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これ(短文16)の蛇足です。


We Are Happy ! …看+緑




 集めた皿の残骸を丁寧に新聞紙に包み、不燃物の袋へ収める。
 こうしておけば後日家人がゴミ出しする際、破片で手を傷つける心配がない。ちょっとした怪我でもすぐ涙目になる深緑の瞳を思うと厳重にしておいた方が良いだろう。
 最後にギュッと袋の口を結び、カンシュコフはよし、と頷く。

 今度の手土産は、新しい飾り皿とか良いかもな―――などと考えていた彼を、後ろから呼ぶ声がした。

 振り返ると3種類のケーキを乗せたお盆手に、プーチンがニコニコ微笑んでいた。

 「カンシュコフさん、お疲れ様です。ケーキどれにします?」
 「は?だから、俺は後で良いって」

 友達なんだから、客扱いするなよ。そう何度目かの台詞を繰り返す。
 すると柔らかな光湛えた緑色は、

 「片付け手伝ってくれたから、そのお礼に」

 ありがとう、と感謝を込めてカンシュコフを見上げる。
 そこまで言われては断れまい。ならお言葉に甘えて、とカンシュコフは盆を覗き、見当をつけた後ガトーショコラを選んだ。
 別にチーズスフレでも構わなかったのだが、台座のしっかりしたこちらの方が後でプーチンに味見させてやる時取りやすかろうと思ったからだ。
 雛を餌付けしているような遣り取りは、カンシュコフにとってケーキの中身より重要である。

 「じゃあ僕はコレ!」

 残り2皿のうち、プーチンは迷わず片側を示す。
 先程より更に輝く瞳が映すのは、真っ赤な苺の乗ったショートケーキ。

 ―――予想通り。

 多分プーチンならこれを取るだろうとあらかじめ選択肢から抜いておいたのだが、見事正解した。鮮やかな果実と甘いクリームを前に今にも踊り出しそうなプーチンへ、カンシュコフも自然顔が綻ぶ。

 「―――そういえば、アイツには選ばせなくて良かったのか?」

 アイツ、というのは勿論此処のもう一人の住人、先にキッチンを出て行ったキレネンコの事である。
 何も手伝わず一人遊んでいたのだから選ぶ権利なんかないと言えばそうなのだが、相手はあの傍若無人。好きな物を先に取られ食べられなかったりしたら、それこそ皿という皿全て叩き割ってまわりそうだ。
 そんなことになれば折角残っているプーチンのコレクションも被害を免れないかもしれない。
 実に噴飯甚だしいが、ここは大人しく餌をくれてやった方が良いのではないのか―――苦い顔をするカンシュコフに、プーチンは「大丈夫!」と判を押す。

 

 「全部キレネンコさんが好きなのですから!」

 

 (……敵わないよなぁ、)

 

 自信一杯、外れてどやされる心配などまるでない笑みは、彼の目から見てもとても、幸福そうで。


 相手を良く知る彼にか、知らしめている相手にか―――カンシュコフは思わず、苦笑する。

 


 (悔しいと思わない敗北があるなんて、思いもしなかったよ。)
 

 

 

 Are You Happy ?


  We Are Happy  !



 



――――――――――



笑う子らに、福は内。 …運+狙


 初めから、勝負は見えていた。


 こちらの戦力は自分と相棒のたった二人だけ。腕に自身がないわけではない。ただ得意とする得物は手にはなく、揃って丸腰ときた。対する敵は優に5倍以上の頭数を揃え、それぞれの手に武器を携えている。

 戦況は火を見るより明らか。不利だなどという言葉は生温い。張り合うだけ不毛だ。何をしても、結果は変わりはしない。


 残される道は降伏か、撤退か。或いは―――全てを悟り潔く自ら首を掻っ切るか。


 しかし、それらは許されない。恐れをなした退却も、覚悟して臨んだ自尽も、等しく『逃げ』だ。戦いの場において敵と向かい合うのを避けた、その時点で即『負け』なのである。

 そして一刀交えることもなく敗者の烙印を押されるのは、待ち受ける死よりも酷く、屈辱だろう。


 だから―――逃げない。目を背けない。定まる未来が絶望であっても、矜持だけは屈さない。


 嗤われても構わない。愚かだと罵れば良い。かかる散弾全て胸で受け止めてやる。

 勝負に敗れようと負け犬なりの生き様があるのだと、この身をもって教えてやる―――

 


