捧げ先:『World's End』 月影 眞様


※設定お借りしました!
あちらのサイト様の設定をご一読下さい。
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 最近、思うことがあるんだ。




あの子はかわいい 年上の男の子

 




 例えば、



 「こんにちはー、お巡りさん」
 「よぅ、チビ。どうした、迷子にでもなってんのか?」
 「迷子じゃなくて遊びに行く途中ですよぉ~。それに僕、チビじゃないですよ!」
 「チビだろ。豆だろ。小学生並みだろ。見た目も中身もまんまガキだろ」
 「むほおぉぉっ……」
 「はいはい、ボリス苛めないの。自分も大して身長変わらないんだから」
 「苛めてねぇ!つーか、俺とこのチビが同じ大きさに見えるって目ぇ腐ってんのかコプチェ」
 「あ、プーチン。飴あるけど食べる?」
 「食べます食べまーす!」
 「聞けよオイ!!」

 街角の派出所を覗いて挨拶すると、見知った顔二つが仕事の手を止め返事をする。
 かつては鬼の形相で迫ってきた民警コンビだが、打ち解けた今はすっかり市民の味方、優しい『お巡りさん』そのもの。
 貰った飴を頬張り後にすると、「迷子札下げとけよ!」なんて、冗談とも本気ともつかない声が追ってきたり。




 或いは、



 「お久しぶりですー、カンシュコフさん」
 「おー、5ひゃ…プーチン!元気にしてたか?」
 「勿論!僕はいつでも元気ですよぉ~」
 「本当か?ちゃんと飯食ってるか?ほら、野菜持ってきたからコレ家で食え」
 「わっ、こんなに沢山?悪いですよ」
 「良いって。それよりお前、薄着しすぎだぞ」
 「今日はそんなに寒くないですから」
 「バッカ、油断して風邪引いたらどうすんだ。仕方ねぇなぁ……このマフラーも、やるよ。べ、別に手編みとかじゃないからなっ!」
 「うわぁ~、あったかい!ありがとうございます!大切にしますね」
 「……おぅ。」

 たまの休みだからと連絡をくれた旧友は、職業柄か非常に面倒見が良い。
 外で一緒に食事を取っている時も、昔を思い出せる動きであれやこれや世話を焼く。
 合間向けられる呆れを混ぜながらも慈愛に満ちた柔らかな視線に、うっかり『おかぁ……』と呼びそうになるのは内緒である。




 若しくは、



 「お邪魔しますー、キルネンコさん」
 「来たのか。何を抱えている?」
 「えへへ~、メイドさん達がおやつにって色々お菓子くれたんですよぉ」
 「……フン。なら、俺からもやろう」
 「やったぁ!何くれるんですかー?―――って、現金はダメですよっ!受け取れません!!」
 「ただの小遣いだろう」
 「札束はおこづかいじゃないですうぅぅー……!」
 「全く、相変わらず遠慮の塊みたいなヤツだな。これなら良いのか」
 「こ、硬貨……でも、やっぱりお金は、その―――ぅ、あ、ありがたく、頂きます……」
 「言っておくが、両替しておくのも割と手間なんだぞ」

 帰る道すがら立ち寄った屋敷ではその大きさが物語る通り、持て成しも毎度大盤振舞いである。
 特に主人でもある相手の場合、付き合いの範疇を超える代物を出すので一旦断るのだが、細まった眼圧を浴びせかけられればそう固辞出来ない。
 結局使わず持ち帰る小銭で、そろそろ貯金箱は一杯になるはず。




 ついでに、



 「ただいまー、キレネンコさん」
 「……」
 「あ、この荷物ですか?カンシュコフさんが食べるようにってくれたんですよぉ~」
 「……」
 「あとキルネンコさんとこで貰ったお菓子も!と、またおこづかい頂いちゃったんです……」
 「……」
 「民警さん達も、忙しいのに遊んでくれて―――え、何ですか?」
 「…………」
 「あんまり気を許したらダメ?でも皆、すっごく親切ですよ??」
 「……………………」

 帰宅して土産片手に今日の出来事を語りかける内、同居人の顔は何故か次第渋い顔へ。
 整った面を縦断する縫合痕の横へ皺を刻み、溜息一つ。
 首を傾げると「……本気でそうとしか思ってないなら、余計ダメだ」という低い呟きが聞こえたが、やっぱり意味がよく分からなかった。







