×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。







Party Night  …双子×緑。


 豹変は、唐突だった。

 「ふっひゃひゃひゃひゃ~っ!きるねんこさんきるねんこさんたのしくのんでますかぁ~?」

 真っ赤な顔に満面の笑みでプーチンが叫び、ばしばしと何十年来の旧友にするように傍らの背を叩く。
 ばしばし、べしべし、と遠慮会釈なく、叩く。


 裏世界でも指折りの実力を持つ首領の背を、叩く叩く。


 殴るような勢いで叩かれながら、キルネンコは唖然とした顔でプーチンを見ていた。怒る事も跳ね除ける事もせず、滅多なことでは動じない赤の瞳が点になっている。
 言葉悪く評すれば呆けていた顔が、正面を向いた。

 「なんだ、コレは」

 指差しで尋ねるキルネンコに、向かいで延々手酌で飲み続けている双子の片割れは聞こえないふりをしてグラスに口をつけている。
 ちなみに飲んでいるのはエストニア。アルコール度数98度。
 諺に『お茶は酒ではないからそんなに飲めない』とあるが、この酒に関しては『お茶ではないからそんなに飲めない』が適切だ。
 消毒液にも使えるそれを飲んでも色一つ変わらない顔に忌々しそうな声がかかった。
 
 「知ってたなら先に言え」
 「『言え』とは言われなかった」
 「揚げ足とってんじゃねぇ」
 「飲ませたのはお前だ」

 もちろん、分かってて止めなかったのだが。
 取り合おうとしない相手にキルネンコが舌打ちする。
 キルネンコも恐らくプーチンが下戸だとは見当はついていた。ただ、その度合いと酔った後の反応は想像とかけ離れ過ぎていた。

 「誰がバルチカの2番で酔うと思う?」

 サワーチェリーとレモンジュースとを混ぜたビール―――言ってしまえばビールの名を冠したジュース―――で、酔う奴がいるなどと。
 片手に持っているウォッカとは訳が違う。度数96度のスピリタスならそれこそ頭のネジが4、5本吹っ飛んだ酔い方が出来るだろうが。
 それぞれの度数だけ見るとキレネンコの方が酒に強いように取れるが、ここまで純度が上がってしまえば差はない。足元に転がる空瓶の本数を見ればこの兄弟に優劣はなかった。
 二人の問答の間もばしばしと肩やら背中やらを叩いてくる、コップ一杯のビールで盛大に酔ったプーチンをキルネンコは再度見た。

 別に、酔っ払うのは構わない。むしろそのつもりで飲ませたのだから。
 見た目からして酒に弱そうであったし、普段爛漫な性格の相手ほど酒が入れば性的に緩くなるのが相場だ。
 保護者気取りの男が何のリアクションも起こさなかったのは引っかかったが、大して気に留めずにいた。
 ―――それが間違いだった。
 きゃっきゃっと上機嫌な様子で隣に寄ってくるのが、悪いわけではない。悪いわけではない、が。


 萎える。


 まさに、その一言だった。





 普段の人を食ったような顔が顰め面になるのを正面に捉え、キレネンコはグラスに当てた口に冷笑を刻んだ。
 大方予想と外れすぎて逆に気分を醒めさせられたのだろう。何時ぞや自分が経験した時と同様に。あまり認めたくないが所詮根っこの部分の同じ双子、思考回路にそう差はない。
 隣に座って絡んでいるのは気に入らないが、向こうに精神的ダメージが与えられているのだから上々だ。

 勝利の祝杯は、気分が良い。

 してやったりな感情を表に出さずに煽った液体が喉を焼いて通り落ちた。


 一人の気分を凹ませもう一人の気分を若干良くしながら、誰よりも絶好調に好調なプーチンはその間もキルネンコの背を叩き、編んだ髪を引っ張り、ウォッカのグラスを奪い(これは直後にキレネンコに奪われてその胃に消えていった)好きなように振舞う。絡む相手が相手なだけに、殺されていても文句は言えまい。
 上機嫌に編んだ赤髪を弄んでいたプーチンの手が、ふと止まった。
 脱力気味で跳ね除ける気も起きないキルネンコの顔をじーーーっと見つめる。
 と。

