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ブルーベリー・アイ …運×狙


 「貰ったから、食え」

 そう言って詰め所のデスクにどんと置かれたブルーベリーの山に、コプチェフは目を丸くした。

 「これはまたすごいね」
 「財布取りに来たばあさんが寄越したんだよ」

 ぽんと一粒、口に放り込みながらボリスが説明する。遺失物を預かるのは民警の仕事であり、謝礼をしてもらう筋合いではない。時折タチの悪い職員が賄賂の要求をする事があるが、それはまた別だ。
 今回この果物を寄越したのは落とし主の善意―――大して裕福でない老女の全財産が入った財布を、書類に記すだけでなく直接あちらこちらを探し歩き、最終的に掏った相手を見つけて叩きのめした親切で勇敢なお巡りさんに対する感謝の気持ちである。
 犯人を豚箱へ送った後、ボリスは勿論「仕事だから余計な気を使わないでくれ」と相手に言ったのだが、どうしてもと言って引かなかった。大した金品ではないので規定には引っかからないだろうと仕方なしに受け取った訳だ。
 何度も礼を言う曲がった背を、今と同じ顔で送り返したのだろう―――ガリガリと頭を掻く相棒の少し赤い顔に、コプチェフが噴出す。

 「いいなー、ボリス。モテモテじゃん」
 「うっせーな!良いから食えよ、マジで多すぎる」

 丁寧に摘み取られた大粒のブルーベリーは食べても食べても量が減らない。気持ちだといえば大層ありがたい事なのだが少々困る。男性にしては割と甘い物や果物を好むボリスであっても一人では食べきれる量でない。生食できない残りをジャムなどに加工する方法もあるが、ボリスにそこまで料理のスキルはなく、余った分は捨てる、という選択肢も無論ない。
 結果、困った時はまず相棒に、といつもどおりの理屈に則って持って来た―――のだが。
 ぱくぱくと食べ進めるボリスとは対照的に、コプチェフは藍色の実を摘んだまま複雑な顔を浮かべていた。

 「どうした?」
 「実はさー……俺、生のブルーベリーって、ちょっと苦手なんだよね」
 「あ?そうだったのか?」

 初耳な申告に驚くボリスへ、紫の頭が頷く。どちらかというと、コプチェフに食の好き嫌いはない。偏食がちな相棒の皿の後片付けをさせられる事もしばしばで、そういった面でもナイスコンビな二人だが今回は例外のようだった。
 ブルーベリーを眺める目はピーマンを前にしたボリスと同じで、冗談でもその場凌ぎでもなく本当に好きでないらしい。
 目にも良いとされる色鮮やかな丸い実は、噛み締めると甘酸っぱい果汁が溢れて結構美味い―――ボリスはそう思うのだが、一体何が駄目なのか。もぐもぐ口を動かしながら首を傾げる。

 「なんでだ?」
 「いや……聞くと嫌な気分になると思うよ」
 「昔吐くほど食ったとか?」
 「うーん、近いような全然遠いような……」
 「面倒くせぇな。はっきり話せよ」

 煮え切らない返事に早くもボリスが苛立ちの片鱗を見せる。自他共に認める短気な彼は、このままはぐらかし続ければ殴って聞き出しかねない。
 経験上その事を誰よりもよく知っているコプチェフは諦めの溜息を吐いた。「聞いた事、後悔しないでよ」と、釘を刺して。
 当然そんな言葉、ボリスが深刻に受けるはずはない。ふんと鼻を鳴らし、内心何をと思っていた。

 高々ブルーベリーごときで何を大げさな。もしつまらない理由だったら、もったいぶった罰として口の中へ詰め込んでやろう。

 となると逆につまらない理由であれ―――思い浮かべた相棒の嫌がる様を蒼い実と共にニヤリ噛み締めたボリスは、


 「ブルーベリーってさぁ……自分の目玉、食べてる気になるんだよね」


 思いっきり、噴出した。

 「うっわ、汚いなぁ。ボリス」
 「ゲホッ……っるせー!お前こそ、何気持ちわりぃこと……!」
 「だから言ったでしょ。後悔するなって」

 人の忠告を聞かないから、と咽る背へコプチェフは呆れた視線を向ける。半眼になった目は、確かに摘んでいる果実と同じ色である。
 目玉だと思えば幾ら甘酸っぱい味がしても口にはしたくないだろう。赤い果汁はさしずめ千切れた毛細血管から迸る血潮か。
 想像した途端、見事にボリスの食欲が減退した。吐き戻すとまではいかないが、これ以上食べたいと思えない。
 小山を築く実を前に、二人の口から揃って溜息が漏れた。