 親切にしてもらえると、嬉しい。

 おまけとか色々貰って得する事も多いし、可愛がられていると分かっていて嫌な気持ちになるはすがない。

 何より皆、悪気はないし。






 悪くない。ちっとも、悪くはない。


 ……けど。時々、思う。








 「……僕、皆より年上なんですよね」


 僅か斜めに傾いだ姿勢で、プーチンは顔を下へ向けた。
 深い瑠璃色の瞳が映す先に、特に何かがあるわけではない。ただ哀愁だけが漂っている。
 今更な内容だ―――それも、大変。鶏が先か卵が先かと訊いているわけではない。生年月日を示せば一目瞭然で判別できる、当たり前の真実。
 なのに何故今更そんな事を零すのかというと、日頃どうにも年不相応の扱いを受けているからだ。
 道を尋ねたわけでもないのに迷子かと心配されるわ、口に付いたソースは指摘するより先に拭われるわ、小遣いとは別に買い与えてくれる靴や服やヌイグルミは全部子供向け用品だわ。


 あんまりだ。あんまりにも、アレ過ぎる。


 酷い、とは違うかもしれない、が、成人している身としては素直に喜ぶのも如何だろうか。流石のプーチンでもそう感じてしまったのだ。思わず口に出して確認してみたくもなる。
 もしや、本当に周りは知らないのかもしれない―――そう思って念のため、何名かに聞き込んだ。すると、若干の間を置いた後「調書見たから知ってる」との回答が。
 思い出すような素振りがあったのはこの際気にしないでおく。それよりも直後続けられた、「けど、とてもそうは思えないよなぁ」という笑い混じりの一言の方に撃沈させられた。
 やっぱり、酷い。


 でも―――一番酷いのは、目の前で瞠目している恋人かもしれない。


 向き合う光彩の少ない紅眼は一見、普段と何ら変わらない。しかし、付き合いの長いプーチンにはその紅がしっかり開かれているのが分かる。引き結んだ口も割れないが、「え、そうなの?」と無言の疑問を発しているのが見て取れた。
 伊達に何年も同じ空間で過ごしてはない。相手の好物から欠伸をするタイミングまで、すっかり把握している―――と思っていたのは、どうやらプーチンだけだったらしい。
 というか、一緒に誕生日を祝ったりしたはずだけど。彼は一体、その日を何の日だと思っていたのだろう。

 「付き合ってるくせに、そんな事も知らないのか」

 プーチンの気持ちを代弁するかのように、キルネンコがせせら笑った。
 呆れを通り越した冷ややかな嘲弄を同じ色した双眸で容赦なく浴びせかける。皮肉げに歪んだ口元はプーチンに対する同情というより、片割れを貶せる機会に対して喜んでいるよう。
 不愉快な瓜二つの顔にキレネンコの眉がムッと寄るが、掴みかかるのは自制する。流石に、怒るには自分に分がない。

 「キルネンコさんは?」
 「昔、身辺調査させたからな。覚えてる」

 情報収集は長たる基本。そして平均より発達した脳は意図せずとも見聞きさせられた情報を勝手に覚えてしまう。あとはそれを適当に記憶の引き出しへ割り振れば、必要に応じて思い出す事が出来る。
 遺伝子的にはキレネンコも同様な頭の造りをしているものの、彼の場合自分の興味を引かない内容は即忘れるタイプである。覚えていなくても当然だ。
 いや、決してプーチンの事をどうでも良いとか思っていたわけではない。
 現に相手の誕生日はちゃんと覚えているし、今幾つかと問われれば即座答えられる。
 ただ、『自分より年上か、それとも年下か』という比較を、今まで一度もした事がなかったのだ。
 まぁ、自分の年齢が分かっていて且つ相手の年齢も分かっているなら、改まって計算しなくても気づくようなものなのだが。気にかけなければどんな些細な事だろうと重要な事だろうと半永久的に気づかない、それがキレネンコなのだ。


 ……というか、完璧年下だと思い込んでいたし。


 ボソリ、胸の内だけで呟く。
 無表情のまま、良く言えば言い訳をしない、悪く言えば弁解の余地が全くないキレネンコを前に、プーチンは細く溜息を吐いた。
 分かっている―――自分が、周囲の目には実年齢を著しく下回った像で結ばれている事くらい。とっくの昔に、承知している。