 ぼふりっ。

 「お。」
 「…………」

 バキンッ―――!と空気どころか物理的に何かが砕ける音が響いた事を気にする者は部屋に居なかった。

 「むっほほぉー!きるねんこさんふかふかですねーっ!ふっかふか~!」

 飛びついたプーチンがふかふかとキルネンコの肩口に顔を埋めてくる。
 正確には彼の服についたファーの部分に頬を寄せている。仕立ての良い毛は確かにふかふかで肌触りも良い。動物の和毛なんて比べ物にならない程の柔らかさがある。
 色気もへったくれもない行動だが、首元に当たる酒気を帯びた肌はそう悪い物ではない。
 少なくとも先程までよりはおいしい状態に流れている。
 ファーの感触がすっかり気に入った様子で擦りつくプーチンの身体へ手を回し、キルネンコは何時もの笑いを口の端に浮かべて正面を見た。

 幽鬼のような形相をしている赤い瞳と目が合う。

 ぐっと握っていた手が、開かれる。中からキラキラと光を反射して砕けたグラスの破片が落ちた。
 その手が光速で向かいに伸びる。殴る勢いで伸びた腕は余裕笑いをする横面に埋められず、代わりにひょこっと生えている薄金のちょんまげを引っつかんだ。
 ぐきっと音を立てて首が反り返る。逆さを向いた状態でとろんとした緑の瞳が据わった目をしているキレネンコに焦点を結んだ。

 「あーきれねんこさんなんかさかさまですねーさゆうひたいしょうですねぇー」

 完全に酔った意識ではっきり名前を認識しているプーチンに益々キレネンコの目つきが悪くなる。
 相手間違いでもしていればまだマシなものを。
 自分と間違って容姿の似た相手に抱きついていたのなら言い訳が立つ。聞く気はあまりないが。
 けたけたと逆さ向きで笑う姿に、後でとことん教え込んでやらなければなるまい。
 その前に。

 「……さっさと離れろ」
 「くっついてきてるのはコイツだが?」
 「酔って分かってねぇだけだ」
 「普段満足させられてないの間違いだろ」
 「………………」

 「あっれーー?きれねんこさんときるねんこさんがなんだかたくさんいますよぉ~これはすてきですねぇー」 

 冷え冷えとした赤い瞳と、不敵な赤い瞳と、上機嫌な赤い顔と。
 宴の夜は、未だ長い。


――――――――――



鏡に映ったあなたとふたり。  …赤×緑。


 「キレネンコさんの髪、綺麗ですよね」

 掬い上げた長い赤髪を陽に透かしながら、プーチンはニコニコと鏡に映る顔へ笑いかけた。
 鏡台に映りこむ無表情は褒められた事に対して笑いも照れもしない。多分、興味がないのだろう。それでも髪を梳く手を払ったりしないあたり、傍らの存在を許容しているようだ。
 反応が返ってこないのは常の事なので、プーチンも気にせずに鋏を進める。

 しゃき、しゃきっと刃が鳴る度、彼の膝に置いた新聞の上へぱらり、ぱらりと髪が落ちる。
 指先に触れた髪は持ち主の性格と似ていて、少し癖がある。しかし燃える夕日よりも色濃い紅の色彩は感嘆の息を漏らすほどに、鮮やかで美しい。
 鮮烈に瞼へと焼きつく、紅蓮の色だ。
 切り落としてしまうのがもったいないとすら思える。
 長い獄中生活から逃亡生活までの期間に伸びた髪を「切りましょうか?」と尋ねたのは自分だというのに、刃を入れる度に落ちてゆく赤い錦糸に未練を感じてしまった。

 あまり長さは変えずに、裾を揃えるだけにしよう―――

 切られる本人からカットの注文は特になかったが、勝手にそう決めてしまう。
 器用な手つきで鋏を動かすプーチンに、キレネンコは黙ってするがままにさせている。
 あまり他人との接触を好まない彼が、髪を梳かれるのにも安全ピンをつけた耳に手が触れるのにも文句を言わず大人しくしているのは一種奇跡のようだ。
 かつて彼の世話を(職務上仕方なく)行っていた看守当たりが見たら、驚愕で卒倒するかもしれない。
 実際蓋を開けると、ずっと一緒に居る監獄を出た現在も同居人である相手限定で接触を拒まない傾向にあったりするのだが。


