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※注意※
・基本設定完璧無視。
・3本中3本ともBAD END(死似寝田)。
・明るさの欠片もないです。

スクロールにて表示です。








































さがしもの  …(赤)×緑



 ―――さんが、いなくなった。



 
 プーチンがそれに気づいた時は、随分慌てた。サンダルを履くのも忘れ、玄関を飛び出した。
 まず、プーチンは交番へ向かった。人にしろ財布にしろ、何か捜すならここだろうと思ったからだ。

 「―――さんを、見てませんか?」

 プーチンの問いかけに、馴染みの民警二人は揃って顔を見合わせた。

 「家に帰ってこないんです。ねぇ、どこかで見かけなかったですか?」
 「……なぁ、チビ」

 オロオロと説明するプーチンを、相対する一人が呼びかけた。
 黒曜石のような双眸をギュッと寄せた眉の下から向けた相手は、同じように強く結んでいた口を開き、言った。


 「アイツは、いないんだ」


 抑えた、硬い声音にプーチンはきょとんとした。

 「居ない?ここへは来てないんですね?どうすれば良いんでしょう、どこを捜したら見つかるんでしょう?」

 まるい輪郭一杯に困るプーチンへ、向こうの首が振られた。

 「そうじゃない、チビ。そうじゃなくて、」
 「―――そうだね、まずは捜索願を書いて。それから人捜しのポスターを作ろう」

 もどかしげに、更に言い募ろうとする言葉へ、横が割り込んだ。隣の肩へと手を置く相手の、柔らかな青藍の眼差しを受けたプーチンはぱっと表情を明るくした。

 「見つけたらちゃんと連絡するから。だから君も、あんまり心配しないで」
 「はいっ、はい!ありがとうございます!」

 見送ってくれる二人に何度も頭を下げ、プーチンは交番を後にした。
 届けを出したし、似顔絵も添えた。きっと見つかるはずだ、とプーチンは思った。




















 「……なんで、本当の事を教えてやらない?」
 「……真実が常に人を救うとは限らないよ」




















 数日が経った。けれど、捜し人は戻ってこなかった。連絡もなかった。
 今度は、プーチンは刑務所を訪れた。かつて何年かの間暮らし、古い知り合いもいるここなら分かるかもしれないと思ったからだ。

 「―――さんと、会いませんでしたか?」

 プーチンの問いかけに、一番関わりの深かった看守は面会窓の向こうで瞬いた。

 「ずっと帰ってこないんです。ねぇ、ここへ会いに来たりはしませんでしたか?」
 「……プーチン、」

 懸命に訴えるプーチンへ、正面の相手はペタリガラスに触れた。
 途方に暮れる顔をなぞるようそっと、労わりと親愛を込めて指を動かした親しい友は、何度かの呼吸の後、言った。



 「アイツは、いないよ」



 小さく、言い聞かせるよう囁かれた返事にプーチンは嗚呼と嘆いた。

 「居ない?ここにも来てないんですか?じゃあどうすれば良いんでしょう、どこを捜したら会えるんでしょう?」 

 丸い頬に今にも涙を伝わせそうなプーチンに、あちらの顔も歪んだ。

 「プーチン、違う。違うんだ、」
 「違う?」
 「……いや、」

 見上げると、ブラウンの目が俯いた。暫くして、態度とは裏腹に服役時代からプーチンを見守ってくれた人は、ずっとそうであったように優しい視線を寄越した。

 「どっかその辺ブラブラうろついてんだ。大丈夫、会ったら俺が叱っといてやるよ」
 「えぇ、ええっ!戻ってくれるよう伝えてください!ありがとうございます!」

 手を振ってくれる友人に大きく振り返しながら、プーチンは刑務所を後にした。
 伝言も託けたし、大丈夫だと言ってくれた。きっと会えるはずだ、とプーチンは思った。




















 「……ゴメンな。嘘をつくより、お前が泣く方が俺は嫌なんだ」



















 
 更に数日が経った。それでも、捜し人は現れなかった。連絡も空振りだった。
 とうとう、プーチンは彼を訪ねた。袂を分かった仲とはいえ、血の繋がった彼なら知っているに決まっていると思ったからだ。

 「―――さんは、いませんか?」

 プーチンの問いかけに、彼は静かな目を向けた。

 「帰ってこないんです。捜しても捜しても、見つからないんです。おまわりさんも、看守さんも、皆いないって言うんです。
 どうすれば良いんでしょう、どこを捜せばいるんでしょう?ねぇ、―――さんはいませんか?」
 「…………」

