※注意※ ・明るさはあまりありません。 ・緑がなんだか可哀想です。
炉心溶融(メルトダウン)地点。 …赤×緑 どうしようどうしようどうしよう。 頭の中が耐熱限界を超えて、壊れてしまいそうだ。 「キレネンコさん、朝ですよー」 檻の外に見えない太陽が昇る、起床の時刻。シーツを被っている隣人をゆする。一足先に起きて同居者を起こすのは刑務所に入ってからの日課だ。 「キレネンコさーん、朝ですー。起きてくださ~い」 ゆさゆさと、シーツの下の体を揺らす。控えめに、というよりは少し強い力で動かしているのだが、枕に埋まる赤髪は起こされる素振りがない。 「おはようございます、キレネンコさん」 今日も良い天気ですよ―――確認の出来ない外の様子を想像して告げる。晴れでも雨でもこの狭い檻での生活に変わりはない。起床の時刻が来て、点呼がとられて、そこから決められたタイムラインの一日が始まって。夜眠る時間が来るまで同居人と顔を合わせた生活を送る。些細な外的要因では何一つ崩れ変化することのない場所で、変わることのない赤い瞳を見ながら過ごす日々はそんなに悪くはなかった。 その答えは、思いがけず向こうから伸びた手が行った。 「―――!?」 見惚れていた赤い瞳に変化を示さないまま、頭を強く引かれる。全く予期していなかった動きに首の筋肉でブレーキを効かせることも出来ずにまともに突っ込む―――相手の、眺めていた目の真上に。 「んっ―――ふ、ぅっ……!」 ベッドの縁に手を突いて起き上がろうとするものの、後頭部を押さえる掌一つで動きを制される。もっと言えば、口内を舐め絡む舌の動きに思惟が奪い去られ、動くという命令を脳が下せなくなっている。 なんなんだろうこれは。 理解できない事態に、混乱して止まりかける意識に。それでもきゅぅっと舌を強く吸われた瞬間背筋を駆けたものに、神経は完全に停止せずびくりと体を震わせる。 布一枚巻いてずっとこちらへ向けらていた瞳と隔てる。けれど、自分の眼球へ焼き付けて帰ってしまったのか、薄暗くなった視界の先にはあの無感動な緋色の双眸が浮かぶ。目を閉じても開いても消えない色に、体温が急上昇した。 ―――なんでなんでどうしてなんで? ぐるぐるぐる。 平然としたまま、自分を見て。 いやいやいや。
*蛇足* 緑は赤がプラトニックだと思っておりました。 ―――――――――― ※上の続きです。
A convict cage. …赤×緑 ―――逃げられた。 シーツを被って団子になっている隣人を見る。人を起こしておいて、自分はまた寝る気なのか。 欠伸一つ―――まだ、眠い。途中で邪魔された自分の眠りは、羊を数えるまでもなく簡単にやってくる。 降りていって向こうのベッドで続きに興じても構わないが、今はそっちの欲求よりよりも純粋に惰眠を貪りたかった。本能が告げるまま再度伏せる。手を出すのは目覚めた後でも、それよりもっと先でも問題ない。 どうせ逃げ場はない―――狭い檻の中一角に居続けるしか、ない。ならば状況はこちらの物だ。 布を引き剥がすのも組み伏せるのも。いつでも容易に出来る。 気の向いた時に。気の向くままに。この手で。
一眠りした後の、お楽しみといこうか? ――――――――――
IMITATION LOVER. …弟→←緑 唇へと刺さってくる、硬質な歯の感触。 柔らかな肉に牙が深く、止まる素振りなく埋まるを察知して目の前の胸を叩く。一瞬加減をするのを忘れて拳で強く、殴るように叩いたというのに―――びくともしない。 身を抱きすくめる腕との、明らかな腕力差。見せ付けられたどうしようもない力量に愕然と開いた目に、至近距離の目が愉しむように哂った。 「…………っ、!」 ガリッ―――耳へ、塞がれた口の内側から直接音が響く。 「なんで―――なんで、こんなことするんですか……!?」 まともな返答が一度も返ってきたことのない問いを、それでも尋ねずにはいられない。熱と痛みと、行為の残りでじんわりしていた目元が、更に他の感情を付与されて熱くなる。 