 「……どうしてくれんだよ、この残りのやつ」
 「責められても、俺のせいじゃないし。もう捨てれば?」

 案外ドライな性格であるコプチェフの台詞に、ジロリ黒眸が睨む。相棒と正反対な、熱血に近い直情型なボリスはその言葉に相槌は打たない。幾ら食う気が失せても、人の気持ちが込められた物をそう易々と捨てられるはずがない。それに今でこそ立派に職もあり食べ物にも困らないが、この国の大半の人間がそうであるように彼も裕福な家の出ではない。食べ物を粗末に扱うのがどれだけ罰当たりな事か、しっかりと覚えている。
 よって、ボリスは男らしく腹を括った。湧きそうになる想像を遮断し、手一杯に掴んだブルーベリーを一気に口へ突っ込む。ガッシガッシと噛み砕く顎の動きは眉間の皺も相まって、とても美味しい物を食べているように見えない。それでもきちんと飲み込み、また掴んで口に入れる。
 最早半分以上意地になっている、律儀な姿にコプチェフが小さく苦笑した。こういう性格だから、余計皆物をあげたくなるのかもしれない。
 でもあんまりモテるのは面白くないな―――対象が老婆であろうと迷い犬であろうと、相棒に必要以上好意を抱く存在は遠慮願いたい。キツイ見た目とは裏腹に人が良くて朴念仁な相棒は、その好意に下心が混じっていたって中々気が付かないのだから。
 やれやれ、と竦める肩にムッとボリスが反応した。こういう時だけ目ざとい彼にはそのジェスチャーがムキになって食べる自分への嘲弄に見えたらしい。詰め込んだ果実のせいだけでなく膨れた頬に益々コプチェフの苦笑が深まる。
 食べるのを協力しなかったせいもあって、恐らく今日一日このまま機嫌が悪いはずだ。本当、中々難しい性格をしている。
 気は進まないが、一粒くらい食べておこうか。
 せめてもの好感度対策に、相棒同様コプチェフも意を決する。摘んでいた己の目と同じ色の粒を口へ運ぼうとし―――思い直して、果実を貪っているボリスの肩を叩く。

 「ボリス」
 「あぁ?んだよ、冷血か―――」

 不機嫌顕に振り返った、彼の『ん』の発音は。
 ちゅ、と合わせた唇の中へと消えた。

 「!!!」
 「あ。結構美味しい」

 生食ならではのさっぱりした酸味と、程よい甘さ。丸い見た目がなくなっているのも効果がある。
 「これならいくらでも食べられるかも」と、丸いブルーベリー色の眼を細めて笑うコプチェフに。

 「~~~、っの!」



 響き渡る怒声が消えるまでの、暫く。
 狙い外す事無く打ち込まれる蒼い弾丸に、『0532』のナンバーが入った背を果汁に染めて逃げ惑う姿があったとか無かったとか。



――――――――――



オレンジ・デイズ …赤×緑

 くるくる輪を描く橙色。
 途切れることのない螺旋とそれを生み出す小さな手に、キレネンコは存外器用なものだと感心した。
 ナイフを扱う手つきは危ないところがない。人畜無害の相手がどうやってそれを習得したのだろう―――刃物は対人に振るう物だと認識してきた頭には、一般的な発想は浮かんでこない。
 じっと観察するように眺める赤い瞳がそんな事を考えているとは露知らず、オレンジの皮を剥く手はそのままにプーチンが微笑んだ。

 「この皮は、お湯で煮てから刻むんです」

 果肉と一緒に煮込む前に、丁寧に下茹ですること。
 そうすれば皮の持つ苦味が薄れ、適度な味へと納まる。割と大雑把なプーチンも、この工程だけは欠かさず行う。折角安く手に入れられたオレンジも、食べられない代物にしてしまっては意味がない。
 市場に旬の果物が出回ると、長期保存できる形に加工するのは生活の知恵だ―――袋一杯のオレンジを購入したプーチンは荷物を持ってくれるキレネンコに大抵の家庭ならどこでも行っている事を説明した。
 そんなキレネンコは『大抵の家庭』の生まれではなく、従ってジャムの作り方一つ知らない。荷物運びの後台所において何もやることがない彼は、鮮やかな果実と楽しげな同居人をただ傍らで見守った。