 必死に言い募るプーチンを、彼はやはり黙って見つめた。
 深い、流れる血潮よりもっと濃く鮮やかな色を翳らせることも逸らすこともなく、ただじっとプーチンを見続けて、言った。


 「アイツは、いる」


 はっきり、耳へ届いた望んでいた答えにプーチンは破願した。

 「本当!?本当にっ!?」
 「ああ」
 「良かったぁ……!」

 プーチンは心底安堵した。やっと、やっと見つけられた。やっと会うことが出来る、やっと戻ってきてくれるんだ、とプーチンは思った。泣きたいくらい、嬉しかった。
 会ったら、一番に抱きしめたかった。艶やかな赤髪を撫で、鋼の飾りを確かめ、愛しい傷跡にキスしたかった。紅い瞳を覗き込んで、おかえりなさいと伝えたかった。
 ずっと一緒にいて、と言いたかった。

 「どこです?どこに、ねぇ、どこにいるんですか?」

 興奮のあまりプーチンは思わず彼を掴んだ。期待と歓喜に、指が震えた。
 目を潤ませるプーチンの手を、彼は、取った。





 「ここに、」




 ひたと、彼の胸へ触れた。
 彼の、左の、心臓の、ドクリ生命が刻まれる場所へ、押し当てられた。


 「ここに、いる」


 プーチンは、彼を見た。自分を見つめる、紅を見た。


 「―――あ、」

 「かえってきたんだ」

 「ああ、ああ、」

 「やっと、戻ってきた」


 戻ってきたんだ、と彼は言った。
 プーチンが動いた。触れた手を、ゆっくり伸ばした。



 艶やかな赤髪、



 鋼の飾り、



 愛しい傷跡、







 紅い、瞳。








 「―――い、た」



 プーチンは、気付いた。一つずつ、一つずつ、指先で辿りながら、思い出した。

 「いた、んですね」
 「……ああ、」
 「ここに、ずっと、いたんですね」

 彼が、頷いた。外されることのない紅い瞳が、プーチンを映していた。

 「いたんだ、」

 プーチンは、笑った。自然に、心の底から、泣き濡れた丸い顔一杯で微笑んだ。



 やっと、見つけた。

 やっと、会えた。



 やっと、やっと―――戻ってきた。







 プーチンは彼を抱きしめた。背中に回された腕の中、離さないよう、強く、抱きしめた。














 さがしものは見つかりました。



 おかえりなさい、キレネンコさん。














 「ずっと、一緒にいて。」



――――――――――



嘘なんて何一つない、虚構詭弁欺瞞に満ち溢れたこの世界であろうとも、  …弟×緑



 最近とみに、疲れている。


 報告書を捲る手を離して、キルネンコは目頭を揉んだ。最近癖になった行動の一つ、その向こうに見える机の上は未処理の案件が層になって積まれている。
 今夜中に目を通さねば。想像するだけでげっそりする。
 そもそも疲れていると感じること自体、困憊している証拠に他ならない―――どれだけ動こうと派手に暴れ立ち回ろうと、疲労などというもの縁のない感覚だったのに。
 理由は簡単だ。睡眠時間が、ほとんどない。昼は普通に生活送り、夜になって手がつけられず溜まった仕事を片付ける。
 確かに、3日やそこらなら寝ずともどうということはない。が、一週間合計で5時間眠れれば良い方となると流石に―――キルネンコも一応、生物だ。半端ない体力や他人に言わせれば化物のような腕力を持っていようと、休みなしでは神経のここそこが軋み、使いっぱなしの脳が限界を訴える。いい加減何も考えない時間をくれ、と持ち主に頭痛だったり睡魔だったりで不平示してくる。
 それでもそれら身体の不調をキルネンコが表に出すことはない。涼しい顔で報告受け、的確な判断下す。多分、屋敷にいるほとんどの人間は以前との違いに気づいていないはずだ。ファミリーの中でも立場の近い、側近連中でさえ気づいているかどうか。
 最も、仮に知っていたとしても彼らは何も言ってはこない。そうするのはキルネンコの意思であり、決定事項であるからだ。だから時折、気遣わしげな素振りを見せはしても、誰も、絶対に口に乗せない。黙って下がり、更に下の部下達を率先的に動かすだけだ。趣味の時間もろくに取れなくなった主人の手間を、少しでも減らすべく。
 しかし、配下でどう尽力されようと、キルネンコの判断を全く仰がずに済むような事態は絶対にありえない。末端が一生懸命取り組めばなんとかなるという生温い家業でないし、何より、キルネンコ自身お飾りの頭目になるなど御免だった。
 仕事に割ける時間がないなら、他の時間を削って片付ければ良い。食事も休憩も、生命維持に不可欠な睡眠すら、最低限をクリアしさえすれば後はどうとでも肉体に誤魔化しきく。
 読み終えた紙束を確認済みの分類トレーへ突っ込む。読み返す作業はしない。全て不足なく記憶に写し取っている。手を止めず、次の用紙へ。びっしりと蟻が這うような文字の羅列。書き手からすれば相当苦心して丁寧に書き込んでいる内容は対薬物取締機関が内部的に取り決めた監視強化体制の密告と、それに伴う他マフィアの市場動向。甘く受け止めて流せばどれも痛い目を見る。
 ペンを取り、短く対策書き添えた。口頭で伝えられない分、最適で簡潔な指示を。暗闇の中光る赤眼はどれだけ労溜めようとも已然、鋭い。

