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 お星さま キラキラ 空から 見てる ―――そんな歌を、遠く聞きながら。

 「…………」

 何故自分は、こんなところに居るのだろう。

 スニーカー雑誌も取り上げられて棒立ちしているキレネンコは、思った。



星に願いを 君には愛を。 …赤+弟+緑+α



 広い敷地内の広い庭、ぽっと出現した大きな笹。宝石箱をひっくり返したような満点の星空の下、緑の枝葉を囲む声は場違いに高く明るい。
 本当に場違いだ―――闇夜より暗い世界に息衝く場所で、普段は男達の気に障らないよう口を噤んでいる女中がきゃあきゃあ騒いでいる。躾けてはいても職務意識を取り払ってしまえば所詮小娘である。
 その中心部で跳ねるちょんまげ頭は一際異質だ。足元にいつもどおり、ヒヨコとカエルを従えて光溢れる笑顔を振りまく存在は、この場所において完全なる異邦者だった。
 けれどその人物こそが、この騒ぎの立案兼企画兼実行担当者だったりする。ついでに交渉と勧誘も手がけている。

 「今月は七夕がありますよ!」と、月の初めから浮かれていたプーチン―――年間行事を例え自由のない檻の中でも騒がなくては気が済まなかった彼にとって、今日の星合の日も外せない科目らしい。
 子供のような目を本当に子供のように輝かせながらカレンダーを一顧だにしない厭世な同居人を引っ張り出したのが夕方、連れて来た相手の生家で準備を整えたのが宵の口、そしてわらわらと人が集まってきたのが一番星昇る頃。
 梅雨の季節には珍しい、雲ひとつない星月夜。主催者がここ数日てるてる坊主を熱心に作ったためかもしれない。場所と騒ぐサクラを貸した相手の影響を受けて雷雨になるだろうと思っていたキレネンコの予報は見事に外れた。
 そしてコイツもコイツで何故承諾したのか―――同じように担ぎ出された、七夕の事などさっぱり記憶していなかっただろう赤い旋毛を見。すぐに、理解した。
 昔から突拍子もない、変てこな事を面白がるフシがあった。熱心に交渉してくる相手を良い暇つぶしとでも思ったのだろう。後で交換条件の類を出していないか、よく確認しておく必要がある。
 準備よりも格段に厄介な事後処理の担当は紛れもなくキレネンコである。吐く息が嘆息になるのも仕方あるまい。
 そんな人垣に囲まれた笹から離れ、ちっとも企画を楽しんでいない彼へ。誰よりも七夕を楽しんでいる主催者の声が響いた。

 「キレネンコさーん!」

 夜が深まる中でもやたらと元気な、大変ご機嫌な声。ニコニコ笑顔で「ちょっと来てください!」と手招きされ、キレネンコは微妙に顔を顰めた。
 手を振るプーチンに応じてやるのはやぶさかではない。しかし、その周りに居る女どもの中へ寄るのは非常に面倒である。頬を染めて向けられる目の鬱陶しいこと―――世の同性が聞いたら逆上しそうな事も、彼にとっては真実だ。
 だが幾ら不快に感じても、自身の何万分の一しか力がない相手を手を上げて追い払ったりは―――道徳だとかの前に、それを目撃する緑の瞳があるがため―――出来ない。精々舌打ちしてトラウマ必至の目つきで睨む程度だ。

 「―――ご指名だ」

 くっくっと嗤う横顔を、対女性の目以上に険しくしてキレネンコが睨む。逆に選ばれなかった事を皮肉ってみても、頬撫でる宵の風程度にしか感じないだろう。挿げ替えていない側の面の皮が厚い事はよく知っている。
 そして向こうもキレネンコが群れる事を心底嫌悪していると重々承知しており、その上での発言である。腕力は同等でも喋る事に関してはあちらが上だ―――似通う双子の特性に則らず、無駄口ばかり叩く。
 明らかに愉しんでいる、澄ました顔の右方へ蹴りでも入れてやろうとキレネンコはスニーカー履く足を上げ、

