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※注意※
・双子が頭悪いです。










 「じゃあ行って来まーす。お留守番お願いしますね~」
 「…………」

 玄関先でヒラヒラ振られる手に、キレネンコも小さく手を上げ返す。
 束の間とはいえ別れは名残惜しいもの。小さな後姿がドアに隠れるまでは絶対見送ると決めている。
 見えなくなった向こう側、遠ざかる鼻歌と階段を下りていく足音―――それが完全に聞こえなくなってから、踵を返す。
 外と違ってストーブを焚いたリビングは暖かい。シュンシュン音を立てる薬缶の蒸気と温度差によってベランダを隔てるガラスは白く曇っている。ポツリポツリ結露の浮いた、体を映すことも出来る等身大の窓ガラス。

 そこに、彼は自分と同じ姿を見つけた。

 正確には、細部は異なる。髪形も違うし衣装も別。耳につけたピンも数が違う。何より、キレネンコが覇気のない無表情であるのに対し、あちらはすさまじい目付きで睨んでいる。
 普通に考えれば空き巣か不審者だが、ここはアパートの4階。すわ怪奇現象か、と思うような状況下で、しかしキレネンコは慌てず騒がず、ゆっくり自分もどきに近寄る。
 カチャン、と小さな音を立ててロックを外す。途端、勢い良く窓が引かれた。

 「鍵くらい外しておけ」

 偽りの鏡から抜け出た彼は、憎々しげに吐き捨てる。冷え切った頬へ纏わりつく室温が、益々もって腹立たしい。
 肩に積もった雪を払うキルネンコに、ずっと快適な空間で過ごしていたキレネンコは表情を崩さないまま言った。

 「普通はベランダから入ってこない」
 「普通に玄関から入っていったらアレと鉢合わせるだろうが」

 顔を合わせないため、そして作業をこっそり完遂するため、相手が出かける時間まで調べて計画したというのに。わざわざ雨樋を登ってきたキルネンコの苦労(最も、彼にとっては大して難しいことではなかったのだが)を、一つも意に介さない。
 本当に役に立たないこの馬鹿は―――血の繋がった兄弟への悪態が喉の先まで出かけるが、止めておく。時間の無駄だ。馬鹿に馬鹿と言ったところで伝わりはしまい。それよりは早く取り掛かるべきだ、と彼は判断した。
 そしてその考えは向こうも同じだったらしい。
 明らかに侮蔑を含んだ片割れの視線には取り合わずに問う。

 「……モノは?」
 「持ってきてる」

 ガサリ、キルネンコが片手に下げる荷物を示した。
 高級ブランドバックでもなければ稼業の品を運ぶアタッシュケースでもない、至って普通の紙袋。端に小さく、地元チェーンストアーのロゴが入っている。
 その他彼の装いと比べると些か不釣合いなそれを見、キレネンコは小さく頷く。



 準備は、万端。あとは実行へ移すのみ。



 最後に一度、互いの赤い双眸を重ね合わせ。どちらともなく、二人は向きを変えた。 





 ―――Миссия начала.[ミッション スタート]






Love is Sweet so Cooking ! ―頑張って作りました。―






 「置き場は把握してるのか?」

 やってきたのは、台所。男二人が入るには少し狭い空間に肩を並べる。
 家事をしない二人には縁のない、はっきりいって未知の領域だ。実際、ここで普段やるとすれば冷蔵室を開け飲み物を取り出す程度。特にキルネンコはこの家の住人でないので尚更勝手が分からない。
 横目に尋ねると「ある程度は、」と、なんともあてにならない返事が。甚だ不安が残るが、先達同様文句を言っても始まらない。黙って広げた紙袋の中身に向き合う。
 物資を調達するのは、キルネンコの役目だった。役目といっても実際に用意したのは部下であり、彼自身現物を確かめるのはここに来てが初めてである。

 製菓用チョコレートの塊一つと、薄いレシピ・メモ。

 本当はカカオから精製するのが理想だが、初めての菓子作りなのを考慮して確実な物を選ばせた。道具等は場所提供である相手宅の物を借りるので不要。
 身の回りの方は、既に二人とも整えてある。
 キレネンコは普段無造作に流している髪へきちんと三角巾を被り、キルネンコの手からは指輪や時計といった邪魔な装飾品全てが外されている。
 そして、服の上にはそれぞれシンプルなエプロンを装着。黒地で前面を覆うそれを、腰の後ろでギュッと結べば完了だ。

