※注意※
女装緑なので、苦手な方は注意ください。



 その王様は、とても気が短く、事あるごとに怒っています。

 意に沿わないことがあると相手の首を平気で飛ばしてしまいますし、クロケーではボールの代わりにヒヨコを叩いたりします。

 誰もが恐がる王様の、けれどその目を見た時。おチビさんは、尋ねました。


 「王様―――なんで王様は、そんなに悲しそうなんですか?」




 Alice In Wonder 5 ―赤の王様の見る夢―





 茜色の空に浮かんだお日様は、そろそろお茶会をお仕舞いにする時刻を示していました。

 本日結局お茶を一滴も飲めなかったプーチンを、空渡るカラスが「もうお帰りよ」と促すように鳴いています。が、ローファーを履いた足が小走りに進むのは家路ではなく、広い広い庭園でした。
 きちんと手入れをされた生垣には、真っ白なバラが咲き誇っています。赤色だったらもっとキレイだろうな―――そう思ったのは、手を引いてずんずん歩いていく相手の後姿を見ているからでしょうか。赤髪の彼は赤いベストが似合うように、きっと真っ赤なバラも似合うはずです。
 一瞬その姿を想像してぽ。と頬を染め―――る余裕は、転びそうになる足元を気をつけるので一杯なためありませんでした。

 「あっ、あのー、キレネンコさん、もうちょっとゆっくり……」

 歩いてもらえませんか―――小さな声でお願いをしてみますが、赤髪の上で揺れる長耳は聞こえていないのか聞かないのか、振り向きもしなければ速度も緩めません。
 同じ顔立ちをしたチェシャ猫と別れて―――終わりのない殴り合いに「飽きた」と言ってすぅっと消えた、その直前吊るしたプーチンのほっぺたをかぷり噛んでいった相手の横面に羅刹掌が叩き込めなかった時から、ずっとこの調子です。気のせいか、安全ピンの他に怒りマークが彼のオプションとしてくっつい ているように見えます。

 引く手を払うことも出来ず、プーチンはスカートの裾を揺らしながら庭園を抜け、クロケー場を横切り、立派なお城の中へ―――







 「…………あれ?」


 入った扉の向こう。リボンをつけた頭に、?マークが浮いた。

 小さな玄関に、そこそこな広さのリビング。そのテーブルの上へと、出しっぱなしのティーセット。

 空になったカップと倒れているカップ、お揃いのデザインのそれらは、見間違うことなく自分達の所有品だ。ぐるり見回した目に映る、お茶会の途中で放り出してきた状態のままの、我が家。
 いつの間に、帰ってきたのか―――思わず立ち止まるプーチンとは逆に、もう一人の住人は勝手知ったる自分の城に上がり込んだ。
 プーチンの手を離したキレネンコは、赤髪の上に生えたウサギ耳をすぽっと引き抜き―――アレって着脱可能だったんだ―――床へ投げ捨てた。度の入っていない眼鏡も、白手袋も、結んだ蝶ネクタイもベストも。ぽんぽん取り払ってシャツも適度に緩めると、あっという間に普段と変わらないラフな出で立ちに戻った。
 どうやらあの正装を気に入っていたのはプーチンだけで、本人は非常に窮屈だったらしい。ゴキリと音を立てる首が、それを如実に物語っている。
 少し残念かも―――滅多に見られない相手の姿を惜しく思っているプーチンに。背を向けたまま、キレネンコがぼそりと呟いた。
 「―――今日は、何日だ」と。

 「―――ふぇ?」

 きょとん、と緑の目が瞬いた。
 なんだか、今日既に一回聞いたことのある言葉。健忘症でも始まってるのこの人。
 ―――とは、素直で心優しいプーチンは思うことなく。彼はカレンダーが示していた卵の特売日を、再度告げる。

 もう夕方、流石に買いに行かないと店が閉まってしまう―――急がなきゃ。

 そう、一緒に並んでもらう相手に買い物へ行こうと声をかけようと思っているプーチンの前で。


 はぁ―――と。深い、とても深い、溜息が。キレネンコから、漏れた。


 「ほ?」
 「……………」

 疑問符を浮かべて首を傾げるプーチンに背を向けたまま、赤い瞳が夕暮れに染まる窓を見た―――ずっと携えていた雑誌を開いて確認する事を、彼はしない。読み込んだ記事は今更広げるまでもなく、全て。鮮明に思い出せる。


