胸には堪える。ぐさぐさ、抉る音が耳に聞こえるようだ。
 どんよりとした影を見え隠れさせている猫背を、キルネンコは鬱陶しそうに見やる。『ほざくな失せろむしろ死ね』ときっちり呪詛返しをした彼は、今回が初見ではない迷惑な客へしっしっと手を振って退室を促した。

 「余所に行け、余所に」

 知り合いの看守のところでも民警の元でも好きに行けば良い。どこに行っても皆大歓迎してくれるだろう―――親指を地面のほうへと立てて。
 実際に心中自らそのポージングを示しながら告げるが、キレネンコの抱えた膝は解かれない。
 正直、その姿自体視界へ入れたくない。意気消沈して体育座りをしている自分もどきなど、見たいはずが無い。
 昇り立つ煙草の煙をフィルターにして目を逸らしながら、キルネンコは溜息をつく。何故毎度、家を捨てた兄とその同居人との喧嘩の巻き添えを食わなければならないのか。

 原因は聞いていないが、大方くだらない事だろう―――勝手につまみ食いをしたとか飼ってるペットを蹴ったとか。靴を買い込みすぎたとか冷蔵庫のチェリーパイを無断で食べたとか。向こうがもう駄目だと言っているのにしつこく迫っただとか。道具は嫌だと言うのに何か使っただとか。所詮そんな、

 「いかがわしい想像でアイツを汚すな」
 「してねぇよ」

 というか、人の思考を盗み見るな。

 あながち的外れではない推察は、許可なく意識をシンクロさせてきた片割れによって遮断された。
 殺気も顕に睨む赤い眼に、げんなりしたキルネンコの顔が映る。

 「第一、実際に汚してるのはどこのどいつだ」
 「俺がするのは構わん。むしろ、当然だ」
 「……自慢げな顔してんじゃねぇ」
 
 無表情なキレネンコの顔にはっきりと勝ち誇った表情を見つけられたのは、流石兄弟といったところか。ちっとも嬉しくない―――しょげていた顔から一転嫌な明るさを戻した顔へ煙草を押し付けたい気持ちをぐっと堪え、灰皿で揉み消す。いつになく早いペースで積み上げられる吸殻は彼の心中を量るに十分だ。
 新しい煙草を引き抜きながら、キルネンコは疎ましさを倍増させた相手をどう対処すべきか考えた。

 ―――いっそのこと、此処からも摘み出してやろうか。

 頼る先がないなら公園でも駅のホームでも橋の下でも、家出人には相応しい寝場所が外には多数ある。段ボール箱に納まって「拾ってください」とでも書いておけば通りがかった酔狂な誰かが拾い上げてくれるだろうし、そうでなかったとしても自分への被害はないので一向に構わない。

 それに―――もし、仮に、たとえとして。
 『運命』というものが存在するのなら。偶然にも拾い上げる手は、待ち人自身の手かもしれない。

 喧嘩をして、追い出して、それでもわざわざ迎えに来る相手の―――

 「……そろそろアレも、愛想を尽かせば良いだろうに」

 苦言を繰り返しても聞く耳を持たず自制も自省もしない相手へ、どうして付き随うのか。家父長制など今時流行らない―――亭主関白を地で行く男と添うのは相当の忍耐がいるはずだが。
 今一度別れるように水を仕向けてみようか。その後の生活と心身の保障は永久的にしてやるから安心しろと言って身元引受けをしてやれば、あちらもこちらも万事円満解決する。
 成程、中々悪くない考えだ―――思い付きを実現すべく算段していたキルネンコが、ふと顔を上げた。

 「…………なんだ」

 円満解決策の中、一人はみ出される相手から送られる視線に眉を寄せる。無感動な、左側は元自分のパーツである双眸の奥に浮かぶものが何か―――それを見つけるより早く、解りやすく向こうの口元が上がった。
 フッ、と。まるで普段キルネンコがするように冷笑を刻んだキレネンコは肩をすくめてみせた。

 「叶いもしない思いを馳せるのは、哀れな行為だと思ってな……」
 「………………」


 だから、人の思考を、盗み見るなと言っただろうが。


 完全上から目線の憐憫に。静かな怒りを抱いた手の中で、煙草がベキリと折れた。








 灰皿が投げつけられるのが先か、応接テーブルが蹴り上げられるのが先か。
 一触即発な空気が充満する部屋で動いたのは―――キレネンコの方だった。

 「キレネンコさーん!」
 「!」

 廊下で響いた声にぴょこんっと肩どころか見えない長耳まで跳ね上げた相手を、向かいの赤い瞳がジト目で見る―――どれだけ単純なんだお前、と。
 先程と立場変わって蔑視に近い視線が向けられる側になっているにも関わらず、キレネンコがそれに気付く様子はない。ソファの上で長身をソワソワと落ち着きなく揺らす。席を立たないのは僅か残ったプライドだろうか―――もうそこまで行き着いたら見栄も何もあったもんじゃないだろうが。
 パタパタと近づいてくる足音を聞きながらか、キルネンコは額を押さえた。

