※注意※
倫理的にアレな放送禁止用語1ワード(タイトル参照)あるので、ご了承下さい。



 ほらほら、お茶会にしましょう

 クッキーにキャンディー、沸かしたての熱い紅茶

 ほらほら、雑誌は置いてお席にどうぞ―――あら、この瓶はなんでしょうか?





Alice In Wonder 4 ―キ○○○帽子屋の愉快なお茶会―




 
 ほかほか焼きたてクッキーと、かなり奮発して買った上質な茶葉に優雅な装飾を施した湯沸しのサモワール。フルーツの味が活きている色鮮やかなジャム。トレーに乗せたそれらが陽の当たるガーデンテーブルへと並んでいきます。
 仕上げにお花屋さんでちゃんと買ってきた綺麗なバラを一本、花活け代わりのボトルへと挿して言葉通り場を華やかに―――完璧です。

 すっかり整ったテーブルに、カンシュコフは大きく頷きました―――その拍子ずるりと落ちかける帽子を戻しながら、浮かぶ彼の表情はとてもワクワクとしています。
 どこからも非の打ち所のないお茶会の席です。お菓子もお茶も、この日のために用意した一級品ばかり。手抜かりはありません。
 これだけの茶席でもてなせば、これからかやって来るお茶会の招待客もきっと大喜びでしょう。大きな緑の目をキラキラさせてお茶を飲む姿が目に浮かぶようです。

 自然だらーんと流れるように緩んでしまった頬を、カンシュコフが慌てて引き締めました―――今日は特に、凛々しくしていなければ。

 キュッとジャケットの襟を整える手つきは、着慣れない正装にぎこちないです。
 哀しいかな薄給の身分、改まったお茶会に着られるような衣装はカンシュコフのクローゼットにありません。今来ているジャケットも帽子も、全てレンタルです。業務とは別に手広く事業を行う同僚から借受時提示された法外な賃貸料は時間単位で設定されているので、お茶会の相手が早く来てくれないとちょっと困ることになってしまいます。
 あの守銭奴、マジで足元見やがって―――「汚したら倍増しですから」と、渡した頭金の札で顔を仰いでいた狐目を思い出し、カンシュコフの顔が濃すぎるお茶を飲んだように渋くなりました。
 間違っても、ジャムを落としたりは出来ません。色々な意味で緊張するお茶会です。
 でも―――と、カンシュコフはボトルに映る自分を見ました。


 大きなシルクハット帽に、プレスのきいたジャケットと胸元へ収めたチーフ。

 ネクタイは息苦しくてもきちんと上まで締め、曲がっていない事を再チェック。

 目の前に映りませんが、革靴の中のソックスにだって穴一つ開いていません―――それを手持ちの中から探すのには結構時間がかかりましたが。


 普段の制服姿とは全く異なる自分の姿に、我ながら良い線をいっているのではないかと思います。
 最初仕事場で試着した際、「馬子にも衣装ってヤツだな!」と大笑いしてくれた筋肉ダルマの台詞には憤慨しましたが、確かに衣装の力というのは大きいです。普段が中の上だとすれば、今の自分は上の中には値するかもしれません。いや、もうちょっと上かも。
 帽子の向きをこっちの方が良いかな、と弄るカンシュコフは最近どうも薄れがちな己の容姿を再評価しました。このまま街に繰り出して声をかければ、それこそ女性の二、三人簡単にお茶に付き合ってくれそうです。

 が、彼が今向かい合ってお茶を飲みたいのはこの世でたった一人だけ―――男前度を上げた自分を見つめてくれるのは、純真に透き通った緑の瞳だけで良いのです。

 オプションは別料金、という言葉にも怯まず選んだ、袖口を留める翡翠のカフスボタンに彼は気付いてくれるでしょうか。柔らかな頬をぽぉーっと染めて「カンシュコフさん、かっこいいです……」と呟く相手の姿を想像すると、思わずモスクワマラソンをしたい衝動にかられてしまいます。きっとぶっちぎりの新記録を樹立できるでしょう。
 パリッとした正装に身を包んだ顔を喜びと照れとでデレデレにしたカンシュコフは、急く気持ちをなんとか抑えると時間を確認しました。