 この世で最も美しいスニーカーの形も、トランプのマークをあしらった斬新な柄も。そして―――『一日限定』と打たれた、販売日も。


 そこに書かれた日付と同じ日を言ってくれた相手へ、けれど真実を知ってしまった今。喜ぶことなど、出来はしない。無感動な目は心情の揺らぎなど微塵も浮かべないが、その胸の内は確実につんと突いたトランプタワーのように崩れてい た。
 懐中時計の針をどれだけ弄ってもムーンウォークで華麗にバックステップしても、過去は過去。不味いお茶しか淹れられないキ印の帽子屋が言ったとおり、昨日という日には戻れはしない。
 見事一日間違った日付を教えるプーチンを、けれどキレネンコの怒りの拳は襲撃しなかった。口より手が先を地で行く彼も、一応DVはしない主義だ―――どうでも良い帽子屋や其の他大勢は平気で殴るが。それに、突き詰めれば 日めくりカレンダーを捲らせなかった一因は自分にもあるわけで。ベッドでぐったり遅寝をしていたプーチンばかり責める事は、出来ない。
 結果―――取り外した長耳をがあればへにょんと折っていただろうキレネンコは、それに倣って盛大に肩を落とした。



 こうして急ぐ理由もウサギ耳もなくした時計兎は、自分の王国で醒めない夢を見続けました―――完。





 「…………あ、あのー」

 と、物語と共に人生まで終焉しかけている相手へ、プーチンが恐る恐る声をかけた。夕焼け小焼けの哀愁を背負う背中に、詳細を一切合切知らない彼は状況を理解できない。ただ―――遠くを見る赤い瞳はなんだかとても、悲しそ うで。その気持ちが伝わってきたかのように痛んだ胸に、エプロンドレスがぎゅっと握り締められた。

 一体何があったのだろう、何故そんなに悲しそうな目をしているのだろう―――

 何も語ってくれない相手へ。緑の瞳に戸惑いを浮かべながらも、彼は懸命に原因を考え、


 「…………キレネンコさん、ひょっとして……『いーでぃー』っていうのに、かかったんですか?」
 「―――」
 「ぃたたたた、痛いれふキレネンコひゃん引っ張らなひでー!」

 むぎーっと容赦なく引っ張られたほっぺたに、プーチンの悲鳴が上がった。歯形の薄っすら残る頬が限界まで引き伸ばされ、ギリギリと鳴っている。
 どこで知ったそんな言葉というか意味を分かって使っているのか―――と『ED』疑惑をかけられて無言で激怒しているキレネンコに、プーチンが半べそで「だって」と理由を述べた。

 「キレネンコさんから元気がなくなったら、それが原因だって……」

 ―――親切な、チェシャ猫さんが。
 
 「…………」
 「あっ!あと、看守さんやお巡りさんも、そうだって……!」
 「………………」

 ……全員「首をはねておしまい!」と叫んでやろうか。

 全く虚実無根のでっち上げを吹き込んだ連中を、脳内で先行的に断首しておく。そしてトンデモ発言をかました相手には、その勘違いを身をもって修正してやろうかと思う。
 「痛い痛い」と訴えるプーチンの頬を千切る一歩手前まで引っ張り―――けれど、溜息をついてキレネンコはその手を離した。
 今は、そんな気力すら湧かない。手に入らなかった靴に対する失意が、彼の中で一番強い感情までも薄れさせてしまっていた。

 「うぅ~……ご、ごめんなさい……」

 ひりつく頬を押さえながら、とりあえずプーチンは謝っておく。どうやら推測は外れた上に、言ってはいけない言葉だったらしい。よく知らないのだけれど。
 怒らせたかな、と涙目で伺うが、向き合う赤い瞳は静かだった。静かに―――何かを、諦めたように。力ない目をしているキレネンコへ、そっと指が触れた。

 「……キレネンコさん。どうしたんですか?」

 触れる横顔へ浮かぶのは何時もと変わらない無表情だが、その目に確かに悲しみの色合いがあるのをプーチンは見抜いた。胸の痛みが益々募る―――薄っぺらなエプロンなんかでは、伝染してくるその感情を防げない。