 なお余談であるが、この格好が選択されるに際し屋敷ではフリル付きエプロンを主張するつわもののメイド達と後で責任を取らされる側近連中の無難なギャルソン風支持との激しい意見のぶつかり合いがあった。議論の最中、通りがかった主人に「仕事をしろ」と冷ややかに一喝されなければ用意された衣装はまた別のものになっていたかもしれない。

 360度、どこから見ても『料理をしますよ』な格好―――ある意味戦闘服を纏った兄弟。
 顔の傷から服装までおおろいになった二人は、壁にかかる時計を見た。

 同居人が帰ってくるまで、およそ1時間。あまり悠長にする余裕はない。

 特に打ち合わせないまま、キレネンコは包丁を、キルネンコはレシピを手に取る。この辺りの呼吸は、流石双子である。
 改めてまな板に乗せた獲物、もといチョコレートへ向き合う。

 「まず、チョコを適当な大きさに砕く」

 バキバキ、ベキッゴキッ。

 「次に、チョコを細かく刻む」

 トトトトトトトッ。

 「そして、チョコをボールに入れ、Растворите в горячей водеする」
 「…………」


 ピタッ。


 澱みなく読み上げる声、それに並行するよう機械的に動いていたキレネンコの手が、止まった。
 チョコレートを見下ろしていた視線が動く。訝しさを隠しもしない彼の赤眼には、奇しくもそっくりな目をした隣が映った。

 「……горячая вода?」
 「Растворите в горячей воде」

 湯煎、とキルネンコは繰り返す。手元のレシピには、そう書いてあるのだ。
 念のためキレネンコも覗き込んでみたが、確かに間違いなく『湯煎』とある。


 湯煎―――湯煎?


 鏡写しの顔が、それぞれを見た。

 「……なんで、チョコを作るのに湯が要る?」
 「知らん」

 けど、書いてある以上は要るのだろう。問題は、どういう風に湯を使うか、だ。
 順調だった流れを遮る大きな難題。刻んだチョコを前にどちらも声に出さず唸る。
 端的に考えれば、チョコレートを溶かすためだろう。成型するにあたり一旦刻んだこの製菓用チョコレートを液状にしなければならないのだから、それは間違いないはず。
 チョコレートの主成分たる油脂の融点はおよそ32度。風呂の水温程度の湯を用意すれば良い、と思われる。
 が、あえて湯を使う必要性があるのか。普通にコンロで温めても原理は一緒だし、早そうだと思うのだが。

 「……無視して火にかければ良いんじゃないか」

 仕事のなくなった包丁を振り、キレネンコが言う。スニーカーを飾る角度などには一切妥協しない彼は、こういう点では大雑把だ。考えても分からないならともかく思いつきでやってみる、というタイプである。
 が、横から上がった適当な代替案をキルネンコは制した。面倒くさがりな割に意外とフローへ重きを置く彼にとって、突飛な変更を簡単には認められない。特に今回は失敗が許されないのだから、きちんと理屈を立てて動かねば。

 「考えてみろ。レシピへ一番分かりやすい『火にかけろ』という指示がないんだ」

 料理初心者の二人でも作れる簡単なレシピを用意させたのだ。それを無視して短絡的に行えば、焦げ付くのがオチだろう。漫画で言うところのレンジが爆発して辺り皆真っ黒け、という結末である。
 鍋でなくボールに入れるのも火を使わないと示唆しているように思う。
 という訳で、直火は却下。

 「なら、どうする」
 「だから頭を使えと言っている。とりあえず、作業には湯を使う。これは確定だ」
 「ああ、」
 「チョコは熱で溶ける。熱は、この場合湯だと考える。で、湯でチョコを溶かそうと思ったら―――」