 「早く早く!」

 離れた場所から急かす声に、仕方なくそちらへ靴先を下ろした。
 人を小馬鹿にした赤い眼と眼力勝負するよりは、好奇の目に晒されている方がまだマシだ。それに、下手に待たせたら指名が横へ飛び火しかねない。ついたら最後、来てからずっと一応は我慢している不満に引火して笹ごと燃やしてしまう自信がある。
 そうなれば折角晴れた空も忽ち催涙雨に見舞われるだろう。緑の瞳から零れる水で天の川はあっという間に増水し、寄ってきていた心も何万光年の距離を作ってしまう。
 そう自己へ言い聞かせ、気の向かない渦中へと赴く。その背が、不意に呼び止められた。

 「キレ」

 古馴染みの呼称に反射的に目をくれて―――つい反応してしまった事に、キレネンコは舌打ちする。
 染み付いた記憶は中々消えない。耳にしなかった期間は付き合ってきた歳月からすればほんの微々たるものだ。良くも悪くも優れた反射神経を衰えさせるには短い。最も、呼ばれていた頃も必ず振り向いていたわけではないのだが。
 呼んだ相手も応じた自分も気に食わない、といった風に歪む顔に、キルネンコが嗤う。愉快そうに赤い瞳を眇め―――そこにほんの僅か、真実の笑みを織り交ぜた彼は、憤然としている同じ色の目に手の物を揺らして見せた。

 「後で付き合え―――他の連中は話にならん」

 星明り反射する、透明なボトル。星に願うより確実に夢が見られるスピリッツは、一般家庭では到底手に入らない一級品だ。
 それを囲むにあたり話にならないのは勿論規格外のワクをしている当人のせいである。かくいうキレネンコも同様の規格外であり、かねてから酒を酌み交わす相手は大変不本意ではあるがいつもこの片割れだった。鏡を据えて杯を傾けているような、珍妙でけれど違和感はな かった酒席は過去の遺物になったと思っていたのだが、一体何の因果か。星の定めというなら迎合したくはない。

 ただ。中々口にする機会のなくなった高級酒を存分に飲む事に関しては―――悪くは、ない。
 
 「樽で出しておけ」
 「もう言ってある」

 言われなくても、それくらいやっている。
 思いやりではなく、あくまで自分の為。迅速な手配へ当然賛辞は返らない。
 上げられた口元も確認しなかったたキレネンコは、背へ届く嗤い声を今度はちゃんと無視をした。



 「キレネンコさん!」

 漸くやってきた長身に嬉しそうに笑うプーチン―――と、小さく湧く黄色い歓声。地獄耳でなくとも聞こえる後者の声は大変耳障りだ。
 顔が認識できる距離になっても嫌気を隠そうともしないキレネンコに、けれど流石マフィアの屋敷に奉公しているだけあって集う面子は思っていたほど怯まない。浮かぶ表情は違えど、同じ顔を持つ主人に見慣れているのもあるからだろう。
 ならば今更その見慣れた顔に騒ぐ事はなかろうと思うのだが、女性の心理は複雑に出来ている―――それとこれは別、だ。
 不要な顔触れ全てを視界からシャットアウトしているキレネンコの、紅い双眸に唯一認識されているプーチンが興奮した面持ちで笹を指差した。

 「この星を、笹の天辺につけて欲しいんです!」
 「…………」

 どうも七夕をクリスマスと勘違いしているらしい、背丈低い相手の頼みにキレネンコは黙って星を受け取る。金色の折り紙で作られたちゃちな星より輝く笑顔に否とは言えまい。
 天辺となると流石に遠い。妥協して手の届く範囲最高位に取り付けてやると、元からそのつもりだったのか「あとこれも、あれも」と際限なく紙切れが手渡される。拒否する気も起きず機械的に星やら輪飾りやら短冊やらを吊るしていった結果、緑一色だった笹はあっという 間に鮮やかな色で埋まった。

 高くに結ばれた願いを乗せた短冊と、更なる上空に広がる星空。
 見上げる先は、一瞬自身の立ち位置を忘れるほど美しく―――荘厳で。
 集まって空を仰いでいる顔は自然、穏やかなものになる。

 ―――その中で、ただ一人。願いも星も全く興味のない、無表情なキレネンコはふと枝へ結びつける手を止めた。
 笹の葉と同じ、萌黄色の短冊。作業上見るつもりもなく目に入った、見覚えのある筆跡と書かれた願いを一読し。
 彼は、首を下に向けた。