 彼に何があったのかは解らない―――けれど、どうにかして。この悲しさを取り除かないと。
 自分の内へ篭ろうとしている相手へそれが出来るのは、今向き合っている自分だけなのだから。

 顔に走る傷跡を労わるように撫でたプーチンが、思い切って尋ねた。

 「僕は―――僕には、何か出来ますか……?」
 「……………」


 今夜、その格好で付き合ってくれれば良い。


 ―――思わず出かけた本音は、一応キレネンコの口から吐かれなかった。言おうが言うまいが、どのみち付き合わせることは確定だからだ。
 気遣わしげに眉を寄せる恋人(いい加減認めろ)の手へ己の手を沿え、キレネンコは小さく息を吐いた。
 過ぎたことを幾ら悔やんでも、仕方がない。女々しく考えるのは性分ではなかった。
 人生の興味大半を占める品を簡単に諦められるものではないが、代わりに目の前には残りの意識全てを浚う存在が―――据え膳的格好と従順さで―――居る。あれだけ楽しみにしていた茶会を途中投げ出しても自分を追いか け、数々の苦難を潜りながらずっと走り回っていたらしい相手の手は、他の誰でもなくこちらへと伸ばされている。
 その手が、その目が。真っ直ぐと向けられている限り、カレンダーが捲られていまいと己の内なる時間は止まることなく時を刻む。
 いつの間にか自分の国へ入り込んでいた小さな相手アリスはだんだんと存在を大きくし、かつてなら絶対思わなかっただろう発想までもたらせた。なら、今ここでその相手へ望むことは。

 「…………茶。」
 「―――はい?」

 ぽつり投じられた短すぎる単語に、プーチンが瞬いた。痛ましそうな顔から一転、ぽかんとした彼の前で。赤の瞳がほんの僅か―――緩んだ。
 その一瞬の変化を見上げる目が気付く前に、感情の読めない平坦な声が「茶が飲みたい」と簡潔に要望を告げた。
 口に残っているのは角砂糖を何個落としても誤魔化せない不味い茶の後味だ。別に身体に何らかの影響が出ているわけではないが、色んな意味で不快感がある。
 紅茶の味は淹れ手の腕一つで文字通り違ってくる。顔へ触れている小さな、温かな手で淹れた紅茶で早く口直しがしたかった。

 傍若無人を絵に描いたキレネンコからの、珍しく控えめな要求に。一瞬面食らっていたプーチンは―――ぱぁっと、表情を明るくした。

 「―――はいっ!とびっきり美味しいの、淹れますね!」

 時刻は夕方、もうお茶ではなく夕飯の時間帯である。しかし、そんな事構いはしない。
 お揃いのカップに温かな紅茶を注いで、甘い甘いお菓子を並べて。途中止めになっていた、お茶会を再開しよう。
 大切な人と向き合って飲むたった一杯のお茶が―――幸せを呼ぶのだから。


 「すぐにお湯沸かしますから!」という言葉と共に、くるりんっとエプロンドレスの裾が翻る。所望するだけして特に手伝う様子のない相手へプーチンは文句一つ零さない。笑顔を浮かべて茶器を抱えた彼は解っている―――準備する自 分の姿を眺める赤い瞳に、もう胸が痛くなるような悲しさの気配がない事に。
 ヒラヒラ揺れるスカートへ一応悪さの手は伸ばさず、キレネンコは大人しく席についた。携えた雑誌は開くことなく傍らに置き、お茶が運ばれるまでクッキーにも手を伸ばさない。茶会での最低限のマナーを守り、行儀の良くしているゲストの前で。パタパタとお茶の準備をしていたプーチンが、

 「あ―――そうだ!」

 ぽんっ。と手を打ち鳴らして、台所と反対の私室へと駆けた。
 そっちの部屋にあるのはコンロでなくてベッド―――その気にでもなったのだろうか。
 ここは『急がなきゃ』と言って追うべきなのだろうか、と思案するキレネンコが腰を上げる前に、(残念な事に)プーチンは戻ってきた。
 手へサモワールの代わりに箱を携えた茶会の主催者は、疑問符を浮かべる赤い瞳にニコリと笑う。