 「それにしても、遅いなーアイツ……」

 もう何十回となく見た腕時計の針は、お茶の時刻を示しています。予定ではもうとっくに向かいの席は埋まって、二人楽しくお茶を飲みながら話しているはずだったのですが。一体何処で寄り道をしているのか―――相手の性格を考えると、道脇で見つけた花畑に「わぁきれい!」と言って花を摘んでいる可能性はあります。
 そんな事をしていたら狼にパクリ食べられてしまうではありませんか。
 これは大変だ―――と、カンシュコフは慌てて席を立ちました。もし彼に何かあったら、カンシュコフの心臓は時間を置いたお茶のように冷えてしまいます。あと待てば待つだけ懐の財布も冷えます。
 急いでオヒメサマを迎えに行くべく、彼は棍棒を取りに―――格好が格好なので、流石に携帯していないのです―――背を反転させます。
 問題はいざ不届き者と勝負になった際どうやって服を汚さないで戦うか―――狼との勝負には勝利したとしても、その後眼鏡をかけた金の亡者には多分勝てません。地獄の沙汰も金次第といいますが、その金がない場合はやっぱり行きっ放しの片道切符料金は命で購わないといけないのです。そうなったら助け出した彼と手に手を取り合ってモスクビッチで逃亡しましょうか。

 兎も角『急がなきゃ』な、と心中呟いた彼の背へ―――ガタン、と向かいの椅子を引く音が届きました。

 「!―――おいおい、模範囚だったヤツが遅刻するんじゃねーよ」

 ペナルティで紅茶に砂糖は抜きだぞ―――と、つい刑務所時代の立場から叱りつつも、漸くやって来た招待客へカンシュコフは嬉しそうに振り返り。
 


 「茶を出せ」

 

 椅子に座る赤色ベースの兎を見て、かくーん!と顎を外しました。

 「―――っな、なななな何でおまっ、ここにっ!?」

 かぱっと目も口も大きく開いたカンシュコフが、裏返った声で叫びながら向かいの客を指差します。紳士にあるまじき行動ですが、それも仕方ありません。だって目の前に居るのはお茶会に招待した覚えもなければ待ち望んでいたわけでもない、むしろ生涯向き合うことなどなくて良いと思っている相手なのですから。
 それほどまでカンシュコフに倦厭されている相手―――キレネンコはというと、嫌いや好きといった感情そのものを感じさせない無表情でふんぞり返っています。白手袋をつけた手がテーブルの上のクッキーを摘むのを見て、衝撃に呆然としていたブラウンの瞳がはっとしました。

 「おいコラ!勝手に食うな!」
 「煩い。さっさと茶を出せ」
 「黙れ極悪犯っ!つーか何当たり前みたいに座ってんだテメェは!!」


 そこは模範囚の席なんだぞ―――!?


 ―――その発言に。眼鏡の向こうの赤い瞳がすっと眇められました。
 途端走った、寒気。ぐっと気圧まで下げる威圧に怯んだ茶会の主催者へ、低い低い声が突き刺さりました。

 「……終わらない茶会にアイツを呼んで、何をする気だ」
 「なっ!?なな何ってナニな―――お、お前と一緒にするなっ!俺は別に、下心なんかこれっぽっちも……!」

 いやでもお茶を飲みながら良い雰囲気になったら良いなぁとか手くらいは握れないかなぁとか考えてたけど、っていやいやいやそんなことはちょろっとくらいしかなかったですはい。
 などと、微妙にどもるカンシュコフの言葉を完全長耳からスルーさせているキレネンコは、再度「茶。」と催促します。横柄極まりない旦那のような要求に、当然カンシュコフが出来た嫁宜しく「はいどうぞ」とお茶を出すはずがありません。

 「お前に出す茶なんて出涸らしすらねぇよ!第一、そんなふざけた格好でよく茶会に……」

 出られるな―――と、言いかけ。

 

 ・ ・ ・  負 け た 。



 向かいに座る凶悪脱獄死刑囚を睨んだカンシュコフは―――がくり、と身を折りました。

 コングが鳴る前から掲げる敗北宣言は、それだけ優れた観察力と判断力があるという事です。素晴らしい素質のそれも、今は何一つ慰めにはなりませんが。
 カンシュコフの容姿は、冒頭のように決して悪いわけではありません。しかし、世の中どうしても覆せない事実―――それは例えば意中の相手が別の野郎を選んでついて行ってしまった事など―――が存在します。風貌を幾らか衣装が手助けしてくれるとはいえ元の素材としての差を埋める決定打にはなりません。
 頭には安全ピンをつけたウサギ耳、足元はカジュアルなスニーカーというシュールな部分を持ちながら赤いベストが違和感なく馴染んでいる相手に、服に着られているカンシュコフは自覚できる何かがあったのでしょう。認めたくない、と叫びたいのはやまやまですが事実は事実です。