 その事実に全く気づいていないプーチンは、すっかり切りそろえてしまった髪に丹念にブラシをかけた。
 サラサラとした触り心地を離すのが惜しくて、必要以上丁寧に梳く。

 もう少し、触れていたい。

 思えども直接それを口にして拒否された場合を考えてしまい、言葉にして告げるには尻込みしてしまう。何とかならないかな、と手を動かしながら賢明に考えていたプーチンの顔がぱっと輝いた。

 「キレネンコさん、髪編んでみるのはどうですか?」

 長い赤髪を一房手に取り、プーチンは鏡の中の相手に伺う。
 彼の髪は常に背へ流したまま、手にかける事をしない。それでも十分美丈夫なのだが、折角綺麗な髪を持っているのだからもっと色々と弄ってはどうだろうか。
 そうすればもっと触れていられるし、ついでにいつもと違う姿を見る事も出来る。まさに一石二鳥、いや一挙両得だ。
 浮かんだ妙案に自分でも惚れ惚れしながら、プーチンは嬉々とした。

 「僕こういうの結構得意なんですよ。キレネンコさん格好良いから何でも似合いそうだし」

 鏡の中で無感動な赤い瞳が動く。握った櫛を振らんばかりの勢いでテンションの高い相手を鏡面で捉えたキレネンコは一瞬思案し―――緩く首を振った。

 「要らん」
 「え?」
 「俺は、髪は編まない」

 俺は、の部分を若干強調した低い声に、プーチンは戸惑った。
 嫌がるかもしれないと思わない事はなかったが、こんなにあっさり拒否されるとは思わなかった。気も早く動こうとしていた指先が行き場をなくしてしまう。
 だが、不要と言われたのにいつまでも触れている訳にはいかない。
 惜しみつつ手を引けば、それで散髪は終わりだと認識したキレネンコが膝の新聞紙を退かした。

 これで本当に触れる口実がなくなってしまった。有り余る未練は、一体どこに向ければいいのだろう。

 矛先をどこにも向けられないまま、道具を片付けながらプーチンはこっそり肩を落とした。
 人生思ったようにはなかなかいかないものだ。ここ最近身に染みて分かった事象を改めて実感する。下心を持った企みは、主が全てお見通しという事か。だとしたら考えていた内容が内容だけあって、ちょっと恥ずかしい。
 気恥ずかしいのと残念な気持ちとを誤魔化すようにプーチンは溜息を一つ零し、回収した散髪道具を棚に仕舞うべく立ち上がった。
 その腕が、ぐいと引かれる。
 「わっ!」と驚きの声を上げてバランスを取ろうとするものの、突然の事で尻から落ちるようにして体が沈む。
 床に打ち付けてしまう尻の強かな痛みを想像して思わず目をギュッと閉じたが、想像していた腰骨に響く衝撃はなかった。

 ぼすんっと座り込んだ場所は硬質な床ではなく、僅かに温かい人の足の上。

 瞼を開けると、真向かいになった質素な鏡台が目に入った。
 その鏡に映る自分と、散髪中の前後位置と交換するように後ろから抱える赤髪の人物。さら、と切ったばかりの髪がプーチンのすぐ脇を垂れた。
 すっぽりと形容するのがぴったりなサイズで腕に収まったプーチンの頭に顎を乗せて、髪と同じ色の無感動な瞳が鏡を見た。

 「……いつまでも髪なんか触るってるな」
 「ぅはっ!あ、え、えーっと、すみません!」

 頭上から降ってきた声音に、プーチンは背筋を正した。慌てて顔を見るべく首を反らそうとするが、頭の上に顔を置かれているせいで動かない。
 あわあわしているプーチンに、淡々とした声が続けた。

 「触るなら、神経の通ってるところにしろ」
 「ほふ?―――あ。」

 ぱちぱちと瞳を瞬かせた顔に納得の色が浮かぶ。ああ、と。その全ての意味を理解して。
 鏡の中で抱えられた顔は綻ぶように微笑むと、明後日の方向に反らされた顔へと手を伸ばした。


