作者様:『桜魔ヶ時』 緋柳 涙様



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看守の恋愛事情



 囚人達の夜の食事も終わり、看守が食事を取る時間帯。
殺伐とした監獄の中で常に気を張って働く看守達の唯一落ち着ける時間だ。

そんな時間に監房の中にいる一人の看守がいた。


 一般看守の中でも主として極悪房担当のカンシュコフだ。
簡素なベッドに腰掛ける彼の表情は真剣。
大きく溜め息を吐いてから低く呟いた。

 「折り入って相談があるんだが…」

 「はい、何でしょうか?」


 そう笑顔で答えるのは、この房に居る囚人のプーチン。ちなみにもう一人の住人であるキレネンコは先程懲罰房に連れて行かれて不在だ。
カンシュコフの隣に座る彼は鬱な担当看守と対照的に呑気な表情を浮かべている。

 「…実は…その…友達がキレネンコに似たタイプの奴と付き合ってて、どうやったら上手くいくのかアドバイス貰ってきてくれって言われたんだ。…あくまで友達の話だからな!」

 軟禁に近い職業なのでは、とかそもそも囚人の性格をそういった話の引き合いに出すものではないだろう、とか念の押し方がかえって怪しいだろう、とか兎に角大量のツッコミ所のある言い方だがプーチンは気付いていないのか気にしていないのか「そうなんですか~」と呑気に返事をした。

 かなり失礼だが、彼が頭の弱い子で良かったとカンシュコフは思った。

軽く咳払いをしてから居住まいを正した。

 「て事でちょっと聞きたいのが…不満がある時ってどうしてるんだ?…だって」

 キレネンコに絶対服従に近い状態だが、プーチンとて人の子。彼のする事成す事全てに満足出来るはずはない。

一瞬分からないというように首を傾げたが、すぐ咀嚼したのかにっこりと笑って答えた。

 「嫌って言います」

 「…言えるのか?」


 自分の思い通りにならないとすぐキレる俺様主義のあの死刑囚に。

尚も笑顔を崩さずプーチンは続ける。

 「だって、好きな所でも嫌いな所でも言い合えるのが恋人じゃないですか?」

 「まぁ………な」

 「そのお友達さんは言ったり言われたりした事ないんですか?」

 「ん?あー…そう、だなぁ…」

 生返事をしながら考えてみる。
だが記憶を掘り返せば掘り返す程湧いてくるのは怒りと不満。

思わず握った拳でベッドを殴る。


 「ッでもアイツ否定的な言葉発した瞬間殴る蹴るで言わせてくんねぇし、つかぶっちゃけ好きだとかそういう言葉全くないままなんか成り行きで付き合ってるような感じだし!一言位寄越せってんだマジ訳わかんねえンだよあの無駄なイケメン!ムダメン!!」

 突然怒声を上げた自分に吃驚したプーチンがベッドの隅に逃げたのを見て我に返った。

 「あ………わ、悪いプーチン、驚かしちまった…!」

 慌てて傍に寄り、頭を撫でてやる。
薄く涙さえ浮かべていたプーチンだったが、撫でられている内に落ち着きを取り戻し体の硬直を解く。
そして再び見せた彼の笑顔は、先とは違い優しく慈しむようなものだった。