 明らかな、完敗。項垂れる帽子の下からごねる言葉は紡がれませんでした。

 「次に同じ事を言わせたらそのジャケットを自分のベストと同じ色に仕立ててやる」と暗に示される最後通牒の元、屈辱に歯噛みしながらカンシュコフは乱暴な手つきでお茶を淹れました。
 煮えくり返る気持ちを代弁するような熱々の紅茶を一杯、カップへ注ぎ、ソーサーごと投げつけようと―――思ったところで、ふと、その手がジャケットのポケットを漁りました。

 弄った指に触れる、コツリとした感触。

 「あの赤いのが帰ってきたら、今度はコレを使うんだ。フフフフフ……」と空ろな目を爛々とさせて言っていた、刑務所の管理側随一危険な子供から分けてもらった薬品入りの瓶が。そこに、ありました。

 なんという奇遇でしょうか―――その赤いのは今目の前で、何の警戒もなしにお茶を待っています。

 まさに千載一遇、渡りに船。投薬するのにこんな絶好なチャンス、ありません。ギリギリ食いしばられていたカンシュコフの口元が一転、ひっそりと牙を見せて笑いました。
 恨むなら、図々しくお茶を要求した自分を恨め―――こっそり取り出した、分かり易くもドクロマークの描かれた瓶から薬を一滴二滴、面倒くさい全部入れてしまえと、ダバダバ注いだ彼は何食わぬ顔で招かざる客へカップを差し出しました。

 「おらよ。飲んだらさっさとどっか行けよ」

 どこかに行く力が残っていれば、だけどな。
 そう、期待と不安にドキドキ胸を躍らせながら、様子を伺うカンシュコフの目の前。
 沸騰しているという理由だけではなさげな、ぼこりぼこりどこぞの温泉を彷彿させるように表面を泡立たせている紅茶へ―――キレネンコが、口をつけました。

 よっしゃ―――!!!

 ゴクリ、と鳴った音に、思わずガッツポーズなカンシュコフ。これで恨みを晴らすと同時に、オヒメサマを魔王の手から解放出来ます。晴れて物語はハッピーエンド、自由の身になった相手と行う平和なお茶会は終わることなく末永く続くことでしょう。格好良くて紳士の帽子屋と可愛らしいおチビさんは美味しいお茶を片手に愛を語らい、

 「不味い。」
 「―――どっわっちゃっちゃあちゃーーーっ!!!」

 ばしゃっ。と顔面へかけられた熱湯にカンシュコフが飛び上がりました。
 熱いのも非常に熱いのですが、自分だけが知っている秘密のスパイス入りのお茶に彼の背中は戦慄します。お茶を嚥下して尚平然としているキレネンコと違い、カンシュコフは至って一般的な身体構造なのでどうなるか分かったものではありません。
 火傷の赤と血の気引く白を一緒に乗せた、色合いだけはおめでたい顔をゴシゴシと袖口で擦ります。染みが取れそうにないジャケットは確実に買い上げ処理を要求されるでしょう。何か月分の給料を差し押さえられるやら―――薬が効き始めたせいなのか真っ暗になる視界で、長耳がふよふよと揺れました。
 綺麗に梳いた赤髪を振って呆れを表現したキレネンコは、眼鏡効果で余計に冷めて見える目で帽子を払い落としてしまった帽子屋を見ます。

 「茶一つまともに淹れられんとは―――キチガイの上に能無しか、貴様は」
 「放送禁止用語をあっさり言うな!伏せ字にした意味ねぇだろ!」

 この手の単語は差別用語にあたるためデリケートな扱いをしなければならないのです。帽子屋の別名もマッドハッターと正式に言い換えられているくらいです。せめて『気のどく』とか『キーサン』とか穏当な表現をしましょう。

