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その名は、ズムシャビン。 …赤×緑+図夢


 大音量のリズム音が建物から漏れ聞こえる外に出、煌くネオンの下帽子を取った。
 高潮したテンションにつられて浮かんだ汗を拭う。外の風は少し冷えていて、丁度良かった。

 ―――今日もイケてたな。

 毎晩のように通い詰めるダンスクラブでの一時に満足を覚える。少し前に行きつけだったクラブが経営するデパートごと潰れ、 以降転々と場所を変えながら踊ってきたのだが、今日は比較的気分の上がりも良かった。
 しかし。

 「やっぱり、あの時ほどアゲアゲにはなんねーなぁ」

 はぁ、と何度とはなく同じ心境で洩らしてきた溜息が、また零れた。
 あの時―――デパートが潰れる間際に入った、クラブの夜。そこでかき鳴らされたリズムと、室内中に満ちて天井すら破らんばかりに膨らんだ熱気は、残念ながらそれ以後 どこへ行っても経験することが出来ない。あの時の事を思うと、今夜のダンスだって穏やかなマイム・マイムだ。

 「一体どこのDJだったんだろうな……?」

 自慢ではないが、そこそこクラブに対する顔は広い。ラップを聴けばどこの出かは見当がつくし、同じクラブ仲間から情報も集まる。けれど、どれだけ調べてみてもあの DJの存在だけは掴めなかった。
 室内の端の方だった為、顔ははっきりと見えなかった―――ただ、皿を回す姿はやたら小さかった気がする―――が、確実な腕前のDJだった。
 それまで鳴らしていたDJが下手だったわけではないが、入れ替わったと思った瞬間、文字通り空気が変わった。恐らくそれを感じたのは自分だけではなかったはず。
 でなければ、あんな突き抜けるようなテンションの上がりは見せなかっただろう。

 女を抱いた時だって、あんなに興奮しないかもな。

 鳥肌たった瞬間に、半分本気でそう思う。
 あの相手へもう一度出会えるなら、これからの遊び代全てを投げ出しても良い。最も―――まともに仕事もせずにブラブラしている身では大した額にはならないけどな、とサングラスの下で苦笑した。
 まるで恋する相手を思う時さながらの心情を感じながら、帽子を被りなおす。Wの入ったこの帽子とサングラスは自分のトレードマークだ。どんな夜でも外せはしない。
 とりあえず、今夜はもう一軒か二軒か回って行こう―――恋焦がれる相手との、運命の再開だってあるかもしれない。
 耳に残っている音楽に鼻歌を歌いながら、足を踏み出そうとした時。


 光と闇の中、妖精が居た。


 思ってから、ああ違うと首を振る。ノリとラップでクールに生きているのに、そんな頭に花が咲いたような詩的表現をしてどうするのか。
 けれど、深い夜の闇と白いネオンの光を受けて軽やかに踊る小さな姿に、パンチの効いた言葉なんて浮かばない。
 ここが街の猥雑な一角でなく深い森で、浴びる光が満月の月光だったらそれこそ童話の世界だ。

 短いけれど、伸びやかに肢体が舞う。
 軽やかな、重力を置いてきたようなステップで宙を跳ねる。
 この世の憂いも悲しみも忘れ去らせる笑顔が、どんな光よりも鮮やかに夜空へ咲いた。

 その動きが止まって―――初めて後ろで聞こえていた、クラブの音楽も止まっていたのだと気づく。
 耳はもうずっと前から、音を認識していなかった。ただ、目の前で自分以外観客のいない踊り子に、 神経全てが向いてしまっていた。
 知らずつめていた息を吐き出す。はぁ、と音になった感嘆は思ったよりも大きく、向こうへも届いたらしい。
 伸びをするように反っていた背が、振り返った。
 くるんと踊りの続きのようにターンした相手は、驚いたように目を丸くする。多分立ち会っている人間が居るとは思わなかったのだろう。そうでなければあんなに気負うことなく、伸びやかに踊ることなど出来ないはずだ。
 きちんと向き合った相手は、その背丈から見てもまだ子供のようだった。少なくとも、深夜に街の遊び場で出会うような手合いではない。民警に補導されかねない。補導ならまだいいが、下手をしたら誘拐か売買か、 そんな危険な目にすら合いかねない。
 が、当の本人はここいらの空気に何も感じていないようで、にっこりと、それこそこの雑多で汚れたとすら評される場所に不似合いに邪気のない笑顔を浮かべた。