 「…お友達さん、そんなにその人の事好きなんですね」

 「え?」

 「好きって、言ってもらいたいんですよね?そのムダメンさんがあんまり愛情表現してくれない人だから」

 「あ、まぁ…そういう事、になる…のかな…?」

 ただ不満たっぷりなだけなのだが。だが満面の笑顔を前にしてはそんな事言えず、口ごもっている内に「そうだ!」とプーチンが手を叩く。

 「じゃあお友達さんに、お友達さんの方から好きだって言ってみて下さいって伝えて下さい」

 「あ、あぁ…え?」

 「お友達さんから伝えればきっとムダメンさんもお返事くれますし、嫌な所も聞いてくれますよ!」

 確かに一理ある、と感心した。

だがそれより…

 「…一つ言っとくけど【ムダメン】って名前じゃねえから」

 「へ?あ、そうなんですか?!」

 心底驚いた声を上げるプーチンに思わず噴き出す。

頭が弱いというか、天然。


 「プッ…アハハハッ!なんつー名前だよそれ!」

 「はわっ、はわ…だってだってなんかそれっぽかったじゃないですかぁ~っ」

 真っ赤になって弁解するプーチン。

まだ収まらない笑いをこらえ、一回り小さな体の柔らかい肩に額を乗せた。

 「…サンキュ、しっかり伝えて頑張らせる」

 「はい!僕も応援しますから!とも伝えて下さい」

 「~~~ッあぁもう、本っ当可愛いなお前!」

腕を広げ、目一杯抱き締める。

瞬間、

 「…オイ…」

と地を這うような低い声が背中に刺さり。


 ドカッ バキッ


 気が付けば冷たい廊下に肋骨骨折のおまけつきで投げ出されていた。

 どれ位気を失っていたのか体は冷え切っており、天井を見上げたまま苦笑する。

 「…あー…また1週間は寝たきりじゃん…」

 できるだけ負担のないよう起き上がるが、骨折の痛みは緩和出来ず眉をしかめた。
壁に寄りかかる。

 「…なんで俺、こんな怪我してまでアイツと付き合おうとすんだろ…」

殴る、蹴るの暴行が本気で嫌なら死を覚悟してでも彼との関係を断ち切るべきなのに。
それどころかわざわざ彼の兄と付き合っている人から危険を承知でアドバイスをもらって。

 「…知らねえよ、むしろ俺が聞きてぇ。
ついでに言うと、お前が俺を苛つかせるから殴るんだよ鈍感看守」

 「はぁ?!だったら普通手より先に口………ッてうおぉ!!」


 いつの間にか隣に腰掛けていた彼…キルネンコに驚き、傷を忘れて勢いよく後退りした。
呆れ顔の瞳に怒りが浮かんでいるのはきっと気のせいではない。

 「カンシュコフ君、なんでお前からプーチンの匂いがすんだ?」

 「こ、ここ部屋の前だし…さっきまで中にいたから、じゃねぇ…?てか匂いなんて分かるのかよ…」


 目に見えて急降下していくキルネンコの機嫌に若干身の危険を感じながら言い訳を紡ぐ。

 キルネンコが、にっこりと笑った。

 「拳と足、どっちがいい?」

 「抱きつきましたごめんなさいもうしません」

 光の速さとはよく言ったもので、情けなくもあっさり白状する。

 「へぇ…」

 貼り付けた笑顔が、告げた。

 「…デコピンで許してやる。ちょっと面貸せ」

 「いや、今んなもん食らったら確実に死ぬ!」


 キルネンコも彼の兄同様人並み外れた力を持つのだ、例え健康な状態でも脳震盪必至。

 「黙れ。来い」

 全力の拒否も圧倒的な力の前では何の意味も成さず、腕を掴まれ引き寄せられる。

 「ッ………!」

 次に来るであろう衝撃に怯え反射的に目を閉じた。

 だが予想していた衝撃はなく、代わりに感じたのは温かく柔らかいものに包まれる感触。

 目を開けると、キルネンコの愛用するクロスのチョーカーが見えた。


 疑問符が浮かぶ。


 「そのまま。顔上げたらマジでデコピンする」

 「う゛…」

 釘を刺され、上げようとした視線を再びチョーカーに向ける。

その状態でお互いしばらく黙っていたが、不意にキルネンコが呟いた。

 「…嫉妬してるだけって…何で気付けねえかな…」

 「は…?」

 「ッだから、俺と居る時より…キレとかプーチンと居る時の方がよく笑うだろお前!」

 そう言って抱き締める力を強めるキルネンコの鼓動が速くなっている。

 「うわ、マジで…?」

 「……」

 「ハ、ハハッ…!何だそれ…!おま、不器用にも程あンだろ」

 「………」

 「なんつーか、可愛い所あるんだなぁキルネンコって」

 「………あ゛ーーー!!もう黙れテメェ!!!」


 耳まで赤くしたキルネンコが突然爆発し、殴った。

 「ッ………?!」

 後頭部を強打した拳にカンシュコフの意識はいよいよ夢の世界へ。

胸の中でぐったりとする恋人を再び抱き締め、キルネンコは囁いた。

 「悪かったな、訳わかんねえムダメンで…


 ちゃんと、好きだから―――」



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2011.02.24
『桜魔ヶ時』の緋柳 涙様が、拙宅のサイト1周年の祝いに書いて下さいました!
も、桃看ーっ!!!桃看という名を冠し間違いなくキルネンコ×カンシュコフの先駆者である緋柳さんから、まさかのプレゼントっ……!
う、嬉しさで目の前が桃色に……!プーチンと恋愛トークする乙女な看守、そして無駄にイケメンなのに恋愛は不器用なムダメンキル様っ!揃って、可愛すぎるっ……!
こんな辺境の地に、しかも知り合って日が浅いにも関わらずこんなに素敵な品を贈ってくださるとはっ……緋柳さん、本当にありがとうございます!
変態の皮を被ったケダモノな管理人ですが、今後ともどうぞ宜しくお願いします!ぷちさんど&桃看ラブ!!!

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