 「苦すぎるとやっぱり美味しくないですもんね」
 「……皮を入れなければ良い」
 「それじゃマーマレードになりませんよぉ~」

 苦味はあまり得意ではないが、やはりママレードはピール入りでないとしっくりこない。透き通るオレンジ色の中に混じった、薄い皮が主張するあの味こそママレードの真髄だ。そういうものなのだと頭と舌が認識してしまっている。
 食に対する興味の薄いキレネンコには、その拘りが良く分からない。彼の無反応をどう取ったのか、「ちゃんと美味しく作りますからね!」と自信の篭った声が返った。
 ……別に、疑ってはいないのだが。
 その一言もやはり、口下手なキレネンコは伝えられない。どうしたものかと彼が無表情に悩んでいる間にも、台所には柑橘類の強い香りが満ちていく。夏の暑さにバテる精神をしゃっきりさせる、清涼感溢れる香り。この芳香を瓶へ閉じ込めて年中楽しめるのもジャムの利点だ。
 下茹でが必要な皮を除け、オレンジの果肉のみ鍋へ放り込む。工程をすっかり覚えている手に淀みはない。
 次いで砂糖を取り出したプーチンは、それを鍋の中にどさっと―――躊躇うことなく袋ごと、ひっくり返した。
 真冬積もる雪のように、オレンジ色を覆う白。そのまま食べれば糖尿必至である。
 そんなに入れて、それこそ味は大丈夫なのか―――
 僅か丸くなった赤い瞳に、理由を説明しようとプーチンは口を開きかけ。思いついたように鍋から一摘み、砂糖のかかっていない部分を取り出した。

 「ちょっと食べてもらってもいいですか?」

 黄色を更に濃くした果肉は太陽の恵みをしっかりと受け、瑞々しい輝きを放つ。
 差し出されたそれに毒も何も入っていないことは始終見ていたので知っている。そうでなくてもプーチンの寄越す物をキレネンコが怪しむことはない。
 例え体が毒物に耐性を持っていなかったとしても、同じだ。料理の腕を疑わないように、夏の太陽よりも明るい笑みを向けてくる相手に疑いを抱く必要はない。
 なので小さな指が摘んでいるオレンジを、キレネンコは全くの無警戒で口にした。

 「…………」

 ―――酸っぱい。

 『甘酸っぱい』とか『ほのかな酸味』とかではなく、頬がきゅーっとなるような、酸性。オレンジというより、レモンを齧ったかのよう。リトマス紙につけたら確実に赤色に変色するだろう、そんな味。
 元から赤い色をしている目が、ゆるり下を向く。揺れるちょんまげ―――眼下にはプルプルと震える、吹き出さないよう必死に口を押さえたプーチンが、居た。
 微妙に刺さる視線に気付いたのだろう、込み上げる笑いを堪えて―――殆ど努力の成果を見せていないが―――上げられた彼の顔は、悪戯が成功した子供そのものだった。

 「このオレンジ、加工用なんです」

 そう―――今回購入したオレンジは大変酸味が強く、それ故に安価だったのだ。砂糖で味が調整できるジャムを作る分には不足ないが、生で食べるのは適さない。
 かような果物をまんまと食べさせられたキレネンコはというと、基本どんな味でも平気で食べるものの味覚音痴ではない。どちらかというと美食家なくらいだ。
 無言のまま、ゴクリ酸っぱいオレンジを嚥下する。向けられるジト目に、プーチンは手を合わせて「ごめんなさい」と謝った―――押さえ切れない笑いと共に。

 「で、でもお砂糖入れすぎたら、体に良くないですよね~」
 「…………」
 「キレネンコさんは、甘さ控えめの方が好きですか?」

 明らかに方向転換を計る閑話。慌てて鍋へと向き合うプーチンを、しかし赤い半眼は逃さない。
 徐々に膨れる威圧感。どれほど鈍くとも分かる真横の気配に、プーチンの頬をだらだら冷や汗が伝う。
 マズイ―――どうにか誤魔化す方法を考えようとしたものの、時既に遅く。頬へ伸びた手に、小さな体が竦みあがった。

 軽い気持ちで行った悪戯だったが相手が相手だ。普段寡黙な同居人が怒ると恐いのは、よく知っている。

 もう一度平身低頭謝ろうと下げようとしたプーチンの顎がぐいと持ち上げられる。
 遅かった。
 思わずギュッと瞼を閉じた彼は、だからそれより先キレネンコの動向を見ていない。

 相手の動きを知ったのは、衝撃を覚悟して食い縛っていた口に舌が割り込んできてからだった。

 「―――っんー!?」

 飛び上がるほどに酸っぱい味と口内へ絡み付く感触に吃驚して目を見開く。が、今度は近づきすぎていてよく見えない。距離をとろうにも、がっちりと顔を掴まれていて離れられない。
 いや、それより与えられる口付けに息継ぐことさえ忘れそうで。事態を鑑みることなど、到底出来っこない。

 酸っぱいオレンジの味が薄れて消えて、唇の甘さだけが残る頃。
 ぐるり口内を一舐めされてから漸く、捉えていた手が緩んだ。

 「……これくらいの甘さが、丁度だ」

 先程までの気配と一転、どこか機嫌良く指示する声。
 へたり込む直前のプーチンは、それへ頷くのがやっとだった。


 ……なら、砂糖は一体あと何袋入れたら良いだろう。


 とても甘党な相手に合わせて作ったママレードは、きっと。

 どんなジャムよりも、甘くなる。




――――――――――
2011.09.21
拍手再録。