 成長期を終えてなお平均より低い身長。それに釣り合った短い手足に、男らしさのないぷにっとした肉付き。加えて童顔である。
 更にそこへ落ち着きのない動作やコロコロ大きく変わる表情といった性格的な面が拍車をかけているものだから、初対面では誰も正しい年齢を言い当ててくれない。分かるとしたら最早、超能力者だけではないか。

 物心ついてからずっとこんな調子だったため、プーチン自身笑って流してきた。流してきた、が―――全く気にしていないわけではないのだ。
 鏡の前で頬をグイと持ち上げ、丸い輪郭を正してみたり。今日は一日笑わない!と決起して歯を食いしばってみたり。髭を生やそうとしたり。色々、努力してみた。
 しかし、どんなに頑張ったところで哀しいかな、生まれ持った要素はそう易々変わってくれない。変な顔になった自分を見、噴出して終わり、だ。髭も色素が薄いため何日剃らずにいても分からないという。剃り跡青々しいコマネチが非常に、羨ましい。
 なので気づかないキレネンコが悪い―――と言うつもりは、ないのだけれど。

 「こんな馬鹿は見限って、俺に乗り換えたらどうだ?」

 傾きを増した顔を、キルネンコがひょいと掬う。不敵に笑う美貌の年下にすぐ間近から覗き込まれ、思わずプーチンの頬が染まった。
 まるでプーチンのコンプレックスを全て正反対にしたような彼がどうして自分より年若く見えよう。むしろ年齢が下なことなど問題にならない。ルックスに知力財力、女性であれば喜んで『姉さん女房』に収まるだろう。
 妖しくなぞる長い指に翻弄されそうになるプーチンに代わり、反応したのはキレネンコだった。馬鹿呼ばわりされた彼は紅い瞳を据え、不届きな手をベチンッと叩く。
 ついでにファーを掴んで押し退け、場所を確保。「邪魔するな、」と舌打ちする相手の不服そうな声を無視し、改めて年上の恋人へ向かい合う。
 こちらも精悍な体躯といい物静かな雰囲気といい、文句抜きに立派な『青年』。未だ『少年』に思われるプーチンとは大違い。まさに雲泥の差だ。括った前髪ごとへにゃり項垂れるプーチン―――その薄茶金色の髪に、何かが乗った。
 若干の質量、広く骨ばった感触、平熱が高い子供体温のプーチンがひんやり感じる低い温度。慣れ親しんだそれは目の前の相手の片手だと、目にする前に気づく。
 なんだろうとプーチンが頭一つ高い彼を見上げる中、乗せられた手が動いた。

 ぐり。
 ぐりぐり、ぐり。

 と、頭蓋の形に沿って前後に行ったり来たり。掌で頭を擦る、一般的に『撫でる』と呼ばれる行為である。
 車のボンネットを易々剥がす握力を調整し、程良い強さで撫で擦る。プーチンの瑠璃色の瞳も思わず、感極まったよう震える。


 「キレネンコさん……」



 それ、完璧子ども扱いですよ。



 ―――という鋭い指摘は飲み込む。ぐりぐり髪の毛をかき混ぜてくる顔は相変わらずの無表情だが、紅二つの奥へある戸惑いを見つければそんな意地悪出来っこない。
 口下手な彼は落ち込ませてしまったプーチンへ詫び、励ます方法をこれ以外知らないのだ。外野から聞こえる「ダセェー」といった野次も構わず、精一杯ご機嫌取りに徹する。普段はキリリ一本線を描く眉も、何だか下がり気味で。一定速度で撫でる手から『悪かった、悪気はない』という言葉が伝わってくる。



 ……本当を言うと、もっと、年相応の対応をしてほしかったんだけど。

 親切にされると嬉しいし、おまけとかもらえるし、皆可愛がってくれるし。

 大きな手で撫でられるのは、すごく、好きだから。



 くしゃくしゃになった前髪と手の下から年長者の愛くるしい笑顔が飛び出すまで、そう時間はかからない。




 





 (僕のがお兄ちゃんだから、許してあげます!)
 



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2011.01.30
いつもお世話になっている『World's End』の月影 眞様のプーチン年上設定を(無断で)借りた上、あちらの1周年のお祝いにとか言って2ヶ月近く経ってから押し付けました。(サイテー)
借りておいてヤマもオチもないイミ無し話になってしまいすみません!でも童顔プーチンが双子より実は年上って、美味しい設定ですね…(懲りてねぇ)
月影さんの素敵なウサビ達の活躍、これからも楽しみにしております!