 「そもそも、俺はキ○○○じゃねぇ!」

 悲痛な叫びはごもっともです。どちらかと言うと『気苦労』な立場の彼へ、けれど市民団体から叩かれる発禁ワードもさらっと言ってしまうキレネンコが真面目に取り合うはずありません。
 すでにカンシュコフを意識下から外した彼は、携えていた雑誌を開きました。
 お茶会の席で雑誌を開くなど言語道断ですがそんな事この記事の前では遥か彼方へかすんでしまいます。

 紙面に書かれた特別企画―――一日限定販売の幻のスニーカー。
 トランプのマークを一面にあしらったそれは、大量にあるコレクションの中にもまだありません。
 販売日の今日を逃せば次があるかどうか分からないため、なんとしても手に入れなくては―――そのために同居人との安らぎを覚えるお茶会も、仕方なしに立ってきたのですから。

 カチャリ胸元の懐中時計で時間を確認したキレネンコは、先を急ぐべく席を立ちました。喉を潤すどころか家を出る前に飲んだ同居人の淹れた美味なるお茶の後味を損壊させたお茶会は単なる時間の無駄でした。当然のように「ご馳走さま」を言わない客へさっきからずっと怒鳴っていたカンシュコフが、たまたま覗き見えた雑誌記事にケッと毒づきました。

 「相変わらずスニーカー狂な野郎だな」

 キチガイはそっちだ、と言うカンシュコフに、キレネンコは反応を見せません。今更俗称で罵られたくらいで傷つくような細い神経はしていません。大きく長いにも関わらず周囲の音を殆ど拾わないウサギ耳が―――けれど、ぴくりっと跳ねました。それは。
 

 「―――どんなに急いで走ったって、昨日には戻れねぇよ」


 だって地球は丸いんだもの、とでも続きそうな言葉にキレネンコが怪訝そうな顔をします。

 「…………?」
 「その記事に書かれてる日付、昨日じゃねぇか―――カレンダー見りゃ分かるだろ」

 勤め人でスケジュール管理もきちんとしているカンシュコフからすれば当然の事実。しかし、眼鏡の向こう「嘘をつくな」とばかりに睨む半眼の瞳は突然振って沸いた内容を受け入れる様子はありません。何故なら、彼の認識している日付は、見た目とは裏腹に意外としっかりしている同居人が教えてくれたものだからです。
 自分以外まず信じることのなかった彼の、唯一の例外である相手の言った事を疑うはず―――いや待てよ。


 ……そういえば、いつも朝捲られているはずの日めくりカレンダーを、今朝同居人は捲っていただろうか。


 共に暮らす恋人(当たり前)は朝も早くから起きて手作りの朝食を用意をしたり洗濯物を干したりと献身的に働くのですが、時々―――三日に一度の割合は時々なのか頻繁なのか―――その前夜加減を間違えてしまった日はベッドから起き上がれずに唸っているのです。つい今朝もそんなパターンだったのでキレネンコは(見かけだけの反省も含めて)大人しく寝させていたのですが。
 仮に、うっかり、悪意なく。
 同居人がカレンダーを捲り忘れて、且つそれを本日だと思っていた場合。キレネンコが今日だと思っている靴の販売日は―――昨日、に当たるのです。


 「…………………」


 熟考した末、行き着いた結論に。

 「ぃでっ!―――っちょ、おい!何で殴ってきやが―――ぐはっ!!」
 「黙れ」

 まるでお前が言った所為で日付が変わってしまったんだと言わんばかりに、意味を成さなくなった懐中時計をぶんぶん振って殴りかかってくる凶悪な兎へ。
 お茶会も正装もぶち壊しにされたカンシュコフの絶叫が、穏やかな昼下がりに響き渡りました。

 「まっ、ぐぎゃっ!ふ、服!服にこれ以上土はーーーっ!!」


 もう手遅れです。







 +++(扉sな)おまけ+++


 お茶の時間も丁度ピークに差し掛かる、穏やかな時間帯。ジャケットもズボンも毟られたカンシュコフは、カタカタと震えながら己の身を抱きました。
 太陽はまだ空に高く、陽がさんさんと降り注いでいるのですが、見下ろされる零下の瞳によって体は凍て付くように寒いです。帽子で防いでいる―――人体の上じゃなくて、下の方の―――部位が縮み上がってしまうよう。決して自分から猥褻罪を希望したわけではないカンシュコフへ、裸に剥いたゼニロフは「別にその体に興味はありません」と淡白な様子で告げました。