 「みなさ~ん、準備出来ましたねー?それじゃあ、せぇ~の!」
 「福はーうちー!鬼はーそとー!」

 バラバラバラッ。

 「…………」
 「鬼はぁーそとー!福はぁーうち~!」

 バラララッ、バチバラッ。

 甲高い掛け声に合わせ響く、リズミカルな音。小さな手が宙を切る度、生み出される無数の粒が立てる音だ。
 平穏な日常へ突如具現化した『災厄』―――頭の天辺に生える角、鋭い牙にギョロリ睨みつける目玉。煉獄を思わせる赤と、芯まで凍てつかせる青。そして見上げなければならない巨大な体躯は、まさに絵本で読み聞かされた『鬼』そのものだった。
 見るからに恐ろしい存在に、しかし幼い彼らは果敢にも立ち向かう。
 投げては、ぶつかり。ぶつかっては落ち、また投げてぶつかり。禍を祓うべく、標的の肩、胸、腹と余すことなく浄化の弾を投げつける。
 文字通り弾雨と化した豆鉄砲を浴びせられる中、赤い顔した鬼は動かない。まるで両足が床に張り付いているかのように、微動だにしない。

 「…………」
 「なんだよ、この鬼。ちっとも動かねぇし。つっまんねーの」
 「あ、もしかしてビビッてんのかぁ?やーい、ビビリ鬼ー、へなちょこオニー!」
 「………………」

 子供は大人が思っている以上に、残酷な生き物である。素直故の暴言。稚気故の軽侮。無邪気という言葉も根底に邪気がつくよう、社会の縦構造を未だ知らない彼らは容赦がない。

 「腰抜けな鬼はさっさと帰れよー。そーら、お前のキライな豆だ、受けてみろー!」
 「鬼はぁそとぉ~鬼はぁーそとぉ~!」


 「―――っ上等だぁあああこのガキどもぉおおおおお!全員まとめて食ってやらあぁぁあああっ!!!」


 「ちょっ、ボリス待っ」

 響き渡る怒声に青鬼が慌てて隣を制そうとするが、遅く。すでに赤鬼は園児の群れに向かって走り出していた。
 その時、紙で出来たお面の下の顔が本当の『鬼』の形相になっているのをその場の誰もが察した。

 「オラオラオラァ!逃げんなクソチビガキィィィイイ!!!」
 「キャーーーーッ!鬼だぁー!!」
 「こっち来るなーっ!鬼はそとっ!鬼はそとぉっ!」
 「なぁにが『鬼は外』だあああああああ調子乗ってんじゃねぇコラァアアアッ!」
 「たすけてぇぇええーーーっ!」
 「食べられるよぉーーーっ!」
 「うわぁあーーーんっ、おかーさぁ~ん!」
 「泣ぁぐ子はいねぇがぁああああーーーーっ!!!!」
 「ボリス、ボリス!!」


 阿鼻叫喚、地獄絵図。


 楽しい学び舎が一変、地獄と化した園内に園児達の泣き叫ぶ声が響く。
 吼える赤鬼を仲間の青鬼が押さえる隙に保育士達の背へ逃げ込んだのだが、最早心の安寧は得られず。

 豆を投げる余裕もなしにひたすら泣く彼らにとって、この日は紛れもない『厄日』として後々長くまで記憶に刻まれたのである。

 

 

 ―――数十分後。

 

 「ぁんのガキ共、人が手ぇ上げないからっていい気になりやがって!子供なら何しても許されるわけじゃねぇんだぞ!」

 いつもの指定席、ラーダの助手席に納まったボリスはまだ半ギレ状態だった。
 一騒動起きた幼稚園はすでにはるか後方で、小さく手を振る姿もバックミラーから消えたが、甲高い罵声の数々は今も耳にこびり付いているのだろう。
 ぶつけられる豆など、一応鍛えている体には大したダメージにならない。それより元々短い忍耐の方が先に限界を迎えた。コプチェフが止めなければ本気で小さな体を逆さ吊りにでもしたかもしれない。
 たかが四つや五つの子相手に大人気ない―――と、思わないではなかったが、激昂して顔を紅潮させる『赤鬼』を刺激しないよう、そうだね、と同調するに留めておく。