 「これね、昨日雑貨屋さんで見かけたんですよ」
 「……?」
 「珍しい柄だからキレネンコさんもまだ持ってないかなー、って―――」

 衝動買いしちゃいました。
 倹約とは反対の行動に、少し照れたような表情を覗かせる。未だ良く解っていないキレネンコの前―――とろけるジャムよりも甘いとびきりの笑顔と共に開かれた、箱の中は。


 「ハートにスペード―――こういうのも、可愛くって良いと思いませんか?」


 布地一面へ散りばめられた、鮮やかなトランプのマーク――




 ここはまだ、不思議な国なのかもしれません。





 Red King part of my dream , Alice was part of his dream?
 夢を見ていたのはアリス?それとも、王様?
 Which do you think it was?
 あなたはどっちだと思いますか?







 +++(ハンプティー・ダンプティーな)おまけ+++


 「シュークリーム、シフォンケーキ、タルトにカステラ―――あと、何か食べたいのあります?」
 「…………プリン」
 「そっか、卵と言ったらプリンですよね!」

 山の端へ沈む夕陽と入れ替わろうと月が準備する頃―――「卵買いに行きましょう」というプーチンの誘いの元、遅めお茶会を済ませた二人は商店へと向かっていた。
 誘った後で「今日は特売日ではない」と教えられた時は大分ショックを受けたプーチンも、今日くらいは奮発しても良いかと思いなおしていた。多分意外と聡い彼は、生活費を入れている同居人の『そんなに苦労をさせているのか……』 と微妙に沈んだ空気を読んだのだろう。あまりの倹約は時として世帯主を甲斐性なしと暗に責めてしまうのだと、彼は一つ勉強した。
 でもやっぱりお菓子は一個までにしておこう―――売り場に近づくと揺らいでしまう自制を財布の紐と一緒に強く持つ。
 並んだ頭の上へ広がる天空は、今日は比較的明るい。きっと東の方角から見えるのは、スプーンで掬って食べられそうな丸くて黄色い満月だ。

 「じゃあプリンはバケツで作りましょうか」

 明日のお茶会の席に並べるお茶菓子の提案に、キレネンコが無言で頷く。果たしてそれは、二人だけで行う茶会で適切な量なのか―――という疑問は両者とも湧かない。甘いものは別腹なプーチンと甘いものもそうでないものも異次 元な腹のキレネンコにかかれば店の卵全て買い占めて作っても余ることなどない。
 早くも腹時計は明日のお茶の時間を指そうとしているプーチンの足取りは軽い。やっぱりサンダルは歩きやすい、と頭から足元まで普段の装いに着替えた彼は大きく伸びをする。赤い瞳がなんだか残念そうな色を浮かべていたのは、あえて見ないフリをした。
 流石にあの衣装で大通りを歩いていたらお巡りさんから職務質問をされてしまうかもしれない。ジェンダーフリーが推奨される昨今も、本来と逆の性へ手を出す相手には未だ厳しいのだと飼っているヒヨコが教えてくれている。

 「あ。折角のお茶会ですし、天気が良かったら他の人も呼びましょうか?」
 「…………」
 「ぃたたたたいたいですキレネンコさん~!そのツボは痛いです~っ!」

 ぎゅーっと押された繋いだ手の合谷に、プーチンの悲鳴が上がった。
 雲ひとつ無い西の空は、素人でもゆうに明日の天気が予想できる。呼ぶ面子がどれをとってもロクでもない以上、穏やかで平和な昼下がりはおくれないだろう。お菓子の代わりに糖度ゼロのライフル弾が、お茶の代わりにぐっすり昼寝が出来る秘薬を添えた鮮血のフレッシュ・ドリンクが出るお茶会で構わないなら止めないが。

 「でも、人数が多いほうが賑やかで楽しいですよー……あれ?」

 賑やかな声を立てながらスキップをしていたサンダルが、止まった。
 合わせて少し先を歩いていたスニーカーを止め、振り返ったキレネンコへ。プーチンは、前を指差した。

 促され向けられた赤い瞳に映った―――卵。

 道の真ん中、どん。と置かれた楕円の物体は、つるんとした表面といい真っ白な色といい、どこからどう見ても卵だった。
 ただ。大きさは普段買う卵より、少々大きい。目測でざっと―――子供程度のサイズだろうか。規格であるLが何乗するかは、ちょっと解らない。冷蔵庫のスペースを確保するのはなかなか大変そうだった。