 「まぁ―――内臓を売るという手段はありますが」

 もしくは、正式にそっちの趣味がある相手へ売り飛ばすか。

 「どちらがお好みですか、カンシュコフ」
 「……しゅ、出世払いで勘弁してください……」
 「おや、貴方に出世できる見込みがあったんですか?」

 そのものずばり言う相手に、俯いたカンシュコフはギリリ殺意を覚えます。眼鏡をかけたヤツは全員陰険か―――つい先ほどまで服を汚してくれた(猥俗な意味ではなく)相手は伊達だったのですが。
 ですが借り物をお茶と土と血とでデロデロに汚してしまった上、とても買い取り金額を払えないカンシュコフに逆らう術はありません。債権者に対して、自己破産を告げた債務者を救済する法的整備は未だこの国に整っていないのです。
 請求書はすかした格好したあの野郎に回せ―――殴るだけ殴って突然走り去って行ったウサギ耳の名前を支払者欄に書いてやりたいです。カンシュコフに向けていた時以上の殺気を放ってどこぞへ行った相手からは一命取り留めたものの、やっぱり地獄の門戸を叩くことになった彼は限界まで体を小さくして運命の瞬間を待ちます。

 結局お茶会の本当の相手は現れなかったし、なんて報われない人生だったのか。そう、走馬灯を巡らせながら。

 「……ですが、私も一応、望んだわけではありませんが、貴方の同僚ですから。あまり酷な事を迫るのは、どうかと思うのです」
 「ゼニロフ―――様!そ、それじゃあ……!」
 「ええ。」

 地獄で仏、とばかりに敬称まで昇華させたカンシュコフに。眼鏡を押し上げたゼニロフが、ぱちんっと指を鳴らしました。

 「ロウドフ」
 「へいへい……」

 がりがり頭を掻きながらぬっと巨体を現せたロウドフが、服の代わりに青痣をくっつけたカンシュコフの肩を掴みます。「へ?」と声を上げたカンシュコフに、ぽん、と肉厚の手を乗せた同僚から送られる視線はすまなそうな同情するような―――微妙な、温さです。

 「悪ぃなー、カンシュコフ。俺もアイツには、首根っこ握られてんだよ」

 どうせ握るなら別のトコ握ってくれればイイのになぁと何気なく漏らしたロウドフは、首根っこも財布も握られている相手から「戯言を言っていると貴方も減給ですよ」と容赦なく脅されて肩を竦めました。戸惑うブラウンの瞳を一瞥、筋肉質の彼は軽々カンシュコフを掴み上げると、自分が監督を務める仕事場の方―――屋内で出来る軽作業ではなく、太い木を斧で切り倒したり凍える水の中堤防を築いたりする重労働のフィールドへと、足を向けます。

 「へ?はっ!?」
 「健全に、こつこつと―――体で払って頂きましょう、カンシュコフ」
 「安心しろ。ちゃんとぶっ倒れる前には医務室に連れて行ってやっから」

 ぷらんとぶら提げられ、囚人と同じ強制労働を科せられようとしていると悟ったカンシュコフは―――危うく陳列しそうになる箇所を帽子で慌てて隠しながら、非難の声を上げます。

 「ちょっ、ちょっと待てよ!俺、看守の仕事があるんだぞっ!?」

 職務に真面目な自分が居なくては囚人達が困るではないか―――別に困っても一向に構わない連中への思いやりと、義務でやっている仕事への熱意を懸命に伝える叫びへ。狐のような鋭い目は「承知しています」と鷹揚に頷きました。

 「―――職務の正規時間及び残業時間以外の時に働いて下されば結構ですので」


 休み時間とか食事時間とか就寝時間とかにね。
 

 「―――冗談じゃ、ねーーーーっ!!!」
 

 叫ぶ、カンシュコフは。刑務所の影の支配者である同僚の横、白髪の子供が「コレ、効き目薄かったみたい……」と残念そうに掲げるドクロマーク付きの瓶に、今ならそれを使ってお茶会をしたいと半分以上本気で思ったのです。


 



   :  

――――――――――
2010.6.6
日記再録。実際に放送禁止用語なので、非常に危険な感じがしなくもないですが、すみません目をつぶってください……
ついでに赤が暗に頭悪い感じになったのと看守が最後の最後猥褻になったのも、許して下さい……(土下座)