 注ぐしかないだろ。


 キレネンコの赤い目が瞬く。
 良く似た顔にじとっと半信半疑の眼差しをむける。が、「他に方法が思いつくか?」と尋ねられれば、キレネンコは首を振るしかない。
 チョコレートに、湯を注ぐ。今までの人生、チョコは沢山食べてきたが、お湯のかかったチョコは一度として食べたことがない。それは完成品だったからなのか。生産現場であるチョコレート工場に潜入すれば、ぐつぐつ煮立つお湯へ原料たるチョコが浸かっている可能性もなきにし もあらず、なのか。
 確かに、『湯』というキーワードを元に展開するキルネンコの三段論法に矛盾はない。理論にはかなっているというわけだ。
 再び顔を見合わせた二人は一つ頷く。リビングに行き、ストーブにかけていた薬缶を持ってくる。長時間熱された薬缶内の水は沸騰済み。刻んだチョコレートの上で傾ければ、勢い良く熱湯が降り注いだ。
 湯気立ち上るお湯を受け、ボールの中のチョコレートはみるみるうち溶けていく。おお、と左右の口から感嘆が上がった。
 まさに、頭に描いていた光景。ヘラでかき混ぜてやると固体の感触はどこにもない。

 「次は?」
 「型にチョコを流し、冷やして固める」
 「固まれば完成か」

 その通りである。いそいそと二人は波打つ薄茶色の液体を型に注ぎ(ちなみにチョイスしたのはハート型)、ベランダまで運んだ。
 外気はマイナスゼロ度以下。冷やすにこれ以上適した場所もない。雪のかからない庇の下へそっと置き、部屋から窓越しに様子を窺う。
 心なし期待を込めて赤い双眸が見守る中。ものの数分もしないうちにステンレス製の型の周りに霜がついた。凝固温度の低いチョコなら、確実に固まったはず。

 完成だ。

 早速出来栄えを確認するべく、我先にベランダに下りる。
 お互いの顔を押し退けるように型を覗き込み―――二人は同じ方向に首を傾げた。

 「……完成、か?」

 どちらともなく発した疑問に、もう一方が返答することは出来ない。
 いまいち釈然としないながらも一旦台所へ戻る。
 すぐには溶けないほどガチガチに凍っていたそれをゴツンと一発、拳で叩けば簡単に型から外れた。

 その表面は、透き通る色で覆われていた。
 キラキラ光を反射する氷がハートの上半分に。で、ひっくり返さなくても空け見える下半分には美味しそうなチョコレート色した部分が広がっている。

 実に綺麗な二層の仕上がり。ある意味芸術的で、そのまま飾っても通用しそう。
 ただ、それは二人が知っている『チョコレート』とはかけ離れている気がした。色もフィリングもチョコレートには色々あれど、冷気放つそれはチョコではなくただの『氷』に思えるのだ。
 試しに、各自端を齧ってみる。

 ガリッ―――と、まるでロックアイスへ歯を立てた時のような触感。そして口内の熱を奪う冷たさと、熱を受け溶けて溜まる水。

 一瞬だけ舌先に甘味を感じた気がしたが、すぐに水と混じって分からなくなった。
 ゴクリ、口の中の物をキルネンコは飲み込んだ。

 ……これは、

 「失敗だ」

 彼の口が開くより先、低い声が耳を打った。
 見なくても分かる声音と気配に、嫌々ながら顔をそちらに向ける。案の定、隣は眉間にびっしり皺を寄せ、怒気も顕に睨んでいる。

 「お前のせいで、失敗した」
 「何だと、」
 「お前が『湯を注げ』なんて馬鹿みたいなこと言うからだ」

 一方的に責められ気色ばむキルネンコだったが、提案したのは他でもない彼自身。言い返す言葉はない。
 口角を下げて黙り込んだ相手に盛大な舌打ち鳴らし、キレネンコは流し台に向き直った。
 不幸中の幸いというか、材料であるチョコレートの塊がまだ少し残っている。今から作り直せば、間に合うはずだ。
 思うが早いか、包丁を掴んだ彼は手早くチョコレートを調理していく。
 先程の経験で途中までは覚えているから、横でレシピを読み上げさせる必要もない。一人でバキバキッとチョコを割り、トトトトッと刻み、細切れになったそれをボールではなく鍋へ投入。

 勿論ここで湯を注ぐ、なんて馬鹿な事はしない―――第一、レシピどおりにしようと頑迷に拘るから駄目なのだ。

 本当に頭を使うというのは、マニュアルに載っていなくても自分で考え行動する事。握った包丁を鍋に持ち替え、コンロを点火する。
 赤々と燃え上がる炎。湯よりももっと高温な熱源、これこそが正解だ。
 絶対的な自信が強く後押しする中、キレネンコは本格中華も真っ青な火力の中へ鍋を突っ込んだ―――