 商店まで続くなだらかな下り坂を塞ぐように鎮座している卵を眺め―――顔を見合わせた二人は、お互いの意見を読み取った。

 「―――あのサイズなら、すごくおっきなプリンが出来ますね!」

 朗らかに笑って合致した思考を告げるプーチンに首肯し、キレネンコがスタスタと卵へ近づいた。荷物持ちは小さく非力なプーチンよりも適している。すっかり習慣づいた役割にも文句は出ない。
 両腕で抱え込むサイズの卵を持ち上げるべく、彼は無造作に片手を伸ばし、

 「……なんでこのボクが卵なんだおかしいだろ配役しかもほとんど袖待ちってどういうことだよ」
 「………………」
 「大体貧乏丸出しな間抜け面したガキがなんで主役でしかも皆こぞって誑し込んでるんだ全くボクを一体誰だと思ってるんだ―――金も権力も可愛らしさも世界一なズルゾロフ様だぞ!」


 あの格好だって、ボクの方がよっぽど似合うね!


 納得いかない状況にブツブツと呟き、終いには声高に叫ぶ卵―――その白い殻を被っていたズルゾロフは。視線を感じて、ハタと顔を上げた。

 「………………」
 「………………」

 ばちっと目が合った―――のかは、半眼のどこに焦点があるのか解らないため定かでないが―――赤い瞳。
 身長差がかなりある相手の、遥か高みの位置から見下ろす感情の全く読めない目に、殻に包まれたズルゾロフの背へ汗が滑る。
 なんだか何時ぞやどこかでお見かけした事があるようなないような古い故人に似ている相手へ、ゆで卵になってしまったかのように体が固まってしまう。

 しまった、食べられてしまう―――でもちょっとイイかも。
 
 身の竦む戦慄と期待打ち震える恍惚の交錯。齧るなら、強め希望。
 そんなに欲しいなら仕方ないな、さぁボクをお食べなさい―――と、自身へ伸ばされていた手を導くよう、にゅっと手を生やした卵を。


 長い足が、無言で蹴り飛ばした。


 「っぎゃぁぁぁああああーーー!?」


 スニーカーの靴型をくっきりとつけた殻は、幸か不幸かひび割れなかった。
 ごろんごろん下り坂を転がっていく卵―――その一部始終を長い赤髪で塞がれていて見えなかったプーチンは、手ぶらで戻った相手と消えた卵に首を傾げた。

 「あれ?キレネンコさん、卵は?」
 「…………腐ってた」
 「むほぉっ!やっぱり拾い食いしちゃダメってことなのかなぁー。食費が浮くと思ったのに、残念です……」

 気落ちしている肩をぽんと叩くと、キレネンコは「急ぐぞ」と手を引いた。
 閉店間際の店はもう滑り込みセーフの時間だ。食あたりしない卵を買い占めるため、歩幅の違う足が揃って下り坂を駆け下りていく。



 それより一足早く、転がっていったハンプティ・ダンプティの辿り着く先は―――不思議な国、だろうか?
 



 

――――――――――
2010.6.6
日記に投じていたアリスパロディ(パロと呼べないくらい弄っていますが)の最終です。
オチを考えずに書いた小話を無理矢理繋げたので、凄まじく強引な展開……自分でもびっくりだ!
(あと初めて出したズル様がこんな扱いで申し訳ない……)
鏡の国の話やらディズニーのアリスやら混ざって、もうすでに不思議の国のアリスじゃないですね。
(末文の英語は鏡の国のアリス原作より)もうちょっとで歪みの国も混ざるところでした。
駄文ではアリスが生きていないので、巨匠から戴いた素敵なイラストで夢の国へ飛んでください。格好良い時計兎とかわゆいアリスが道案内してくれますよ!
(本当はその巨匠が素敵なオチ考えてくれていたんですよ……失敗して申し訳ないです啓太さん)

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!