さぁさぁ、お茶会にしましょう クッキーにキャンディー、淹れたての温かな紅茶 さぁさぁ、本は閉じてお席にどうぞ―――あら、なんだか周りが大きく見えませんか?
Alice In Wonder 1 ―某日、平和な昼下がりにて― 皿一杯に盛ったクッキーと、ちょっと贅沢をして買った良質な茶葉にお湯を一杯入れたサモワール。フルーツを凝縮した季節のジャム。お盆に載せたそれらを真っ白いクロスを敷いたテーブルへと並べていく。 仕上げに庭に咲いていた花を一輪、花瓶代わりのグラスへと挿して文字通り花を添える―――完璧だ。 すっかり場を整えたリビングに大きく頷くと、プーチンは弾んだ声を上げた。 「キレネンコさん、お茶にしましょうか!」 ワクワク、という擬音語が聞こえてきそうな声音に、呼ばれたキレネンコが雑誌から僅かに顔を上げる。向ける赤い瞳は昼真っ只中だというのに半分ほど閉じている。世界の大半に興味がない無感動な目は設えられた茶席を見ても、変わらず輝くことをしない。 そんな張り合いのない、準備一つ手伝わなかった同居人に対してけれどプーチンは嫌な顔一つせず彼の紅茶を用意した。 カップへ落とす角砂糖は一つ―――意外と甘党な相手の好みは、すっかり熟知している。紅茶の柔らかな芳香に甘い匂いを足した、とろり琥珀の色合いを濃くしたお茶にジャムと笑顔を添えて差し出す。 「はい。どうぞ」 受け取る手は礼も言わない。それどころか雑誌を片手に持ったまま、閉じもしない。全くもって無作法極まりないが、カップを受け取る際プーチンの方へと顔を向けただけ大分進歩したといえる―――もっとも、すぐにその顔は紙面へと落ちたが。進歩したとはいえ新刊の雑誌を脇に退けてお茶に集中するという段階までにはいっていない。そこまで到達するには魚が陸に上がって二足歩行するくらいの時間が必要ではないか。果たして、彼の寿命とどちらが長いだろうか。 でも、嬉しそうな顔してるから良いか―――無表情の顔に映る、ほんの些細な差を見てプーチンは寛容にもそう思う。 お茶会で重要なのは、美味しいお茶を楽しく飲む事だ。会話が弾むのが理想的ではあるが、普段の会話も必要最低限の無口な相手にそれを望むのは少々難がある。 甘いお菓子と、香り高い紅茶と。目の前に居る、大切な人と。幸せと言うならこれ以上の幸せはきっとない。 芳醇な香りと幸せが胸いっぱいに広がるのを感じながら、紅茶を一口―――味わう前に目の前でガバッ!と勢い良く上げられた顔に、プーチンは思わず口のお茶を吹いた。 「ぶっ!?」 お茶会の席に相応しくない反応は、幸いも向かいにかからずに済んだ。が、相変わらず無表情の、けれど眠そうな目にやたら真剣な眼差しを浮かべたキレネンコはそんなの関係ないと言わんばかりに口を開く。 「―――はい?」 ゲホゲホと咽ながら、プーチンが目を丸くする。唐突に、何を言うのか。 あ、そういえば今日は卵の特売日だった―――あとで買出しに行かないと。 急がなきゃ、と全く腰を上げる気はないプーチンがのほほんとして告げた日付に。
「!!!」
赤い瞳がくわりっと開いた。
極端な衝撃を表す相手に、言ったプーチンの方が戸惑う。自分は何か、間違えたことを言っただろうか。 ちょっとしたシンクロを感じさせる言葉に「どうしたんですか?」とプーチンが声をかけようとする。 「―――え?」 ああちゃんと全部飲んでくれたんだ嬉しいなぁ。 ―――ではなくて。 「キ、キレネンコさんー!?」 ドドドドドッ!と遥か先を駆けていく足音に慌ててプーチンは席を立つ。テーブルの上でカップが倒れてしまったが、そんな事構っていられない。飲めなかったお茶よりも突然部屋を飛び出していった同居人の方が彼にとっては重要だ。 「卵は夕方まで待っても大丈夫ですよーっ!!!」 そう渾身の力で叫びながら部屋から廊下へ、そして外へと繋がる玄関へ足を踏み出したプーチンは。
扉を出たら足元に穴が有るだなんて、誰が思う?
―――――――――― 2010.6.6 日記に投下していた、アリスパロの再録です。 一番最初はアリスと関係ないですが…… |