 「こんばんわ」

 至極目に焼きつく表情に、はたとサングラスを外していた事に気づく。どうやら踊る姿を眺めている間に、無意識に取り外してしまったらしい。やたらと視界が開けていると思った。
 慌てて目元を隠すそれをつけながら、とりあえず片手を上げてみる。
 子供を無視するほど、態度は悪くない。というよりは、相手に毒気を抜かれたというのが正しい。格好をつけて取り繕おうという気が起きなかった。
 こちらの反応に警戒を持たなかったのか、それとも元からそんなものなど持ってないのか、相手はちょこちょことこちらへ近寄ってきた。その動きに合わせて、頭の天辺で結んだ髪がぴょこぴょこと揺れる―――見かけに 関するセンスは、あまり良くないようだった。
 距離を測ることなく間を縮めた相手は、やはり小さい。見下ろした目の下で、緑の瞳が嬉しそうに輝いていた。

 「良い音楽でしたね!」
 「あ?お、おぅ……」
 「通りかかっただけなんですけど、何だか楽しくなっちゃって。あの……ひょっとして、見てました?」

 ちら、と上目遣いに伺う姿に何故かドキリとする。ただ踊っているのを見ただけだというのに、何かイケナイものでも見てしまったんじゃないかと、そう変な思考へ持っていってしまうような。
 って、おいおい何考えてんだ俺しっかりしろよ、と思わず自分にノリ突っ込みしながら、少し頬を染めている顔に慌てて首を振った。

 「別に、ちょこっと顔向けたら偶然そっちが居ただけだ。パフォーマーか何か知らねぇけど、金は払わねーぞ」

 多分そうではないだろうと思いつつ、一応釘を刺す。あれだけのダンスをした相手だ、実際にパフォーマンスでやっていたなら相当見せ代をせびられるだろう。
 ただでさえ寒い懐に無駄な出費は出せない―――ちょっと凄んで見せると、今度は相手が慌てたように手を振った。

 「あ、違います違います!ただ単に音楽聴いて、体が動いちゃっただけなんです。癖なんですよね」
 「何、お前トーシロなの?」
 「トーシロ?」
 「素人かって聞いてんだよ。踊って食ってんじゃねーのか?」

 首を傾げる相手に、微妙に脱力しながら尋ねなおす。
 何だかやりにくい。
 原因は恐らく、凄んで見せた時すら逸らさなかった真ん丸い、世間の汚い部分なんて何も知らないような澄んだ目の所為だ。
 真っ向からその目を見ていると、生まれてからこの瞬間まで自分が犯してきた後ろ暗い事―――とは言っても大した事はしていない所詮自分は街のどこにでも居る唯の遊び人でしかない―――を 洗いざらい吐き出してしまいそうだ。教会の美人なシスターですら、そこまで懺悔させられないだろう。
 サングラス越しでも耐えられず、先に若干目を逸らすと相手のちょんまげがプルプル振られた。

 「僕、踊るのが好きなだけです。あっ、歌うのも好きですけど!食べるのも!」

 ―――いや。そこまで訊いてない。

 「あと遊ぶのも賭け事も好きですコマネチもレニングラードもキレネンコさんも皆好きです」と、明らかに路線の外れてきた主張に、掌を向ける。
 変な奴だと思っていたら、思った以上に変だった。
 帽子の上から頭を掻きながら、まだまだ好きなものを言いたりなそうにしている相手に扉を示す。

 「何が好きでも構やしねーけどさ。そんなに踊りたいなら、中入ればいいだろ」

 何もこんな往来で、漏れ聞こえるショボイ音楽に合わせて踊らなくてもいい。中に入ればそれこそアドレナリンを吹き散らしそうになるくらいテンションが上がってはっちゃけられる。入った瞬間つまみ出されないかかどうかは別として。
 対象外年齢だろう相手は、しかし「うーん」と口に手を当てて唸った。

 「入ってはみたいんですけどね……前に一回、行ったとき楽しかったし」
 「何だ、経験済みなのか?」
 「ちょっとですけど。お皿回すの、面白かったです」
 「皿ぁ!?おい、まさかDJ席に入ったのか?」

 皿は皿でも「いつもより多く回しておりま~す」の曲芸の皿ではないだろうか。むしろそっちの方が似合っている。
 が、「はい!」と返事をした相手はきゅきゅっとレコードを回す仕草をする。それがまた様になっていて、ちょっとどころかかなり衝撃を覚えた。