 「じゃ、僕とおそろいのくくり方は、どうですか?」
 「却下」



――――――――――



アイデンティティ・クライシス  …双子弟+緑&赤。


 「キルネンコさんは、自分で髪編むんですね」

 慣れた手つきで長い髪が編み込まれていくのを、プーチンは感心するように見た。
 キルネンコの事を不器用だと思っていたわけでは断じてない。ただ彼の住まう部下から使用人までずらりと人の居る大きな屋敷を思い出すと、自然そういった手間な事は他人に任せているのだと思っていた。
単にそれは貧乏人の想像に過ぎなかったようだ。

 「いちいち人にやらせてたら面倒だ」

 告げられた言葉に、成る程お金持ちでも甘えたお坊ちゃんじゃなくて大勢の上に立つ頭目だものな、と改めて納得する。
 自分で何もかも優秀に出来るからこそ、彼は大勢を従えることが出来るのだ。
 出会ってからの日は深いとはいえないが、彼の持つ一種カリスマ的な魅力はプーチンも十分知っている。
 現に淀みなく動く長い指は優雅な印象すら受け、目が離せなくなっていた。
 その手が編む髪は、ここ数年ずっと一緒に居る相手と同じ鮮やかな緋色をしている。

 「キレネンコさんは、昔から髪下ろしたままなんですよね?」
 「アイツは不精だから括らん」

 「流しっぱなしの方が俺は鬱陶しい」という言葉が、瓜二つな容姿である双子の微妙な性格の違いを示している。
 流れる赤髪を厭うという彼の手によって、赤髪はいつもの髪型へと整えられていく。
 緑の瞳を離すことなくその様子を注視していたプーチンは、心中にずっと思うことが一つあった。

 言いたい―――でも言ったら怒られるかも。

 相手の反応パターンを色々想像して悩みながら、その実気持ちがうずうずして止まない。
 苛められるのを待ってるコマネチって、こんな気分なのかな―――そわそわと落ち着かない自分を奇特なヒヨコと重ねて、漸く決心がついた。
 当たって砕けろ、と自分を鼓舞したプーチンが叫んだ。

 「あの、あのっ!僕に編ませてもらえませんか?」

 しゅたっと挙手をしての申し出に、髪を編むキレネンコの手が止まった。向けた視線の先では緑の大きな瞳が期待と不安を半々にして真っ直ぐに見つめている。
 すでにやる気満載なその顔は、仮に拒否の言葉を告げれば雨の日の捨て犬とタイマンを張るくらいに項垂れそうだった。
 思案するようにプーチンを眺めていたキレネンコは、可とも不可とも答えない。

 その代わり、くるっと一巻き、長い指を髪に巻きつかせる。

 たったそれだけでするりと解けて広い背中に広がった緋色の髪へと、歓声と共に手が絡んだ。

 

 現在の住まいである部屋へ戻ったキレネンコは、またしても居座っている双子の片割れの姿に酷く嫌そうな顔をした。
 誰にも告げず住居を転々とする生活を送っているというのに、この片割れは毎回居所を探り当てて上がりこんでくる。その手にかかればこの国で人二人の住居を調べる事など造作もないのは確かだ。表も裏も問わず持っている膨大な情報網を使えば昨日の夕飯が何であったかですら調べられるのが、かつての経験で知っている。

 それは分かる。だが、だからといって来るな。

 何度険を持って告げても、人を食ったような態度の相手には全く効果がなかった。

 「あ、お帰りなさいキレネンコさん!靴ありました?」

 一際明るいプーチンの声に軽く頷く。と、その手が自分と同じ色をした髪を手にしているのを見て、キレネンコは僅かに瞠目した。
 視線をずらせばその髪の先にいる相手は「おかえり」も「お邪魔しています」の一言も口にしないで振舞われた紅茶なんぞ飲んでいる。そのカップも、ここ最近住居を移る度に同居人が三脚揃えるようになってしまったのが、実に頭の痛い問題だった。
 すでに招かれざる客は来るのが当然の客になっていた。
 その迷惑な輩を部屋に上げ―――しかも自分が留守の間に―――わざわざ持成しているプーチンに教育的指導の一つでも入れたいが、今日はそれより何より。