 「異文化理解だかなんだか知らねぇけど、もっと先に教えることがあんだろ!礼儀とかマナーとか大人に対する正しい接し方とか!」
 「そうだね、しつけは大切だよね」
 「大体園長がふざけてやがる!『子供たちが転んで怪我でもしたらどうしてくれるんですか』って、高々転んでなるってつったら擦り傷くらいだろ!普通だろ!そんなんでどうやって遊戯教えてやんだよ!?」
 「そうだね、最近は昔と違って預かる側も責任とか厳しく言われるらしいし、神経質になってるんじゃないの?」
 「だったら端からこんなイベント企画すんな!他でたらい回しにされてるのを仕方なく引き受けて来てやったってのに、何で俺が頭下げなきゃならねぇんだ!」
 「そうだねー、理不尽だねー」

 でも実際に頭下げたのは俺だけどねー。

 ボリスはというと、子供達を怯えさせたと憤る幼稚園側の責任者へ平謝りするコプチェフの横でふてくされていただけである。
 相手は民警上層部である所長と古くから付き合いがある人物。だからこそ市民全体の平和と安全を護る職場へ、園内行事である節分の鬼役を借りたいという、全く個人的な要望が回ってきたのだが―――子供と違って権力とか立場とかが直接影響するコプチェフたちは、多少納得いかずとも向こうの機嫌を損ねるわけにはいかない。
 これも仕事の一環。大人な対応を取るしかないのである。
 宥めるコプチェフに、ボリスはケッと吐き捨てた。

 「鬼役が必要なら、あのババァがやりゃ良いだろ」

 それこそ角を生やさんばかりに怒る所長と知り合いの女園長が、彼は相当気に入らなかったらしい。よく本人を前にした時に口にしないでいてくれたものだ。
 正しいと思った事は後先考えないで主張するタイプだから、仮に園児のしつけがなっていないと批判するだけでも、

 「化粧ばっかり厚くて中身が薄っぺらな教育者が仕切ってんだから、教えられる子供も可哀そうにな」

 とか、歯に衣着せぬ言い方をしかねない。
 そして帰って上司に頭を下げるのは、やっぱり相棒であるコプチェフの役目なのである。
 まぁ、もう諦めてるけど。適当に相槌を打ちながら、何度目かの赤信号にブレーキを踏む。今日はつくづく赤に縁がある。
 この勢いで正真正銘『鬼』である例の赤い逃亡犯に当たったら、厄日以外の何でもなくなるな―――厄払いの役目は負ったが、自身の厄が払えたかはまた別で。教育現場に行くからと必要最低限の装備しかしていない今は出来ればパス、と心中願掛けしていたコプチェフは「あ、」と思い出したようにドアポケットの方を見た。
 信号が赤なのを好都合と両手をハンドルから離し、ポケットの方でゴソゴソ作業をする。再び体勢を戻したコプチェフが大分赤みの落ち着いたボリスを呼んだ。

 「口、あけて」
 「あ?」

 訝しそうに顔を顰めつつも、素直に丸く開く口。条件反射だとしても、随分信頼が高いものだ。
 無防備に濡れた舌を覗かせる熟れた口内へ指を突っ込んでみたい衝動に駆られたが、堪えて当初の目的通り指先に摘んだものだけ放り込む。
 大きな入り口から外れることなく、見事ホールインワンを決めたそれを特に疑うことなく、ボリスは噛んだ。

 「ピーナッツ?」
 「当たり。撒いたのは園児が厄除けに食べるから、代わりにって」

 帰り際保育士が持たせてくれた殻付きピーナツはおやつに丁度良い。
 房に入っていたもう一粒をポイと自身の口に放る。適度な歯ごたえと甘味は後引く美味さだ。難点を言うなら殻を剥くのが面倒なところか。
 変わりそうな信号を見計らい、ドアポケットの残りを袋ごとボリスへ渡す。パキンッ軽い音を立てて中身を出す隣の機嫌はどうやら直ったようだ。
 視線は前を見たまま、開いた口だけ横へ傾ければ先程とは逆にピーナツが投げ込まれる。

 「炒っただけの大豆より、こっち食うほうが良いな」
 「向こうの国でもそうする地方があるらしいよ。片付けも楽だって」
 「ふーん。なら来年はあの幼稚園もそうすりゃ良いのに」 

 ポリポリ、噛み砕く合間挟まれた言葉に、コプチェフは思わず口元を綻ばした。

 「確かに、やる側は楽だし美味しいから良いかもしれないけど。ぶつけられたら大豆より痛いかもよ?」
 「……なんで、俺に向かって言うんだよ」

 「関係ねぇ」、と睨む黒眸に首を傾げ、


 「そぉ?てっきり来年がどうとか言うから、また引き受けるつもりなんだと思ってた」


 そう、にっこり笑って尋ねれば瞬く間に苦い顔になったボリスはそっぽを向く。
 追い回したり泣かせたりしたが、見送る園児の笑顔に彼が満足そうな様子であったことを真横に居たコプチェフは良く知っている。なんだかんだ言って、子供っぽい相棒は子供好きなのである。
 だから「……頼まれればな、」と小さな声が血色良く染まる耳の向こうから聞こえたのも、まるきり想定の範囲内。