 唯一、こうなってから苦労しないと思うのは夜目が効くことだ。窓越しの少ない月明かりでも十分文字が追える。
 照明を点けてしまえば周囲に起きていることがだだ漏れになるし、


 ―――アレにも、気づかれる。


 日中起きている相手は、キルネンコと違い夜にはきちんと眠る。平凡な体力を回復させようと目を閉じているその時間だからこそ、キルネンコは仕事に専念できるのである。起きている間はおちおち用足しにも立てない。我知らず溜息が出る―――これも、最近の癖だ。
 集中力を繋ぎとめるよう一つ深い呼吸をする。煙草は、止めた。近寄ってきた際、僅かに残った香りを嗅いで不思議そうな顔をするからだ。まるで、覚えがないというように。
 その日のうちにキルネンコは煙草を全て処分した。長年吸い続け、片時も手放さなかった愛用品とは思えないあっさりした具合で。
 香水も、アクセサリーも。引き金になりそうな物は全て、自分から取り払い、遠ざけた。
 どれが失くなってもさほど、困りはしなかった。

 漸く机の表面が見えてくる。このままペースを失速させなければ夜明けと同じ頃には片付くだろう。そうすれば明日の分が格段に楽になる。久々にまともな、連続した睡眠時間を確保出来そうだ。
 終わったら、座りっぱなしで凝った筋肉を一旦伸ばして。ベッドまで戻る時間はないから、とりあえず、椅子の上で軽く仮眠。それから起きて顔を洗って。時間に余裕があれば熱いシャワーを浴び、味を無視した濃いコーヒーで頭を叩き起こす。
 脳の半分で予定立て、もう半分で紙面読解する。紙を捲り、ペンを走らせ、軽く端を揃えてトレーへ。無駄のない速さで、けれど一句たりとも読み零しはないように。処理速度と容量に脳へ多大な負荷がかかるが、構わない。捻じ込むようにして、情報刻みつける。


 淀みなく、機械じみて動いていた一連の作業が―――止まる。


 一度、目を閉じ。再び赤い色覗かせたキルネンコは、資料を置いた。嵩を増し容器の幅を超えてしまっている確認済みの方ではなく、机の上へ。
 結局今日も、終わらなかった。
 吐きかけた溜息を、今度は飲み込む。バラ、と散った紙を適当に隅へ寄せる。あえて裏面を向けずとも、この暗さなら何も分かりはしない。
 廊下の方から聞こえる、小さな足音。一歩、二歩。ゆったりした歩みは部屋の丁度前で停止する。ほどなく、ドアが揺れた。
 無音で僅か開いた隙間からひょこん、と薄茶金の髪が覗く。ぱちり瞬く大きな瞳が若干落ち着きない。多分、邪魔したと気兼ねているのだ。部屋と廊下の境目で固まる相手に苦笑し、怒っていない証拠に片手で招く。
 そろり、つま先を立てて踏み込んだその後ろをシーツの裾がズルズル尾を引く。肩へかけたそれは寒いからではなく、一人歩き回る心細さを少しでも緩和するためだと推察する。
 何気なく目を覚まし、隣に自分がいなかった時。明かりも持たず裸足で屋敷中を徘徊するようになったのは今日に始まったことではない。眠りの深い相手にとってそれは滅多なことではないものの、偶然起きてしまう日だって何日かはある。
 昼ですらべったりくっついていなければ気が済まないのだから、物音もしない深夜一人きりだと知ればとても続けて横たわってなどいられないのだろう。
 並ぶドアの中から鍵のかかっていない部屋を覗き、閉め、覚束ない足取りでまた他の場所を捜す、そんな相手を寝ているからといって一瞬でも置き去りにしてしまい悪いとは思っている。
 叶うならキルネンコとて望まれるまま四六時中一緒にいてやりたいが―――そうも、いかない。