 「…………」

 プスプス立ち上る、黒い煙。加えて香ばしい、を一間半くらい通り越して、異臭に近い焦げ臭さ。
 それら不快の元となる鍋を手に固まるキレネンコへ、鼻で嗤う音が浴びせられた。

 「やっぱり焦げたじゃねぇか」
 
 一部始終見ていたキルネンコの唇が、皮肉の形に最大限まで曲げられる。
 最初に予想した通り、火にかけるのは間違いだったのだ。食べられなくなった分、尚悪いと言えよう。

 「人のせいだのなんだの言って、お前の案に乗っても失敗しただろうが」
 「……加減すれば、成功する」
 「何が加減だ、最後の材料までダメにしておいて」
 「先にお前が湯でダメにしたんだ」
 「こっちのはまだ食える。炭と一緒にするな」
 「それだってチョコじゃない」

 お前のせいだ、いやお前が悪い、お前が余計なことするから。

 喧々諤々、非難轟々。
 最早どっちが悪いかなど言っても仕方のないのだが、どちらも相手に非があると引かない。あちらが居るばかりに失敗したのだと、己の正当性を確立したいわけである。
 何時までたっても言い合いは平行線、発生した不穏な空気は台所の換気扇が追いつかないほどに膨張する。徐々に殺気を帯びていく赤い目はもう、制止不可能。

 キレネンコが三角巾を叩きつけ、キルネンコがエプロンを剥ぐ。

 先に伸びた手がどっちだったかは不明だが、逆手に構えた包丁は真っ直ぐに。向こうの首元めがけ、翻る。




 「あー寒かったぁ~、ただいまで―――って、ムホわあぁぁぁー!二人とも何っ?どうしたんですっ!?というか待って、そこコンロの火燃え移ってるーーー!!!」









 「……チョコレートを、作りたかったんですか?」

 嵐でも去ったかのような、台所の中。
 暴れる二人をなんとか宥め、落ち着け、ついでに大火事になる前に火の手も止めて。プーチンは件の騒ぎに至るまでの経緯を聞き、首を捻った。
 所々焼け、黒くなった壁―――赤色で染まらなかっただけマシだと思おう―――を背にしたキレネンコとキルネンコが、揃って緑の瞳の前で頷く。

 「どうして?」
 「……この馬鹿が、邪魔したからだ」
 「馬鹿に馬鹿と言われる覚えはないし、火を点けたのはコイツだ」
 「いえ、何で火事になりかけたかってことじゃなくて、」

 どうして、二人ともチョコが作りたかったのかな~?、って。

 冷静に考えると、おかしな話なのだ―――普段酒のつまみも作らなければお茶の一杯も淹れない、そんな二人がお菓子作りに挑むなんて。
 単にチョコレートが食べたいなら幾らでもお店に売っているし、家に買い置きもある。何なら持参したという製菓用チョコレートを食べたって良いのだ。味に変わりがなければ、特に気にしないタイプなのだから。
 しかもレシピを見せてもらったところ、作ろうとしていたのはチョコレートを砕き、溶かして固めただけの単純な代物。手の込んだトリュフだとかフォンダンショコラだとかが食べたくて奮起した、わけでもないらしい。
 所謂坊ちゃん育ちな兄弟達の料理スキルをなんとなくではあるが理解しているプーチンにとって、今回の二人の取り組みはちょっと、いやかなり、意図が察せなかった。
 もしかしてスニーカー収集の他に新しい趣味に目覚めたんだろうか。なら、まずは包丁の正しい持ち方から教えてあげるべきかもしれない。
 などと、ナイフよろしく握っていた手つきを冷や汗と共に思い出し考えているところ、

 「今日は、」
 「バレンタイン」

 まるで予想もしなかった返答に、プーチンは思わず「はい?」と聞き返してしまった。

 バレンタイン―――正式名称セイントバレンタインズデーというと、世間一般で恋人達が愛を誓う日との認識がある。が、近年は対象枠が大分広がり、恋人同士だけでなく親しい友人から親兄弟、果ては自分自身までチョコ等を贈ったり贈られたりという、とりあえず『~愛』 とつけばなんでも良いやというような拡大解釈の元賑やかな社会現象を引き起こしている。
 そういうお祭り騒ぎに人一倍敏感なプーチンも御多分に洩れず、遠くの友人から街でお世話になっている方まで沢山愛情篭ったお菓子を配り歩く。先程まで出かけていたのは、そのためだ。
 勿論、双子の兄弟の分だってちゃんと用意してあるし、二人もそれは承知済み。