 「―――キレネンコさん!」

 バンッ!と礼儀も何もなく大きく開けたドアからプーチンが飛び込んでくる。呼ぶ名もそうだが、心配そうに歪められた緑の瞳に映るのは探し人だけであり、立ち入る部屋の主人の方へは目もくれない。
 天然の割に大概いい度胸をしている―――頭を鉛弾で打ち抜かれても文句を言えない行為を平然とやってのけたプーチンは特に制裁を受けることなく、キレネンコの前に立つ。
 走ってきたせいか切れた息を整えながら、彼は口を開いた。

 「キレネンコさん、此処に居たんですか……探したんですよ?」
 「…………………」
 「どこに行くか聞いてなかったから、すごく探しまわったんです……」
 「…………………」
 「もし……出た先で事故とかあってたら、どうしようかって……僕、本当に心配で、心配でっ……」
 「…………プーチン」
 「ぐすっ、ぅ……こんなことなら、お夕飯のお肉食べた事とか、僕じゃなくてコマネチと遊んでた事とかに、怒ったりしなきゃ良かったって……っ」
 「…………悪かった」
 「……ううん。僕も、ごめんなさい。あの……嫌いだって言ったのは、嘘ですから……」
 「知ってる」


 お前が、嫌うはずがない。


 言葉にしないまま、キレネンコは真向かいの顔へ手を伸ばす。指先が滲んでいた涙をそっと拭えば、見下ろす緑の瞳が柔和に細められる。向けられるそれは、アパートから摘み出した際に向けてきた微笑とは全く異なる―――何時も自分へと向けられる、愛して止まない温かな笑顔だった。
 どちらともなく、互いに手を取る。一瞬でもすれ違った心を通わせるように指を絡めれば、謝罪の言葉はそれ以上不要だった。
 繋いだ手の先で、普段の不遜さを戻したキレネンコが無言でソファを立つ。それまで根が張ったように動かなかったのが嘘のように、踵を返す足取りは軽い。
 向かうのは当然、自分が本来居るべき、帰るべき場所だ。
 プーチンさえ迎えに来てくれれば、こんな場所さっさとおさらばだ―――同じくその場所へ戻る相手を、早く帰るぞとばかりに引っ張る。
 迎えに来てから早々、お茶の一杯もご馳走になれず帰らされるプーチンは、しかし嫌な顔一つせずにその背へ従う。強要でも強制でもなく、自分の意思から付いていくことを選択する彼に、手を繋ぐ相手と同じく迷いはない。
 幸せオーラを部屋一杯に撒き散らした二人が揃ってドアを潜ろうとした時。思い出したように、プーチンだけが振り返った。

 「お邪魔しました!」

 帰る間際になって漸く部屋の主であるキルネンコを見た緑の瞳が、にこやかに一笑して告げた。
 対するコメントを返すより先に、その笑顔を見せるのが勿体無いとばかりにもう片方の退室者がドアを閉める。結局、そちらから挨拶は返らないままだった。
 ヒュウ―――と吹くはずのない風を室内に湧いたのを証明する煙はない。常用する煙草を引き抜く気力は、最早起きない。

 至って、何時も通りの結末だ。
 何時もの通り、深刻さも危機感もさっぱりない、喧嘩の顛末。

 閉じられた扉の向こうで「今日のお夕飯代わりは何が良いです?」「お前」と小さくなっていく会話を聞くともなしに聞きながら。一人部屋へ残る形となった彼は、ふと、ある格言を思い出した。


 夫婦が喧嘩するのは互いに言うことが何もないからである。それは両者にとって時間をつぶす一つの方法なのである
 ―――モンテルラン 『若い娘達』



 「……………………」 
 
 ならばその度に付き合わされる自分は何なのか―――ただの暇潰しなら余所でやってくれ、と肩を落とす赤髪の上で安全ピン二つつけた架空の長耳がへにょんと折れた。



 忠告:痴話喧嘩は、ほどほどに。
 



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2010.5.25
『joyride』の藤野啓太様が引き取ってくれました……!な、なんて寛大なのあのお方!!
本当はゴミ箱行きだった物を電波的シンクロを感じるまま未練がましく引き上げたところ、
温かい激励を頂いたのでもうその場の勢いで押し付けました。えぇ、まさに押し付けたが正しい。
私的設定も丸出しでアホみたいな話なのに本当、失礼すぎや自分……!
そんな恥知らずにも優しく接してくれる女神様のサイトは、正真格好良い赤と正銘可愛い緑で溢れていますよ!!
だからこそ余計に恥知らずだと思うんだ自分……

2010.5.18
色々とごめんなさい……
最早パラレル分類。