 「ほ?」

 次の短冊を差し出していたプーチンは、見下ろす赤い瞳に瞬く。ぱちぱちと動く度目の中で星が光る。不思議そうに首を傾げた彼は、無言の相手からのサインを探そうとし―――手の届かない位置で揺れる短冊を、見た。
 途端、赤くなった顔が俯くも、宵闇程度では視力を妨げられない赤眼はばっちりその様を捉えていた。

 突如地上に出現した赤色矮星。等級を測定したら間違いなく一等級だ。

 本日主役のベガとアルタイルも霞む、新星の発見。
 数多の星煌く夜空ではなくすぐ脇でそれを観測したキレネンコは、黙って踵を浮かせた。
 爪先立ちの体勢で―――こっそり滑り込んできたコマネチを台替わりに踏みつけ、指先に挟む短冊を取り付ける。
 風を受けてサラサラ鳴る笹に合わせてひらり舞う、沢山の短冊の中。萌黄色は一段高く、星に近い。


 遥か彼方に存在する星が短冊を見ているのだとしたら―――他の願いに埋もれることなく、届けと掲げられた想いは。

 きっと、一番に叶えられる。
 

 「キレネンコさん……」

 足を地へと戻したキレネンコを、吃驚したように見開いた目が見ていた。
 ほんの些細な、子供騙しの優遇だ。そもそもキレネンコはたかが恒星が願いを叶えるなどとは思っていない。
 人の想いを叶えるのは、いつだって人自身である。

 だからこの場合、短冊に書かれていた願いを叶えるのは自分の役目だろう―――

 今宵初めて正しい役割を振られたキレネンコは、驚きから感激に表情を切り替えて自分を見る、萌黄の瞳持つ顔へと手を伸ばし、


 ワッ―――


 少し離れた位置から上がった声に「むほっ!?」とプーチンが反応した。向いた先には女子供の好むようなイベントには付き合わないと室内へ篭っていた厳めしい男達が庭先に集まってきている―――そこで囲まれている年代物の酒樽を見た目が、ぱっと輝く。

 「わー!僕も混ぜて下さい~!」

 先程までの夢見る顔はどこへやら、両手を振って駆け出す。すったか走る短い足はこんな時に限ってやたらと早い。
 行き場を失った手は一体どうすれば良いのか―――所在無く手をぶら下げたキレネンコの突き刺す赤い眼に、元凶たる相手が嗤う。
 くくっと動く喉元に合わせて小さく動いた唇が発したのは揶揄か嘲笑か。いずれにしても、碌な言葉ではない。
 そう言う自分こそ下の躾ぐらいちゃんとしろ、と言いたい。女中は姦しいわ、部下は蔵酒を出した程度で騒ぐわ、首領として底が知れている。第一餌を下げて獲物を釣り上げるなど古典的作戦を持ち出すあたりが既に姑息だ。
 そんな作戦に見事釣られてしまった後姿に至っては最早、かける言葉が浮かばない。

 甘さ漂う空気よりも香る酒精に反応した相手は、どれだけ本気の度合いで短冊を書いたのか疑わしくすらある。思わないよう努めていたが、拡大解釈しようと思えばいくらでも広がるのも事実ではあったし。

 「…………」

 はぁ、と吐いた溜息に、クスクス湧き上がる声を一睨み。
 訂正、上が悪いから下も良くなくて当然だ。本当に、あの性質の悪さは一体誰に似たのか―――

 「ゲコ」
 「……やかましい」

 図ったかのように鳴いたレニングラードへ、キレネンコはきっぱり否認した。あんなのと一緒にされては甚だ噴飯である。
 腹いせに足元で悦んでいる毛玉を蹴ったが、余計に悦んだ。

 全く、どいつもこいつも―――邪魔ばかりの連中に、赤い双眸がいよいよもって険しくなる。

 いっそ吊るしたばかりの短冊を見なかった事にしてしまいたい。祝うのは二人で十分だ―――星合の日巡り合う、二つの星のように。
 来年のこの時期もきっと同じように大騒ぎするだろう同居人を、さてどう言いくるめるか。誰かと違って口で騙し賺しするのは不得手だ。
 ならば、実力行使あるのみ―――短冊には書かなかった自己の願いを叶えるため、ついでに集まる手合いへの当てつけに出された樽全て空けるべく、キレネンコは人の輪の元へと向かう。

 誰よりも幸せを願う、地上の星の元へと。




 『大切な人皆、幸せでありますように』

 



――――――――――
2010.07.07
異色七夕。