 けど―――それでは、足りないのだ。

 欲しい相手からもらえはしているけど、それはその他大勢とほとんど変わらない位置づけで。
 本命か義理かで分けたならその中間、ラブかライクか問いただしたら「みんな大好きですよ!」と満面の笑みで返ってくる告白。それでは、ちっとも満足できない。


 なら、と兄弟は思った。


 相手がひと括りにするなら、こちらから『特別』だと知らしめてやればいい。


 人を殴って働かせても自分から労力の捻出はしない、その自分たちがわざわざチョコを作ったら。紛れもなく、気持ちは伝わろう。
 どちらともなく言い出したのか、それともどちらも言わないうちに利害の一致を感じたのか。今回ばかりはお互い一時休戦、一大企画を立案した。
 計画から実行まで想像以上に首尾よく進み、何ら問題ないと思われた。だというのに、目的は最終的に頓挫してしまった。

 コイツのせいで。

 ジロリ、横を睨む赤い瞳。一旦鎮火したはずの火種がまた燻ろうとする―――その只中響いた、鼻を啜るような音。
 互いの顔から視線を外し、何気なく音のした方を見る。途端、二人は固まった。
 二対の赤が向いた先、プーチンが泣いていた。歯を食いしばって嗚咽は堪えているが、ポロポロ頬を伝う涙は隠せそうもない。先程の音の発生源は彼の赤い鼻先だったのだ。
 ―――何故、泣く。
 そんな、思わず泣いてしまうほどにみっともないことだったろうか。確かに『湯煎』とやらが分からず七転八倒するのは料理の出来るプーチンからすれば嘆く事態かもしれないけれど、別にそっちの失態でもあるまいし。
 手元に甘いチョコレートでもあれば餌にしてあやせるが、それも出来ない。
 無言で狼狽するキレネンコ達へ、ぐしゅぐしゅ鼻を鳴らしながらプーチンが首を振った。

 「ち、違うんです。二人が、一生懸命チョコ作ってくれたんだと思ったら―――嬉しくて、」

 失敗だとか成功だとか、そんなの関係なくて。自分のために二人が力を合わせて作ろうとしてくれたのが、ただ、嬉しくて。

 「ありがとう、二人ともっ……!」
 「「…………」」

 大きく鼻啜り上げ。泣きながら心から感激するプーチンに、顔を見合わせたキレネンコとキルネンコ、隣り合う肩から力が抜けた。

 ……作るのは、失敗してしまったけれど。結果として彼を喜ばせることが出来たなら、帳尻はあったろう。

 納得した二人は、それ以上の追及をやめた。今回はまぁ、許してやろう。滅多にない寛大な心で相手を容認する。失敗したのは向こうのせいだけど、と胸中付け加えるのは忘れないが。
 全てを水に流すが如く、物理的に物を流しへ廃棄しようとした二人に傍らから待ったがかかった。

 「そのチョコ、ちょっと使わせてください」

 ゴシゴシ涙を拭ったプーチンが示したのは、体積の半分が水分のチョコレートと、同じく半分が炭素のチョコレート。
 何にするんだ?と瞬く赤い瞳に、泣き顔を満面の微笑みに塗り替えた彼は「まかせて!」と胸を叩く。


 まず、鍋に焦げ付いたチョコレートから火に当たっていない真ん中の部分だけを取り出し、別の鍋へ移動。
 そこへ氷結したチョコレートを投入、コンロにかける。
 氷が溶けだしたら焦げないようよく混ぜつつ、生クリームと砂糖、そしてバターを一欠けら加えて。
 沸騰した中身を3人分のカップへ注ぎ、仕上げに上へ、ふわふわのマシュマロを一つずつ。
 鼻先くすぐるカカオの香ばしさと、甘い甘い匂いは―――



 「三人で作った、とびっきりのバレンタイン・チョコですよ!」



 身も心も温まる、特別なチョコレート。


 ハートもとろける想いを、どうぞ召し上がれ。
 



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2012.02.14
我が家の双子は揃うとボケ担当です。