 まるで下手な父親の言い訳だ。子を持った覚えもなければ、対峙する相手との年もさほど離れていないのだけれど。
 伸ばした手に、柔らかな頬が寄せられる。触れた途端ふにゃり浮かべられた笑みは幼く、ますます保護者のような気分になる。

 「眠れないのか?」

 尋ねると、こくり頷く。薄く水の膜張った深緑の目が窺うように見上げてくる。「こんな夜中に何してるの?」とでも言いたいに違いない。

 「少し、本が読みたくなってな」

 眉一つ動かさず適当な作り話聞かせる。元々二枚舌だった傾向が、相手がここにきて益々磨きがかかった。
 例えば、どうしても外せない会合が舞い込んで急遽出て行かなければならない時がある。
 勿論硝煙臭い場所へ何も知らない素人を連れて赴くわけにもいかず、かといって黙って出れば泣き暮れる。そんな相手の一緒に行きたいとせがむ目線に向かい、こう説得する。


 「好きな土産を買ってくるからいい子にしてろ」

 か、

 「今度釣りでも映画館でも付き合ってやる」

 または、

 「帰ったら足腰立たなくなるのを覚悟しておけ」


 いずれかある選択肢のうち、その時の立場に応じた台詞口にすれば一旦は切り抜けられる。
 では、今はどの役割だろう。
 甘えるよう擦り寄ってくる様は『友人』とは少し異なる。なら、親を恋しがる『子供』か、人肌求める『恋人』か。考えあぐねた末、撫でる頭を引き寄せ米神にキス落とす。どちらとも取れる軽い触れ合い。それだけで目の前の顔は花綻ぶような明るさ生む。
 正解はさておき、機嫌は損ねずに済んだ。向けられた満面の微笑みに、キルネンコも自然表情緩める。
 きゃらきゃらじゃれついてくる相手へ、更に口付ける。額に、瞼に、頬に、鼻先に。最後に唇へ掠める程度に触れれば、見上げる瞳からは不安も怯えも一掃され、すっかり元通りだ。
 お返しとくっつけられた小さな唇が、もう一度寝よう、と催促してくる。
 相手の言う寝る、が純粋な睡眠にしろ身体を重ね合わせる行為の代名詞にしろ、断れば全て台無しになるのは承知済み。ああ、と物分りの良い顔をして頷く。だが、これも嘘だ。
 向こうが寝入った頃、またベッドを抜け出す。この部屋に戻り、残り出切る限り目を通す。そして目が覚める時間帯に枕元へ戻る。まるで今しがた起きたかのように、朝の挨拶交わす。


 今までも、これからも。嘘を繰り返す。


 首にかじりついて離れない相手をシーツごと抱え上げる。腕へすっぽり収まる体躯は軽く、ともすればどこかへ置き忘れてしまいそうに、儚い。それを阻止するためかぴったり隙間なく密着してくる背を軽く擦る。どこにも置いて行ったりしない、と。無言で、嘘つく。
 そう遠くない日、現状を清算して相手と二人、出て行こうと思う。
 どこかに家を借りても良い。かつてそうしていたように、ひっそりと身を寄せ合いままごとのような生活を送る。記憶を擬えるように。

 ずっと、一緒にいられるように。

 新たな嘘の上塗り。虚構の塗り固め。相手が不幸でないならそれで良いだろう―――詭弁、欺瞞。負担減らして自身の息しやすくするための大嘘。
 腕の中の温もりが動いた。頭を抱え込む手が赤髪を撫で、耳を辿り、顔に添えられる。覗き込まれた赤い瞳の先、象られる、名。
 心の底から幸せそうに笑う顔を、キルネンコは見つめて。


 ただ、静かに―――口寄せる。







 親子でも。

 友人でも。

 恋人でも。






 「愛してる、」






 この言葉だけは、嘘じゃない。




――――――――――



永 遠  …赤×(緑)