 ―――これはもしかしてもしかしなくても、凄い奴に会ったかもしれない。


 見開いた目の下で、再び建物から漏れてきた音楽にあわせて相手がリズムを取る。ひょんひょん揺れる髪すら天才的なセンスの一端を表しているようだ。


 途端脳裏に浮かぶ、あの夜の音楽。ダンス。熱気。

 忘れようにも忘れられない一夜。

 体の内側から震えの走る、甘いとも熱いとも言える幻夢。
 ほんの一瞬、束の間全てを忘れさせて天へ昇華させてくれた、名も知らない影。


 いや―――名前なんて、知らなくて十分だ。

 その手が生み出す音が、踏み揺らす足が、倦みつかれた生を吹き飛ばしてくれる。


 レコードの回転よりも早く回った、忘れられない一夜の端々が体を突き動した。
 前でふらふらと揺れ動いている腕を掴む。握った手首は驚くほど細かったが、そんなことはどうでも良い。
 面食らうように緑の目を見開いている相手を引っ張って、扉のほうへと足を踏み出した。

 「ふぇ?あ、あのっ!?」
 「んな外で踊ってんじゃ、凸んねーだろ?中、入るぞ!」
 「でこる?おでこ??」

 頓珍漢な事を言っている相手に、笑う。何だか分からないが、ひどく Y  M やる気が漲ってきただ。
 今夜はきっと、あの夜と同じ最高の夜になる。GJ、俺。
 エスコートする相手はイケてるオンナのコじゃないが、それでもこれほどまでにないほど胸が高鳴った。

 「おら、ブチアゲてこーぜっ!!」
 「ま、待ってくださいーっ!僕、一緒に来てる人が居るし、それに名前知らない人について行ったら駄目だって言われてるしっ!」

 わたわたと今しがたどうでも良いと思った事を言ってくる。だが、確かに子供が名前を知らないような相手にほいほい付いていくようじゃ駄目だ。特にやたら無垢なこの目は、 そういった危ない連中を引き寄せやすい気がする。
 仕方ない、とりあえず自己紹介からいこーか―――帽子の位置を正しながら、掴んでいる相手へと振り返る。


 瞬間、顔が破裂した。


 吹き飛びながら、ああなんだっけこの感触昔感じた事があるなぁ、と記憶をほじくり返してみて、子供の時顔の前で爆竹を炸裂させるといった非常に危険極まりない遊びをした時を思い出す。そう、あの時失敗して 顔面にぶち当たった癇癪玉の衝撃と、今感じるものはそっくりだ。
 あの頃は怖いもの知らずだった。向こう見ずに、小さな体全てが度胸と無茶で出来ていた。
 年を取ってガタイが大きくなって顔も凄めるようになった今は―――怖いものがある。


 例えば、目の前に拳を構えて立っている、赤髪の男、とか。


 ゆらり、と長めの髪が揺れる。その下に見えた、一体どんな事故を起こしたのか規模を想像できない、顔に走る大きな縫合痕。
 そして見下ろしてくるチンピラなんて生温いものじゃない、明らかにごく一般市民とは 異なる空気を孕んだ真紅の双眸が、真っ直ぐ射抜いてくる。

 ―――冗談でなく、チビりそうだ。

 裏町の遊び場に出入りする以上、勿論裏の世界に属する面々を垣間見る事もあった。
 だが、目の前に居る相手に比べれば、どの手合いもガキのおままごと程度でしかないと思える。本当の筋者とは、 ナイフや拳銃をチラつかせなくても人の生死を左右できるものなのだ。
 吹き飛んでしまってサングラスの無い目で直に見る相手は、視線一つでこの命を両断する。
 何故、という疑問を挟む余地も、どうして自分が、と弁明する余裕もない。ただ確定事項として伸びる手が首をもぐ瞬間を待つだけだ。
 完全に抜けた腰で、近づいてくる手を見る―――と。

 「むほーっ!?きっ、キレネンコさんちょっと待って!その人悪い人じゃないんですーっ!!!」

 がばぁっ!と、近寄ることすら許さない相手の腕へと全身で取りすがる、子供の姿。爆竹を鳴らしていた頃の自分と同じ、怖いもの知らずにしがみ付くその姿に、息を飲む。

 「―――っば、馬鹿っ!お前何やってんだよ!?逃げろよ!!」

 触れてるのは爆竹なんかより、もっと危ないモンなんだぞ―――!