 「……お前が髪を触らせるなんてな」

 ぼそりと呟かれた言葉に意外そうな響きを感じて、プーチンは手を止めた。

 「え?キルネンコさんが髪触らせてくれるのって、珍しいんですか?」

 きょと、と見上げた緑の瞳に、平坦な声が返ってきた。

 「触った奴は速攻殺される」
 「―――ぇええええっ!?」
 「おい、途中で離すな」

 『殺す』の単語に、ぱっと編みかけの髪から手を離したプーチンをキルネンコが睨む。慌てて髪を掴むが、動揺が振動となって手に伝わって上手く編むことが出来ない。
 だんだん歪になってきた髪型に顔を顰めながら、キルネンコは元凶である相手を見た。

 「余計な事言ってんじゃねぇ」
 「嘘は言ってない」

 心臓を射抜きそうな瞳を意に介す事無くキレネンコは嘯く。真実、嘘は欠片も混じっていない。
 昔からその赤髪に触れる事は逆鱗に触れる事と同意だった。相手が部下だろうと情事を交わした女だろうと、例外はない。キレネンコも人に触れられる事を厭うが、ことこの部位に関しては弟の方が神経質だった。拘りの差、とでもいうのだろうか。神経の通っていない体の部分だからこそ、余計他人の手が触れるのが気になるらしい。
 そこに、「えと……出来ました」と消え入るような声で告げられ、キルネンコは己の髪を手に取った。

 「………………」
 「その……すみません」

 出来栄えは、大変宜しくない。
 鏡をのぞいて確認するまでもなかった。子供が編んだほうが未だマシではないかと思えるほどにボサボサになっている。花丸とは程遠い、及第点以下。
 自分でもやらかしてしまったと分かっているのか、半眼の赤眼の前でプーチンはただただ頭を下げる。むしろ、下げた顔を上げるのが怖くて出来ずにいた。
 普段の酷薄な笑みを消し、冷気すら感じさせそうな冷ややかな無表情を横顔に浮かべた赤髪の相手は、無言で編んだ髪に指を突き刺した。
 ぶすり、と刺さった指に止める間もなく解かれた髪が、再度プーチンへと向けられた。

 「やり直せ」

 強い口調で示唆され、プーチンが心臓と一緒に跳ね上がる。大きく開かれた瞳が恐怖より純粋な驚きを示して目の前の相手を見た。

 「ほっ!?、え、でっでも……良いんですか?」

 僕、まだ死にたくないんですけど―――暗に匂わせて伺った途端、じろりとねめつけられる。それだけですでに殺された気になってしまう。
 ガタガタと半泣きで震えるプーチンに、「早くしろ」と叱咤が飛ぶ。慌てて彼の髪を手に取ったが、息の根を止められることはない。
 改めて触れた赤髪は癖が少ない。細く指通りの良い赤毛は、触り慣れた相手の物よりも若干柔らかく感じる。ここも違うな、と新鮮さを持って感じたプーチンは、ふと脇に立って睨むような視線を送るキレネンコを見た。
 その背に硬めの赤髪が流した姿は、編まれるのを待っているキルネンコと向かい合うとまるで鏡写しのようだ。正確には解いている状態はキレネンコを示すわけなので、という事は逆になるのか。
 赤髪の二人を交互に見たプーチンは合点いったように「そっかぁ」と、のんびりと笑った。

 「下ろしているとキレネンコさんとお揃いなんですよね」

 細部は違っても、似通った容姿にはっきりとした区別のある部分はない。顔に走る大きな縫合痕すら同じだ。
 似ているのが悪いわけではないはずだ。自分と血の繋がる家族と、似ているというのは。

 良いですねぇ兄弟って、と続けようとしたその口は、しかしぐわしっ!と頭を掴む手に言葉を紡げなかった。

 ギリギリギリ。
 と、骨に響くような音が鼓膜ではなく、脳にダイレクトに聞こえてくる。なんだかとっても痛いが、目の前で眼光鋭く睨みつける夜叉のような相手には訴えられない。
 弁当箱のように頭部がぱこっと取り外されたりしちゃって―――そんな、愉快なのか怖いのか分からないシュールな想像へ逃げかけたプーチンを心底震わせる低い声が叩いた。

 「―――さっさと編め」
 「は、はひぃいーーーっ!」

 その仕上がりに合格が貰えるまであと数回、赤い髪は解かれる。

 



――――――――――
2010.4.7
3月分日記再録。