 「おっと、早くも赤鬼発見」
 「うっせ、青鬼!」



 
 投げつけられる豆は幸せの証。


 負け犬になろうと、鬼になろうと。


 幼い彼らに福を呼べるなら、喜んで退治されてみせよう。





+++
 個人的に2年前からずっと使いたかったなまはげを入れられて満足。




――――――――――



無菌病棟の恋。 …運→←狙



 「ボリス、好きだよ」

 

 爽やかとしかとれない笑み浮かべて告げるコプチェフのこの言葉が、ボリスは嫌いだ。

 「…………」

 むっつり睨み上げる黒眸に、コプチェフは微笑を苦笑の形に変えた。

 「好きって言ってるのに何で睨むかなぁー?」
 「お前の言葉は、信憑性がねぇんだよ」
 「えぇー?」

 互いを信頼しあうのが相棒であり、互いの言葉を疑わないのがコンビであるのだが、全否定されてしまった。
 心外だ、と言わんばかりに丸くなった目へ、何が「えぇー?」だとボリスは毒づく―――同じ顔して同じ声で、全く同じ内容をその辺どこかしこの女へ云うくせに。一体どれだけおめでたければ、そんな戯言を信じるというのか。

 運転の腕は高く買っているし、それ以外もオールマイティーに優秀な方だと思う。民警としては少しルーズな面もあるが頭のガチガチに固いクソ真面目な仕事馬鹿よりはマシ、何より狭い車内で同じ空気を吸っても不快感がない。殆ど腐れ縁な相手はむしろ空気そのものに近い。
 冷静に下されるあちらの判断は確かに正論が多いので聞いている―――自分の頭に血が上っていなければ、だが―――が、どうでも良いことになると途端、ホラを吹き出す。
 八方美人、太鼓持ち、女タラシ。見た目の良さに惑わされて、皆耳と頭が馬鹿になっているとしか思えない。

 だから、ボリスは絶対に騙されない。耳をかさないし、一度たりとも本気に捉えたりしない。
 苛立ちに噛み締めた歯の隙間から、強く、否定の言葉を放つ。

 

 「……俺は、嫌いだ」

 

 『好きだよ』

 

 なんて、笑顔で嘯くコプチェフが。大嫌いだ。

 

 

 


 元からキツイ目元が一層鋭さを増す。得物を手にしている時と類似した眼圧にゾクリ気分が昂ぶる、そんな自分にコプチェフは苦笑した。
 本日の告白も、また空振りに終わった。
 ボリスが思うようにふざけて言っているわけではないのだが、なかなかどうしてこの信頼すべき相棒はコプチェフの言葉を信じてくれない。何度繰り返しても、全く聞く耳を持ってくれないのだ。
 まぁ、原因の大方は自分にあるのだろうけど―――相手に困らない女性遍歴は、堅物のボリスへ警戒心を抱かせるには十分なのだろう。
 放つ弾丸と同じ、真っ直ぐな生き方。穢れなんて知らない、友愛も情愛も挨拶代わりに囁く事の出来ないまるで綺麗な彼が、疑心暗鬼に小さく呟く。

 「嫌いだ、」と。

 本人は吐き捨てるように言ったつもりなのかもしれない。けれど、それはどう聞いても何かを堪えた声で。
 食いしばった口元だとか、睨んでいたのにいつの間にか逸らした目だとか。精一杯虚勢を張る、そんなボリスがコプチェフは心底愛おしい。
 握りこんだ手の、微かに震えるその腕を引き寄せたら、一体どうなるだろう。藍色の目に映る全てが、嫌いと言う彼自身の言葉を否定している。


 身体の上では答えが出てる。
 頭の中でもいつも、解が攻め立ててる。
 だから、さ。
 

 「ボリス―――好きだよ」
 「っ……、」


 早く認めてしまえば良いのに。

 そうしたらもっと、君を愛してあげられるのに。

 

 ねぇ―――? 



 


 消毒行き届いたこの場所を、はやく汚させて。

 



――――――――――
2012.02.15
日記再録