 背筋を冷たいものがかける。
 相手が女だろうと子供だろうと、裏の人間は容赦はしない。邪魔をする者は悉く消してしまう。ましてや、掴む相手はその意気を十分すぎるほどに纏っている。
 細い手首どころか内に埋まった心臓すら捻り潰さんだろう気迫は感じているだろうに、それでも逃げないというのか。
 名前も知らない、初対面の自分へ向けられていた凶器をその身に取り込もうというなら、 それは献身を通り越して―――単なる、馬鹿だ。
 その馬鹿な相手は馬鹿みたいな髪型を揺らして馬鹿みたいに叫んだ。

 「そのっ、音楽が聞こえてきてついふらふら~って来て踊っちゃってたらその人が居たんでこんばんわって挨拶してっ、踊るのが好きなんですって言ったら中に入ったら良いって言ってくれてっ、 ああでも名前知らない人について行ったら駄目だってキレネンコさんが前言ってたからまず名前訊こうと思って―――……で、アレ?あの、なんてお名前でしたっけ……?」

 何もどうも、まだ名乗っていない。

 目の前でこてっと傾げられる首に、多分普段なら突込みを入れている。普段なら。
 けれど、今は常日常の普段とは一線を画している。ほんの一瞬前までは最高の、今となっては最悪の、普段と異なる夜だ。
 ゆっくり、その原因を摩り替えた男が体を動かす。
 待ってくれ、と言いたい。そいつはまだ子供で、こんなチンケな遊びの場には不似合いに無垢な目をしていて、超絶にシビれるダンスの才能の持ち主なんだと、その動く手へ訴えたい。
 だというのに怖いものを知った腰の抜けたチキンの自分は、あの子供のように身を起こして腕を掴むことが出来ない。掴むことは、出来ない。
 ただ呆けたように、目の前で丸っこい顔に容赦を知らないだろう指がめり込むのを、見るしか出来ない。


 夜の道に、子供の悲鳴が上がった。


 「―――っい、いひゃひゃひゃひゃっ、いひゃいでひゅひるへんこひゃんーっ!!!」

 ギリギリギリ、と頬を抓りあげる指に、大きな瞳一杯に涙を浮かべて叫ぶ子供へ低い声が打つ。

 「…………勝手に離れて歩くなと言っただろうが」
 「いひゃっ、いひゃいっ!はひ、ふみましぇんひるへんこひゃんっ!」
 「……それから、名前を知らない相手には、じゃない。誰であっても、付いて行くな」
 「はひっ!はひっ!ほめんなひゃいぃーっ……!」

 ふはふは言葉にならない息の下で必死に謝る子供の頬を、それからたっぷり三呼吸分引っ張った相手は、やおら手を離す。ぱちんっ!と軽快な音を立てて収縮した真っ赤な頬を 押さえる子供の体が、宙に浮いた。
 荷物よりも軽く、包みよりもコンパクトに担がれた子供が、男の肩の上で「へ?」という顔をした。
 丁度向きが逆になってしまった赤髪の相手がどんな表情をしているかは分からない。ただ、地面にへばったまま呆然とする自分と浮いたまま呆然とする子供の耳に、確かに明確な意思を感じさせる声が聞こえた。

 「……帰ってから、十分に反省させてやる」
 「ほっ―――!?ぇ、あっ、まままっ、待ってくださいキレネンコさんっ!すみませんすみませんーーーっ!!!」
 「ちょっ……!あ、アンタちょっと待っ―――」

 真っ青な顔になって肩の上でじたばたしている子供へ、咄嗟に手を伸ばす。気に入りの帽子が落ちて泥に汚れたが、そんな事に構っていられない。
 今は、消える命を護るのが―――例え、そのもがきに等しい一打が鼻息で吹き飛ばされようと―――遊びに遊んで、まともな道を歩いてこなかった自分に歩み得る、全うな人の道だった。
 だが―――待ってくれ、という言葉を言い切る前に、腹へ入った回し蹴りで、再度体が吹っ飛んだ。

 背中からダンスクラブの扉を破り、中仕切りの扉を突き抜け、人込みを押し退け、立ち台へと激突する。
 ミラーボールのぶら下がった天井で見えるはずの無い星がチカチカ、目の前に無数に浮かぶのを見る中。聞こえたのは人の驚く声だったのか子供のSOSだったのか。

 最初に名前を聞いていれば―――教えていれば、こんな事にならなかったのかな。

 今となっては遅すぎる後悔が湧き上がる。
 あの闇と光の中、舞うように踊っていた身に驚かず、帽子もサングラスも取り払って名を告げていれば、こんな事には。こんな夜の終わりには、ならなかったのか。
 ならば。もし仮に、かつて出会った最高の音楽使いと出会えたなら。
 その時こそ、迷わず名前を告げよう。


 俺の名前はズムシャビン。4649!
 



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2010.4.11
とんでもない事をした気がするズムシャビンネタ。
w-i○ds.の人、すみません。