「こういうことは……好きな人と、することなんです……!」 口付けを交わすのも、頬を柔らかく撫でるのも。間に挟んだ傷つける行為を除いて、全て特別な相手とだけ成立する事柄だ。だというのに、肩を軽くすくめてみせた相手がそれを理解した様子はない。その口から紡がれるのはいつだって、どこかずれた―――氷塊のような冷たさのある言葉ばかりで。皮膚を裂いた牙よりも鋭利に、心へと突き刺さる事がある。逸らした視界から盗み見た赤い瞳はそれを裏付けるよう、温度がない。 「気に入った、と言っただろう?」 そう、振り絞るように、叫んだ想いは。
「愛情?何だ、それは」
鼻で笑う、せせら笑いが。整った顔に張り付いた笑みが、深められていくのに。声を失う。
紙一枚挟まる余裕ない距離で向き合っていて尚、この人は。
「なら、『愛してる』とでも言ってやれば、服の一つでも脱ぐのか?」 特別な一語を殊更強調するようにして、囁く声。言葉戯びを愉しんでいるだけの相手を、食まれた手で突き飛ばす。抵抗なく生じる隙間から翻した身に、赤い眼が薄く哂う。 走って、走って、逃げるように、走って。 千々に千切れそうな心を抱いたまま、止める事の出来なかった涙が伝うまま。追いかける手のない後ろから、只管。只管、逃げ走る。
―――その手が捕まえてくれたのなら、こんなに悲しくなんて無かったのに。
なんて、ひどい、ひと。 ―――――――――― ※上の続きです。
ココロ、オドル。 …弟→←緑 バタバタと騒々しく駆ける足音が遠のく。静かになった場所で一人、満たす感情に浮かぶのは自覚できるほどの満面の笑みだ。 愉しい―――本当に、この上なく。非常に、愉快だ。 愉悦に持ち上がった、濡れた唇を舐める。 表面に残る、自分の物ではない錆の味―――泣いて逃げ出していった、オモチャの味。
――――――――――
嗤フ、イカサマ師。 …看守→←緑 「僕のこと、どう思いますか?」 一瞬、手札の揃い具合を見ていた目が止まる。飛んでくる視線から隠れるように、カードの向こうへプーチンの顔が隠れた。 「……そうだなぁ」 クラブか、ダイヤか。8より強い数字はないか。手札のカードを選ぶフリをして、カンシュコフは向かいの表情を伺う。ポーカーフェイスの出来ない正直な相手は、眉を寄せてカードを握っている。形勢逆転の一枚は、どうやらその中に含まれてはいないようだ。 「チビで、」 クラブの6。 「やかましくって、」 ダイヤの9。 「馬鹿が付くくらい、どうしようもない―――お人よし」 ハートの12。
パタッと、プーチンが手札を倒す。散った一ケタばかりの弱小カードの集まりに、カンシュコフが笑った。 「もう一回。お願いします」 ま、良いけど。 勝つのは悪い気分ではないし―――顔に似合わず賭け事の好きな相手の、何度目かの『もう一回』にカンシュコフは付き合ってやる。 こういう奴なんだから、仕方ない。 チビでやまかしくてお人よしなのをどうしようもないのと、同じように。 先の質問とは若干異なる言い方と―――カードから上げて、真っ直ぐ見つめてくる目に。連勝が確定して揺さぶられる要素のなかった胸が、揺れた。 ハートの10。 「お前のこと、」 スペードの13。 「……家族みたいに、思ってる」
手札を―――全て、出し切る。
「……そっか。」 ぱたん。とプーチンのカードが、広げられる。7を筆頭に、相変わらずの弱い手札。 「遊んでくれて、ありがとうございます。それから―――家族みたいだって、言ってくれて」 「嬉しいです」と言って穏やかに笑うプーチンに、カンシュコフも笑う。笑って、隠さず出されたカードと隠して出したカードを、手のうちへと、かき集めた。 一番弱いカードを重ねて出した卑怯を、馬鹿がつくくらいのお人よしは責めなかった。
本当は、伝えたかったんだ―――好きだ、と。 *蛇足* トランプのルールは考えてないので見逃してください…… ―――――――――― 2010.6.9 5月分日記再録。 戻 |