 海へ、来てみた。


 寂れた海だ。人の気配はおろか、海縁の小さな生物すらほとんど姿を見せない。
 季節外れだから、というだけではなかろう。美化を放置されて久しい浜辺には大小様々なゴミが転がり、波打ち際から新たな漂着物を体積しつつある。
 何よりも真上に広がるどんよりとした曇り空が、本来は碧いはずの海を鈍く損ねている。海は、死体同然だった。
 一瞬、ここで良かったかと考える。或いは、今日この日にして良かったろうかと。だがすぐさま、思い直す。
 別に、構わないのだ。何だろうと。ここが、海であるならば。
 来るに至るまでの深い経緯はない。理由もないまま、こちら方面に足が向いていた。
 知らず知らずのうちに、なんとなく。


 ―――嘘だ。昔の事を思い出したら、見たくなったのだ。



 海を。




 お前を。




 『キレネンコさんは、太陽なんです。』



 いつだったか、そんなことを言ってきた。見下ろした先、振り返ったお前は何時も変わらない満面の笑みを浮かべ、続けた。



 『太陽って、暖かいだけじゃないでしょう?照りつけ過ぎて作物を駄目にしちゃうこともあるし、井戸をカラカラにすることもある。春先の雪崩だって、日差しを浴びなければ起こらないかもしれない。
 太陽自身にそんなつもりはなくても、強すぎる熱は他の物を飲み込んじゃう。
 でもね―――太陽がないと、人は生きられない。生きては、いけないんです。
 温度も、明かりも、時間も。太陽がなければ、存在しなかった。僕らのいるこの惑星、それに、命。全部、太陽が与えてくれたんです。
 ね、キレネンコさん―――貴方は、太陽そのものだ。』


 利き手に携えたレンチには絵が描かれていた。お世辞にも上手いとは言いがたい絵。太陽、そういう意味だったのか。
 誉める機会にも関わらず黙するばかりでいると、やはりお前は穏やかな顔で微笑む。


 『だから、僕は海になりたい。』


 対なる月でも、抱く空でもなく、海に。広大で、荘厳で、もう一つの生命の源であり、決して太陽へは届かないはずの、海に。お前はなりたい、と。
 嘘だ。理由もなく、思った。違う―――望んだ。こちらを太陽とするなら、お前は、もっと近いものであれ、と。そう、望んだ。


 『でも、小さな僕がこーんなおっきな海になる、なんて。少し偉そうでしょうか?』


 それも、嘘だ。
 お前は海を知らない。山間の田舎で生まれ育ったお前は、今日までずっと海を見たことがないと言った。短い両の腕一杯まで広げて大きいと言うお前は、海の広さを知らないはずだ。
 何故、海なんだ。時間をかけて漸う口にした問いに、お前はえっと、とか、ううん、というような悩む素振りを見せて。やがて、照れたように口元を綻ばす。




 『―――太陽と、海は、永遠だから。』




 あまり、頭は良くないんですけど。

 そう前置いてお前は、詩の一節を諳んじた。




 嗚呼―――あの時何故に、海へ向かわなかったのか。灰色の檻の中へいる時すら、お前は海が見たいと言ったのに。
 否、海だけじゃない。花も、砂漠も、オーロラも、ライオンも、見たいと言っていたのに。その全てを目に触れさせることが出来たというのに。一度たりとて、叶えてやらなかった。
 広大な国を自由に横断しながら、一度も。ただの一度も。お前のために何処かへ寄ろうなどと、しなかった。



 恨んだろうか。呆れたろうか。




 それとも、





 
 ひやり、足首に冷気が触れる。
 塩を含んだ水が馴染みの靴へ染み、中を満たす。構わずに白波を蹴る。膝から腰下、胸まで浸かり、底へ届かなくなった足で更に進む。海は、深い。そして暗い。ゴポリ、ゴポリ。肺へ水が溜まっていく。けれど不思議と、苦しさはない。小さな気泡が上へと昇っていくのを見ながら、下へ、下へ。海へ、お前へ。溶け込む。














 『もう一度、探し出したぞ。




 何を?―――永遠を。






 それは、太陽と番った海だ。














 ねぇ、僕は海になりたい―――太陽と永遠でいられる、海に。』

















 海へ、還る。


 君へ、還る。



+ + +
  蛇足
  永遠…ランボーより
 
 



――――――――――
2011.
本当生まれてすみません。